冒険者60 孤独に潜め
ギルドの正面入り口を抜けた壁に一つの掲示板が追加された。
緊急の通知については各冒険者の携帯に情報が送られるが、それ以外の必ずしも皆が知っておくべきことではない情報については掲示板に掲載されることになる。
とはいえ、知っておいた方が得になるようにはしておくらしい。見る習慣を自身で作り、流し見して個人個人で情報を把握してもらうのが目標だ。
そこに、今回初の張り紙が貼り出された。内容は各隊に配属する新人に向けてであり、表面上は歓迎と激励の文に溢れている。
しかし下へ下へと文面を読んでいくと、一部の冒険者に問題があったことを指摘されていた。
対象の冒険者の名前は記載されてはいないものの、今回採用された者達の中には冒険者としてやっていくには不足があると文は語っている訳だ。
これは甚だ失礼とも取れるが、ギルド側は決して相手を貶める意図はない。寧ろ心配をしていて、生還させる為に予定されている監督役との共同作業とは別に、ギルド内のトレーニングスペースやダンジョンで追加の訓練をすることを告知していた。
俺の携帯には対象者限定のメールが来ている。
他にも協調性が不足し過ぎている者、単純に過度に恐怖や不安で動けていない者、レベルが平均を下回っている者にもメールが来ているようで、ギルドに集まる人間の中には周りに言っている者も居た。
それ即ち己の未熟を周囲に語っているようなものなのだが、当人としては理不尽に感じているのだろう。何も言わない人間は、ただ今後の追加訓練がどんな風に始まるのか考えているかもしれない。
そうして、今日の俺達は各階のトレーニングスペースに分けて集まった。俺は上の方に行き、集まった面々と軽く挨拶を交わして並ぶ。
並び方は適当だ。最終的に整っていれば何でも構わない。
正方形になるよう全員で列を揃え、時間がくると冒険者達がゆっくりと姿を現す。
今回は数は少ない。恐らくは中国行きの準備も進めているからだろう。そろそろ彼等も行く為の準備に必死になる頃合いだ。
「皆、集まっているな。 点呼を取るので呼ばれた者は返事をするように」
山田も榊原も今回は見えない。
前に立つのは俺が気絶させた人間の一人。中年の男の名前の呼び声に皆が返事をしていき、全員が遅刻や欠席をしていないことを確認して男は一つ頷く。
これから新人は正式なチームを組んで冒険をするようになる。此処で結成されたパーティーは一年間共同で活動していくようになり、パーティー更新は余程の理由がない限りは一年毎になっていた。
相性が悪いからだけでは解消は望めない。物理的、精神的なハラスメントや明確な犯罪行為が発覚して初めて更新が承認される。
ただし、所属先は個人で別だ。パーティーとして組んではいても、所属先は戦士隊だったり魔法隊だったりと別々になっている。
ちなみにパーティーはリーダーに選定された人間が名前を決めることが可能だ。もしも名前に拘りがないなら第〇番パーティーとなる。
点呼が終わって今日やることを説明され、流れるようにパーティーが組まれていく。
呼ばれなかった人間は製作隊か追加訓練対象者であるとバレるのだが、業務内容が内容なので馬鹿にする人間は極めて少ない。
もしもそんな真似をする人間を発見すれば、冒険者達によって即矯正だ。余計な悪意を抱く行為は集団行動をする上で致命的な亀裂を生みかねない。
俺の名前は結局呼ばれず、解散と共に新人達がパーティーで集まって去って行く後ろ姿を見ることになった。
他に居るのは、百という採用枠の中から考えれば七人と数少ない。
これはギルド側の基準が多少緩いのもあるだろう。なんでもかんでも厳しくしていては、何時まで経っても人は揃えられない。
「製作隊はこれから担当の者が来るから付いていくように。 君達の業務は主に武具や道具の製作になるが、常に供給が足りていない分野だ。 無理はさせないようにするつもりだが、それでも覚悟はしておいてくれ。 君達の作った物が現場の人間の命を守ることに繋がる」
『はい!』
真剣な男の言葉に、製作隊に選ばれた人間も顔を引き締めて返事をした。
そしていよいよ、何かしら問題のある人間の番がやってくる。
「最後に、他のどの隊にも入れなかった人間には専用のメールを送っている。 対象者はこの後に個人個人で冒険者と共に追加訓練をしてもらう。 これに拒否権は無い。 死にたくないなら必死になって足掻け」
『……』
今度のは返事が無い。
言いたいことはある筈だし、実際不服なのだろう。特に突出して強かった人間もこの中には存在し、彼等は露骨に不満を顔に表していた。
まぁ、普通の冒険者をするのであれば性格に多少の難があっても問題は無い。けれど、今の俺達は公務員である。冒険者としての気質を時には抑えなくてはならず、社会に適応するのも仕事の内だ。
ただ実力があるだけでは冒険者は活動出来ない。正式に国が管理をすると明言している以上、下手な真似は最悪抹殺の対象にされかねなかった。
製作隊とは別に、俺達には比較的時間に空きのある冒険者が対応することになる。
ダンジョンで監督役を担っていた者達の中には中国に行く面子も居るので、全体的なレベルは引き下げられていた。
それでも新人を制圧するのに不足は無い。如何に技量で凌駕していたとしても、根本的なレベル差の前にはどうしようもないのである。
俺にも専属の人間が付けられ、二人で部屋の外に出る。
ギルド内部は人通りが多くなったことで無数の音が溢れ出し、如何にも会社のような雰囲気が辺りには漂っていた。
事務の新人も今頃はマニュアルを貰いながら業務を覚えているのだろう。……根岸は合格しているだろうか。彼女が落ちているとしたら、なんともモヤモヤした気持ちが心に残る。
そんなことを気にする余裕は無いのに、知っている側として少々気になってしまうのだ。
エレベーターに乗り、上階に向かう。目的地はギルドの総責任者が居る老人の執務室だ。
「お久し振りです。 今回、私も中国に同行することになりました」
「ああ、そうなんですね。 私の顔を見ても動揺していないあたり、事前に知らされているのでしょうか?」
「はい。 秘密保持契約を結び、貴方の存在を他から隠す為に私を含めた少数の人間にはその存在を明かされています」
「成程……。 もし正体が外部に露見した場合は?」
「私を含め全員が表向きは無期懲役刑に処され、裏で貴方の奴隷になる契約を結びます」
男が無言でエレベーターを呼んだあたりで気付いたが、話を聞いていくととんでもない契約が裏で進行していた。
さらに話を聞いていくとこれは連帯責任であり、一人がやってしまっても全員が対象になるらしい。
そもそも奴隷なんて日本で認められる筈がないと思うのだが、だからこそ表では牢屋の中に居ることにするのだろう。
上が隠蔽に全力になれば、下が知れる可能性はほぼない。
そして奴隷になった彼等の任務は、俺の完全サポート。家族を守ることや俺個人を守ることは前提として、俺が金が欲しいと告げれば奴隷扱いの彼等の少ない賃金を削ってこちらの財布に入る。
後は身体の世話もしてくれるらしい。この場合の世話とは、まぁ夜の部分も含んでいる。
はっきり言えば酷い人権無視だが、それだけ俺が居なくなってほしくないのだろう。同時に、彼等が絶対にしたくないと思わせているのだ。
「そんなことになっているとは……」
「我々も貴方の重要性は理解しています。 如何なる状況でも隠し通しますので、心配はなさらないでください」
「私もなるべく隠していきます。 正体がバレるのは私も望んではいませんので」
エレベーターの扉が開く。――――さて、それじゃあ攻略をしていこうか。




