冒険者58 嘘吐き
「……咲が君と居た学生時代。 彼女は告白でOKを貰ってから兎に角君を見る回数が多かった」
我妻の声に力が入る。
本題が飛び出してくると思って内心で身構えていたが、出てきたワードは昔の話だった。
中学の頃の記憶はもう朧気になりつつある。そっちよりも今の方が濃い生活をしている所為で、役に立たない部分は徐々に徐々にと姿を消していた。
中学で仲の良かった友達の名前が思い出せない。助けた同級生の女の子が居た筈だが、どう助けたのかも覚えていない。
覚えているのは俺の内に深く入り込んでいる奴だけで、大部分を占有しているのは咲や家族との思い出だ。
その思い出も家族とのものばかりにやがてはなっていくのだろう。咲と過ごした時間を思い出すのが難しくなるのは、なんというか無常めいた感情を湧き起こらせた。
「彼女が誰を好きになるのかは自由だ。 そこに文句を言う気はない。 ……だけど、それでも、何故君なのかと思うことは避けられなかった」
我妻は未だ咲を好きなのだろう。
関係の構築に難儀しているみたいだが、それでも家族になりたいに違いない。
「君よりも僕の方が成績が良かった。 君よりも僕の方が顔も良かった。 あえて悪く言えば、君よりも僕の方がずっと優れていた筈だ」
「……」
「なのに何故、彼女は君を選んだのか。 それをずっと考えて――この会話で少し解った」
容赦の無い物言いだ。普通の男なら凹むか激昂するしかねない。
だけど、彼が真実を語っているのも事実。俺よりも我妻の方が優れているのは、傍目から見ても明らかだろう。
男としての格を社会に当て嵌めて測るなら、俺が劣ってしまうのは仕方がない。
その上で、決して我妻は俺を馬鹿にするつもりはないのも解っている。何せ今の彼の声に嘲りの類は存在しないのだから。
「君と咲は少し似ている。 一度決めたら後ろを振り返らないし、大事と決めたもの以外は驚く程無関心だ。 ……もっとも、君がそうなったのは僕が原因だと思っている」
我妻の次の言葉に俺は内心で首を傾げる。
似ている?俺が?彼女のように振舞うのは、どうしたって今の俺には不可能だ。
本当に優しくするなんてもう出来ないし、優秀な分野を持っている訳でもない。強いて言えばダンジョンや冒険者関連に詳しいと言えなくもないが、それも所詮は外付けが強力だったが故。
俺自身に彼女との共通項はある筈もない。一体こいつは俺と彼女の何を見ているのだろうか。
思わず半目を送ると、我妻は此方を見ずに苦笑した。俺の内心をこの視線一つで察したのだろう。無駄に感情の機微を拾うのが得意な奴だ。
「……それで、一体何を言いたいのですか? 過去の話なんて今更どうにもならないでしょう」
「そう、だね。 確かにもうどうしようもない。 あの日に僕は間違えて、結局は全てを破壊してしまった。 きっと彼女も二度と僕を見てくれない。 ――――それでも」
声に更なる力が入る。純粋に熱量を増加させ、俺に目線を合わせた。
力強い眼差しは、未来で見た一軍に入った我妻とそっくりだ。かなり心的にダメージが入っているだろうに、それでもまだまだ諦める気がないと嫌でも解る。
それでも、と言える人間が強いのは世の道理だ。それが良くも悪くも新しい結果を呼び込むのはこれまでの人の歴史が証明している。
なら、我妻はここで歴史を作ろうとしているのだ。我妻・玲の新時代を。
「これは僕の再度の宣誓だ。 今度は真正面から君と戦いたい。 どんな結果になっても、僕は受け入れる」
「……俺はもう彼女とは無関係ですよ。 戦いたいと言われても、そもそも勝負の土俵に上がる意味がありません」
「君はそうだろう。 でも、咲が必ず君を土俵に上げる。 彼女が君に執着する限り、勝負は終わらない」
率直に、酷い話だ。
俺側はもう終わった話だ。既に彼女に恋愛感情は無いし、咲と再度その関係に至ることは二度とない。
それでも相手は此方の都合を無視して勝負の場に引き摺り出すと語っている。 恐らく俺史上で一番厄介な存在かもしれない。
知るかと無視してしまいたくなった。関係無いと叫んで、関わってくるなと声を大にして我妻に告げたかった。
けれど、彼とは同じ職場の同期なのだ。どうしようもなく、これからも彼や咲とは関わり続けることになる。
老人や山田達に頼めば関わらないように配置を弄ってくれるだろう。それくらいには成果も出しているし、今後も出すつもりだ。
でもこれは完全なプライベート。公務とは一切無関係で、つまり老人達に借りを作ることになる。そのお返しがどんな形になるかは解らないが、俺は怖い。
それを回避したいなら、相手に遠慮させる要因を作ればいい。手を出すことが自分にとってデメリットになるよう動けばいい。
そして、それは別に真実でなくてもいいのだ。相手がそれを聞いて真実だと思ってくれたら、その時点でこちらの勝利である。
はぁ、と溜息を吐いてみせた。その吐息に呆れを混ぜ、次いで口を緩く歪める。
「でしたら、その勝負は俺の退場で終わります。 ……もうじき俺の命が終わるらしいので」
「――なに?」
我妻が俺を見る目が変わる。
疑問と少しの驚きの混ざった声に内心で笑つつ、真面目な顔に戻しながら己の不幸を彼に晒す。
「俺の職業は普通だったそうです。 けれど、自分には職業とは別に最初から技能欄に一つ技が刻まれていました」
声に諦観を乗せろ。悲壮な雰囲気を出せ。
相手を騙すのなら、それっぽい態度でいなければならない。笑って明日自分が死ぬと言ったって、相手はそれを本当だとは信じないだろう。
「それが随分強い力だったみたいで、俺の身体の方が耐え切れないんです。 おまけにONとOFFも出来ないみたいで、勝手に発動しちゃうんですよ」
「……嘘だろ」
「本当です。 今日明日で死ぬとまでは言いませんが、早ければ一年後には死ぬかもしれません。 ――――なので、勝負をしたって意味などないんですよ」
愕然とする我妻に俺は力無く微笑んでみせた。
実際、このままレベル上げをしなければ俺は死ぬ。神の眼とやらの力に耐え切れず、肉体は四散して蘇生の余地をまったく残さない。
だが、強くなればなんとかなるだなんて希望を我妻に見せる気もなかった。彼には是非とも罪悪感で苦しんでもらい、咲を操る手綱になってほしい。
彼はゆっくりと顔を俯かせていく。
そこに嘘だと思う心は無く、反対に嘘であってほしいと願う心があった。この反応を見るに、今更嘘を吐く必要性はないと向こうが勝手に思ってくれているのは確実だ。
ならば更に背中を押そう。こっちに執着する咲を振り向かせる為に、もっとなりふり構わない姿勢で臨んでもらうのだ。
「我妻さん。 俺が何時動けなくなるかは解りません。 ですがその時、咲に迷惑を掛けたくないんです。 だからどうか、頑張って諦めさせてください」
「……」
「俺よりも優秀だと貴方は言いました。 ならその優秀さでもって見せてくださいよ。 ……彼女が幸せに笑う姿を」
「ッ、……君はそれでいいのか?」
「良いから言っているんですよ。 ……それじゃあこれで」
我妻。お前は本当に根が良い奴だ。
だから未来じゃ勇者になれたんだろう。咲に笑顔を齎すことも出来たんだ。
なら、今回もそうしてくれ。俺がもうじき死ぬと知って、もっと必死になって彼女の腕を掴むんだ。
勝機はある。未来で可能性があったんだ。どうなるにせよ、我妻が再度間違わなければ縋れる対象になれるかもしれない。
それが健全かどうかは置いておいて、俺は心から願いながらこの場から悠々と退散した。
『悪い人』




