冒険者48 転移
ダンジョンの発生地点である黒い穴は出現当時から姿も規模も変わってはいなかった。
変化があるとすれば俺が飛び込んだ入口に専用の手摺付き階段が追加されているくらいで、まだこの規模のダンジョンを完全に覆い隠すのは難しい。
未来では巨大なドームになっていた場所もあったが、果たして此処も似たような建物が立つのだろうか。
全ては明日次第だなと内心で呟き、ギルドが確保している土地の中を歩いていく。
老人が恩返しとして要求した為か、まだまだ新参かつ信用性の低いギルドにちょっかいをかける隊員は居ない。
精々が遠目で監視をするくらいで、此方が下手な真似をしなければ自衛隊側も不干渉を貫くつもりなのだろう。
仮に隊員の誰かがちょっかいをかけてきても俺達には何の脅威にもならない。彼等の火器では俺達を殺すのは不可能に近いのだから。
かといってそれで冒険者が隊員を戦闘不能にしてしまうのは論外だ。俺達は冒険者であり、強者なのだから、寛大に接するのが一番相手には効く。
「参加人数は十人ですか」
「はい。 相手の規模が不明なので実力上位者のみで参加することになりました。 できればもっと数を揃えたかったのですが……」
「いえ、何が起こるか解りません。 無駄に増やして犠牲者を出してしまえば、今後の育成役も不足してしまうかもしれません」
「……面目ない次第です」
夜に入り口を見ていた俺に山田が近付く。
隣に立ってあれこれと話すが、彼にとってこの程度の戦力しか用意出来ない事実は悔しいものだったらしい。
この所為で参加しなかった人員が過酷な鍛錬を受けるかもしれないが、それ自体は歓迎だ。強くなってくれればそれが安定に繋がるからな。
「明日の状況次第では、命令権は私が最上位になります。 その時は迷わずに従ってください。 責任を取るなら私が取るので」
「はい。 ……できればそのような事態が起きなければよろしいのですが」
まだ俺は正式入社した訳ではない。けれども、老人なら緊急で対応を許可してくれる。
それくらいの柔軟性は彼にある筈だ。仮にそれが無理なら、仕方がないが俺自身が責任を負うしかない。
私的にまったく背負いたくないが、それなりに関係のある知り合いが死んでしまうのも寝覚めが悪い。
折角の特殊職も居るのだ。失いたくないなら前面に出て動くのが最適解になる。
その後、俺は山田から他の人間のレベルや能力の確認を行った。離れた期間は僅かだが、間引きで何度もダンジョンに潜っていればレベルも上がるし新しい能力も獲得する。
チームでも動いていたので集団戦の練度も上がっている。だが、その中でも突出して強いのはやはり榊原だ。
俺と同様に間引きに参加した冒険者達には試作の武器が与えられているとのこと。
榊原には長剣が与えられ、使用感を求められながら敵を屠っていた。速度も増しに増しているので、討伐数は群を抜いて多い。
彼女の記録を抜きたいなら、同様に速度で攻めるか範囲攻撃で一気に稼ぐかだ。
だが現状、範囲攻撃を取得可能なレベルに誰も到達していない。間引きも何度も繰り返していけば経験値量が減少していくので、目前のダンジョンをただ繰り返しているだけでは順調なレベルアップは望めない。
彼女の現在レベルは八。ボスモンスターの周回をしていない状況では最上位の強さを持ち、今の彼女ならタワマンから突き落されても無傷だ。
「魔法も幾つか増えましたね。 実戦でも使用しましたか?」
「取得したその日に確認はしてあります。 他にも私を含めた重戦士を目指す者達は盾を構えてわざと攻撃を受ける訓練も続けています」
「良いですね。 その経験が役職の変化を生みます。 これからも続けていけば、ある日に防御関連の能力が生えてくるでしょう」
「ありがとうございます」
上から目線の言葉だが、山田に気を悪くする様子はない。
力の差を示して明確に強さを与えたからか、年齢が離れているのに妙な敬意を持たれていた。
一通りの確認を行い、何故か俺のみしか入ることを許されないテントで寝て過ごす。
個人で使うには無駄に大きいテントはちょっとした家具すらも置けてしまいそうで、内部には豊富な携帯食料や寝袋が用意されていた。
俺が来るからと変に金を掛け過ぎだ。この件が終わったらもっと普通で良いと言わなければなるまい。
寝ている間、俺が叩き起こされることは無かった。
朝日が顔を出してもダンジョンそのものに変化は起きず、突入予定の午前九時を迎えても怪しい部分は一つも発見されない。
精鋭の十人の内、八名が横に並ぶ。向かい合う形で山田を中心に俺と榊原が左右に立ち、現状において解っている情報を再度冒険者達に伝えた。
彼等の表情は緊張に染まっている。今から何が起こるかも明確に解っていない状況に自分から飛び込もうとするのだから、良い表情なんて出来る筈もない。
だがそれでも、困難に飛び込むのが冒険者。今後もその姿勢を変える気は俺にはない。
最後に山田が激励を飛ばし、自衛隊の視線を背中に受けながら俺を先頭に冒険者達は金属質な階段をゆっくり降りていった。
「……此処は何時も通りですね」
階段は直ぐに無くなる。
全身が穴に入り切った直後に緩やかな速度で下へと落ちていき、石段の上に着地した。そして全員が無事に到着したのを確認し、先ずはと石段の一番下で円の形で布陣する。
非常識なダンジョンに常識を持ち出すのもどうかと思うが、常識的に考えるなら相手は俺達が通った道を抜けて姿を現す筈だ。
他に別の場所から移動するなら空間の跳躍。所謂転移を用いなければならず、俺はこれを一番に警戒していた。
相手は異世界の存在。別世界同士が繋がっている筈もなく、歩いて行ける場所ではないのは誰であれ理解している。
ダンジョンの出現方法だって前兆も無しの突発だ。これが転移によって発生しているのは間違いなく、なればこそ高位魔法を使える存在の出現は純粋な脅威である。
圧倒的なレベル差は勿論、豊富な魔法群を捌くのは今の俺達では難しい。
この会談が本当の意味で会談で終わってくれれば、それは俺達にとって最大の幸いになる。しかし、未来でこの情報が世間に流れていなかった事実が不安を加速させていた。
何が起こるのか、何を起こすのか。それが予測出来ないのは、俺にも強いストレスを齎す。
朝の時間が過ぎても何も変わらなかった。昼を迎えても一階では何も起きず、速度に自信のある二人を選んで一時的に二層や三層に確認に行かせる。
危険な賭けをさせてしまったものの、それでも何も変化は起きていなかった。
「本当に来るんでしょうか?」
疑問の声が冒険者の一人から出る。
それが希望混じりのものなのは誰もが解っていた。今この瞬間だけは、予言が外れてほしいと皆も思っている。
俺とてそれは一緒だ。けれども、この手の嫌な未来については外れる予感がしない。
それを証明するように、俺達の眼前の空間が徐々に歪み始めた。
盾役の人間が前に出て、全員が武器を前に向ける。俺もナイフを抜いてリュックを投げ捨て、そこから出て来るだろう存在に意識を集中させた。
やがて、蜃気楼のように揺れていた空間が捻じれる。円を描くように楕円に回り始め、人一人が通り抜けられそうなゲートが出来上がった。
――――そして、何も無かった空間にゆっくりと銀の鎧に覆われた人型が姿を現す。
全身を隠す銀のフルプレートアーマー。腰には鍔に翼の装飾が入った鞘入りの長剣。
正に西洋の騎士と呼ぶべき存在が一人現われ、更に二人目が現れて左右に広がった。
鎧は何も口にしない。沈黙を貫き、恐らく彼等の主が現れるのを待機している。
「…………ッ」
ゲートの向こうで足音が響いた。




