冒険者49 異世界の姫
ゲートからゆっくりと、その姿が露になる。
印象としては軍人だろうか。メインカラーを白に、差し色として金が入った軍服。胸元には幾つもの金や銀の勲章めいた飾りが付けられ、黒いブーツと白い手袋が肌を極限まで隠している。
線は細い。ただ、女性の平均身長よりも相手は大きい。
顔は――およそ地球に住まう人間を基準に当て嵌めるには美し過ぎた。
腰まで伸びる金糸の如き髪。瞳は碧眼で、小顔な表情は今は緩く笑みに彩られている。
警戒をしていても思わず感嘆の息が漏れてしまいそうな造形は、正に神に愛されたと言うべきだ。陳腐な褒め言葉ばかりが心に湧き上がり、しかしそれら全てを喉元で抑え込む。
黄金国家。その国の正確な部分を俺達は知らないが、彼女の黄金のような美しさも理由の一端になっている気がした。
ゲートから数歩出た彼女は、その場で静かに佇んで此方を見やる。動きがないだけで絵画を見ている気持ちになるが、俺達も最初に何を放つべきかに迷う。
「……貴方が、黄金国家エル=ラクムのマリーザ・ギルデッド様ですか?」
「…………」
沈黙は、山田には耐え切れなかったらしい。
彼が尋ねるも相手の女性は緩やかな笑みのまま。まるでこちらの言葉を無視しているとも、あるいは解っていないような態度に今度はこちらが困惑してしまう。
――不意に、彼女の視線が強くなった。その先に居るのは俺だ。
彼女はじっと俺を見つめ、徐々に徐々にと緩やかだった口角が鋭くなっていく。相手の表情の変化は俺達にとって良いとは言えず、不審な変化に内心の緊張感は上昇していった。
「……まさか、このような形で再会することになるとは思いませんでした」
女性が口を開く。言葉の雰囲気には小さな驚きが混じり、同時に喜びが多大に込められていた。
「失礼、先ずは自己紹介を。 私は黄金国家エル=ラクムの次代女王、マリーザ・ギルデッドと申します。 今回はこのような形での会談になってしまうことを謝罪すると共に、参加していただいて誠にありがとうございます」
姫、とはメッセージでは言われていた。
しかし次の女王である事実に俺達の間に少なくない衝撃が走る。
相手の歴史を知らないので確定にはならないが、女王はその名の通り女の王だ。国を統治する最上位の地位となり、女王の決定が国の行末を左右する。
将来的に彼女がそうなるのであれば、俺達が取るべき態度も変わってくる。
本当であれば跪くべきなのだが、まだ相手が敵か味方かも解らない。今はまだ、正体不明の国家の人間くらいな対応にならざるを得ない。
マリーザとしてもそれは当然だと思ったのだろう。俺達が膝を付かない様子を当然と捉え、嫋やかな笑みでもって言葉を紡ぐ。視線はずっとこちらに固定されているが。
「御挨拶ありがとうございます。 私はこの冒険者部隊を率いる山田・哲と申します」
「冒険者? そちらにも冒険者はいらっしゃるのですか?」
「いえ、このダンジョンが出現してから現れた新たな職です。 それまでは創作の中の職業とされておりました」
「成程――それは、申し訳ないことをしました」
現実的な意味での冒険者は居る。
だが、所謂小説や漫画で出て来るような冒険者は今回が初だ。それを伝え、直後マリーザは謝罪した。
その態度に山田は理解が出来ずに困惑を深める。今の何処に謝意を示す必要があったのか解らなかったからだ。
「そちらにダンジョンが出現した原因は我々にあります。 ……事前に交渉をしたかったのですが、事情により今回身勝手にもダンジョンとして我々の世界の土地をそちらに移動させてしまったのです」
「――それは、どういうことでしょう」
一部の冒険者の目が細くなるのが雰囲気で解った。
不穏な空気を纏い、一人が腰の剣に手を添える。騎士達もその反応に腰の剣の柄を掴み、加速度的に場の空気が悪化していく。
だが、冒険者達の気持ちは俺にも解る。
彼女は語った。自身の国があの惨状を作り上げたと。未来で俺の両親を殺し、腕まで持って行った諸悪の根源であると。
ダンジョン発生直後、溢れ出たモンスターによって死んだ人間は何人居るだろうか。日本だけでなく、中国の被害も合わせたら百万でも足りない。
マリーザは言わねばならない。この状況を作り上げたその事情を。自国がどうしてその選択をしたのかを。
「……私達の世界には滅亡が迫っていました。 あらゆる人間が絶滅する死が、世界を食らう怪物が目前にまで近付いていました」
彼女は語る。
自身が最終的に土地を移動させた、その訳を。
人類絶滅。いや、世界そのものの消滅。彼女の世界ではそれが起きてしまいそうになっていた。
原因は彼女の世界に現れたとあるモンスター。終末の獣と名付けられたそのモンスターは、視界に入る全てを問答無用で飲み込んだ。
数多の英雄を屠り、数多の自然を破壊し、たった一発の魔法で数多の国が滅ぶ。
核がモンスターの姿で暴れているようなものだ。どんなに有力な人間を送り込んでも敗北してしまい、果てに人類一丸となった反抗も失敗した。
「勝とうと考えたのが間違いでした。 あれに生死の概念は存在せず、攻防の概念も存在しません。 人々が当然と考える自然法則に従っているように、あれの破壊行為は止められないのです」
記憶を漁る。
未来の記憶で該当するモンスターの姿を探すが、俺が覚えている範囲に彼女の語る存在は居ない。
それが世界を跨ぐことで来れないのか、それともまだ来ていなかっただけなのか。
マリーザの言葉が嘘の可能性もある。此方を同情させて、少しでも勝手に土地を移動させた罪を軽くしようとしていると考えることも可能だ。
というより、そちらの方がまだ確率としては高い。他の冒険者達も彼女の話に半信半疑で、明確な証拠を提示しなければ一先ずの信用を得ることも出来ないだろう。
次期女王ともなればその辺は当然解っている筈。なればきっと、解り易い証拠を出してくれる。
「私達には逃げる道しかありませんでした。 それも自身の世界ではなく、別の世界に。 王城の魔法使い達を総動員させて異世界への転移の術を作り――――けれどその魔法には複数の制限がありました」
転移の魔法が難しいのは俺も理解しているところだ。
空間を操る魔法職でも、最初は術者本人の短距離転移しか出来ない。しかもそれを取得するのはレベル五十からであり、そこまでは転移のての字も出てこないとネットの海には漂っていた。
レベル五十ともなれば中堅内でも上位に入る。数多くの初心者冒険者を率いるリーダーを担い、未来の小さなグループではトップになる者もそれなりに居た。
マリーザの場合は複数人で足りない部分を補って大規模な転移を作り上げている。その労力は察して余りあり、完成までに過労死した魔法使いが幾人も出たのではないだろうか。
「主な制限は二つ。 一つは世界を選べないこと、一つは正確な転移を行う為に目印を付けなければならないこと」
繋げた場所が人の住めない世界になっている確率は非常に高い。
目印を付けなければならないのは、恐らく急造なので安定化に必要なのだろう。俺の知る転移は一度行ったことのある場所ならイメージするだけで跳べるものだが、大規模にもなれば人間の想像力だけでは不足が出てしまうのかもしれない。
では、一体何を目印にしたのだろうか。この繋がりの無い両者の世界を結ぶ、共通の痕跡とは一体なんだろう。
「目印とは、一体どんなものでしょうか」
「……それは」
山田の質問に、その時初めてマリーザの口が真一文字になった。
一度出し掛けた言葉を飲み込み、数度脳内で思考を巡らせている。それが不吉な話に繋がるだろうと俺は察してしまった。
「――冒険者です。 ダンジョン化させた土地を送り込み、そこで冒険者に覚醒した人間を我々は目印にしました」




