86:爆発
心の傷に耐えきれず、去っていったカナリ。追いかけるコウヤは……
86:爆発
「待てよ! 待てったら!!」
コウヤはカナリに追いつき、その目の前に立つ。
と、その顔を見て、ぎょっとさせられる。
その顔には何の感情も無かった。
怒るでも、悲しむでもなく、ただ、無表情に顔を凍りつかせたまま、うつろな視線で歩いている。
「止まれって!!」
カナリの両肩に手を添え、押す。
「……コウヤ、くん……?」
まるで、目の前の自分に気付いていないかのような態度に、コウヤはますます得体の知れない恐ろしさを感じさせられる。
彼女に一体何があったのか。
「ちゃんと説明しろよ…… 何いきなり帰ってんだよ……」
走って追いかけ、少し息の切れているコウヤ。
そんなコウヤを気遣うでもなく。
「帰るって言ったでしょ。ほっといて」
あまりに素っ気ない態度に、コウヤも腹を立てる。
「ほっとけるかよ!!」
大きな声を出すコウヤに、カナリは少しひるむ。
その隙に畳み掛けるかのように、コウヤは言葉を連ねて行く。
「お前、なんか…… あんだろ。
友達がさ…… なんか、辛そうにしてんのに、ほっとけるかよ……」
息切れを整えながら、コウヤなりに考え、言葉を選び、優しく接しようとしていた。
ソノカに言われた事も気になっていたため、いつもの図々しさや無遠慮さは控えていた。
「なにそれ」
失笑するかのような、カナリの表情。
いつものような、人を思いやる彼女の顔とは、まるで別物。
「人の事情も知らないで、適当な事言ってんじゃねえよ」
「委員長……?」
突然、口調の変わったカナリに、コウヤは愕然とさせられる。
その目に浮かんでいるのは、怒りか、憎しみ。
コウヤが今まで見たことの無いような、人間の目とは思えない、恐怖すら感じる冷たさ。
「なーんかさぁ~ コウヤ、ガッカリなんだよ、お前」
嘲笑を浮かべながら、カナリはコウヤの肩を掴み返し、ドンと押し返す。
「お前はさ、優しくて、いいヤツだって思ってたのにさぁ……
お前にはガッカリだ。
あいつとは違うって思ってたんだぜ?」
「あ、あいつって……クラガの事か……」
「うるせぇ!!」
その名前を耳にする事すら苦痛、なのか。
怒鳴って言葉を遮るカナリ。
「あたしらが集めたポーションを、あのクソに渡す?
やってられるか!!」
さらに、、突き飛ばすように肩をドンと押し、コウヤを睨みつけてくる。
「あのクズが代表!? 見直しただ!? ハァァァ……
バッッッッカじゃねぇの!?」
「確かに、あいつがろくでもないヤツだって、俺も知ってるけど……
何があったんだよ…… 委員長がそこまで怒ってる理由、俺には分からないんだよ……」
と、カナリはさもおかしげに、クックックと忍び笑いを始める。
「あーそうかぁ~ コウヤくんは、クラスが違ったし、知らないんだねぇ
教えてあげようかぁ?」
このまま、カナリの話に深入りしてもいいのかどうか、一瞬躊躇する。
それでも、コウヤはソノカの辛そうな声を聞き、カナリを助けるつもりで飛び出して来た事を思い返し、決意を固める。
「ああ。聞かせろよ」
カナリの瞳の怒りが、より一層激しくなる。
「あいつのせいで!! あたしの家は、無くなったんだ!
それなのに、あいつは、あのクソカスは! まるで気にしない!
それどころか、あの態度だ! 知ってるだろ!?
あいつはクズだ! クソだ! ゴミカスだ!」
それはコウヤに聞かせるための言葉ではなく、ただ、怒りをぶちまけるだけの行為。
事情はよく分からない。
それでも、言葉の端から、コウヤは事情を拾っていく。
「死んだからいいのか!? かわいそうだから、大金持ちでも許すってぇ!?
じゃあ、こっちはどうなんだ!!
家も財産も奪われて! パパもいなくなって!!
ママがどれだけ苦しんでるか、分かってんのか!!」
コウヤの肩を掴み、壁に押しつけ、憎しみの眼差しを叩きつけてくる。
「あのクソ野郎に救われるなんて冗談じゃない。
あんなヤツのいる世界に、一秒だっていられるか。
そんなゲーム、やってられるワケ無いだろ」
囁くように、呪詛のような言葉を吹き込み、近付けた顔と顔を、フイと離す。
「お前はいいやつだから、助けてやろうと思ってマジホリを始めたんだけどな。
お前みたいないいやつってのは、報われるべきなんだよ。
もう、こんな未来の無いゲームのために毎日無駄な時間使っても意味ねぇだろ?
あのクソ野郎に助けられてまで、続けたいか? やめちまえよ、お前も。
それとも、あたしじゃなく、あのクソの肩を持って、お前もクズの側に着くか?
どっちでもいいぞ?」
もう、彼女の視線はこちらを見ていない。
その瞳を見て、コウヤは決心する。
「クラガの側に着く? いいや、そんな事しねー。
お前の側に着く? それも嫌だね」
「ふーん? じゃ、何?」
「話がちげぇだろ?
カナリが、俺の側に着くんだ」
「あはっ! なにそれ!」
「俺がいいやつだって?
いや、違うね。
本当にいいやつってのは、お前みたいなヤツの事を言うんだ」
「・・・・・・」
口汚く罵って、本性をさらけ出し、呆れられ、嫌われるとばかり思っていた。
こちらからコウヤを拒絶し、これっきりにするつもりだった。
カナリは、予想外の反応に戸惑い始める。
「内心馬鹿にしてるはずの、俺達みたいなバカをいつも気にかけてくれるし、ちゃんと委員長してるだろ?
悪い事したら叱って、困ってるヤツがいたら助けて、いつも忙しそうに勉強してるのに、いつも皆の面倒を見てるじゃんか。
俺はただ……いつもバカやって、何も考えてないだけだろ」
何も考えてないというのは合ってるな、と、思わず頷くカナリ。
「俺は……」
俺は、お前よりずっと、報われている。
本当に報われなきゃいけないのは、カナリの方だ。
そう、口にしかけて、思いとどまるコウヤ。
「俺を、助けてくれよ、委員長」
「……?」
てっきり、哀れみや、慰めや、そんな言葉を掛けられるのだろうと、怒鳴り返してやろうと身構えていたカナリは、肩透かしを食らう。
「ダメなんだよなぁ……
委員長が抜けて、それでゲームクリアしたって、全然嬉しくねぇもん。
仲間がそんな顔してちゃ、ハッピーエンドにならねーだろ」
カナリは、そこでようやく自分が涙を流している事に気付く。
「お前が何考えてるかなんて、知ったこっちゃねーぜ。
俺、馬鹿だからな!
俺は、俺のために、お前にいてほしいんだよ!」
「なにそれ…… 愛の告白?」
「バッ! ちげーよ! そういうんじゃ……」
「フフッ、違ってなくても別にいいけど……?」
涙を流しながら、カナリは小さく微笑む。
コウヤは、まだ、そういう男子じゃない。
だから可愛い。
「あんた、バカで鈍感でビックリするくらい分かってないけど、そういう優しさ、誰にでも向けすぎなんだよ……」
「そんな事言われたって、困る……だろ……」
困り果てて考え込み、コウヤは小さな声で返す。
頭の中が考え事に追いついていないのだろう。
「優しさ全開で、人の心にズカズカ踏み込んで、その後の事とかまるで考えてないでしょ。
人との距離感考えろって! 近付きすぎなんだよ!」
段々腹が立って来た。
カナリは、コウヤを困らせるように問い詰めていく。
「これ以上あたしの方に踏み込んできて、責任取る気あるの?
あんた、あたしのカレシにでもなる気?」
顔を真っ赤にして狼狽えるコウヤ。
ああ、実に心地良い。
これこそ逆転。
これこそ大勝利。
やり返してやったという、たまらない充足感。
「知るかバカヤローーーー!!!」
ははっ!
パニックに陥ってヒステリー!
なんてみっともない!
まるであたしじゃないか!
「委員長? ああ、好きだね!
可愛いし、頭いいし、優しいし、俺より背が高いのがちょっとムカつくけど、大好きさ!」
!?
「でもな、俺はユウイだって大好きだ!
ちっこいし、かわいいし、守ってやりたいって思うし、本当に大好きだ!」
ハァ……?!
「ユウリだって大好きだ! あいつのためなら、つまんねーポーション集めも頑張ろうって気になるさ!
ハナちゃんだって、ソノさんだって、可愛い女の子の前でいいとこ見せたいって、頑張っちまうさ!」
(話が違って来てないか)
呆れ果て、段々と真顔になりつつあるカナリ。
「俺は、バカな上にワガママなんだ!
だから、みんなが大好きな俺は、俺のために、仲間が揃ったハッピーエンドでゲームを終わりたいんだ!
そのためには、お前がいなきゃいけないんだ! だから、だから……」
仕方ないなぁ……
「ありがとな、コウヤ」
カナリは、コウヤを抱きしめる。
「それで十分だよ。
こんなあたしを、ちゃんと受け止めてくれたじゃん……」
自分より背の低い頭を、抱きしめながら撫でる。
暖かくて、心地良い。
愛しさがこみ上げる。
誰にも見せたことのない自分の本性を曝け出しても、何も変わらず、そのまま、当たり前のように受け止めてくれた。
それだけで十分。
「カナリは何も悪くないって、みんな知ってるから……大丈夫だよ……
戻ってこいよ……」
「うん」
ぎゅっと抱きしめ、思いっきり胸を顔に押し当ててやる。
顔を真っ赤にしているコウヤは、とても可愛い。
「私は報われるべきなんでしょ?
もう少しこうしてなさい」
「・・・・・・」
しばらく、コウヤはカナリの胸に抱かれたまま、じっとしていた。
何がどうなったという訳でもない。
ただ、極度の緊張で何もできず、固まっていただけに過ぎない。
そうしてしばらく思い悩んだ末、ふと思い出して、付け加える。
「でも、クラガがクソってのは同感」
「でしょー」
「女子殴るし、ユウイ突き飛ばすし」
「でしょでしょー」
緊張が解けた二人は、自然に微笑み、嫌な奴の悪口を言って盛り上がる。
聖人君子でも何でもないただの小学生は、程度の低い着地点で笑い、打ち解けた。
ただなんとなく、適当にそうなっただけ、なのだが……
それで、一人の不幸な少女の心が救われたのなら、そんなものでも良いのだろう。
(過去に何があったのか、具体的に詳細を描写する事は今後もありません)




