68:あいつのいない時
四層の崩壊が迫っていても、コウヤ達はそれとは無関係でしかいられなかった。
そんな時……
68:あいつのいない時
火曜日、夜。
虚無、154階到達。
阻止限界まで、残り約五日。
プレイヤー各員は、夜を日に継いで、一分一秒のタイムリミットを稼ぐための奮闘を続けている。
……だが、それは四層に挑む者の話。
彼らには、手を出そうにも出せない、蚊帳の外の話である。
彼らは小学生であり、中学生だ。
コウヤとマヤの二人は家の用事を優先せねばならず、帰りが遅くなるため定時のマジホリプレイに不参加。
本日は各自で自由にプレイする事となる。
ユウイとユウリは二人でベリーハード・アクト3序盤でレベリングに励んでいる。
次の定時プレイの際に素早く進行出来るようにポータルの確保をしておこうと、先を急いでいた。
カナリは「最近仲間に頼りすぎている」と言い、前線で戦う勘を取り戻そうとして、ソロプレイを行っている。
カナリの使う君主は前線での立ち回り、押し引きの判断、細剣スキルの距離感等々が重要となる、難しいキャラクター。
コウヤの盾技に頼り切りだと勘が鈍るのは確かだ。カナリがいてくれた方が助かるのだが、ユウリとしては引き止める気にもならず、久しぶりに兄妹二人でボイチャいらずの自宅プレイとなる。
「お兄ちゃん遅いよー 熊さん先に行っちゃうじゃない!」
「まあ待てって、まだ小銭を拾い終わって無いんだ」
「そんなのいいじゃーん!」
「細かな積み重ねが後々効いてくるんだぞ? 小銭を馬鹿にするものじゃない」
一々弾速の遅い溶岩スキルや、効率の悪い竜巻スキルを使うまでもなく、近接武器で切り込んでいくユウイ。
熊や狼の扱いにもすっかり慣れ、装備の更新が進んだ事もあって、ザコ戦で殴り負ける事は無くなりつつあった。
「なんだ、今日は賑やかだな」
コウヤもマヤもいない家族同士の気楽さで、兄妹共に多少口調が軽い。
そんな騒々しさに、ユウリの父が声を掛ける。
「ああ、ごめん父さん、うるさかったかな」
「いや、いいんだ。
ふむ…… それがマジホリというヤツか」
と、興味深そうにノートパソコンの画面を覗き込む。
もっぱら本の虫である父がゲームに興味を持つとは珍しい。
「父さんも知っているんですか? このゲーム。
そんなに有名だったとは、少し驚きました」
「いや、コウヤ君のお父さんから興味深い話を聞いてね。
虚無、という何かおかしな事件が起きているそうじゃないか。
詳しい所を教えてくれないか?」
ユウリは驚く。
子供同士や母親同士の仲が良いとは言え、父同士はそんな話をする間柄だっただろうか?
とは言え、漫画やアニメやゲームに没頭しすぎる息子に良い顔をしなかった父が、こうして興味を持ってくれたのは嬉しい驚きだ。
ユウリは喜んで説明を始める。
コウヤの人柄や、虚無事件の物珍しさもあって、クラスでも流行りだしている、とも語った。
内心、何故父がこんな話に興味を持つのか、と訝しみながら……
カナリは悩んでいた。
何をどう話すでもないのだが、誰かに聞いて欲しかったから、ハナミ、ソノカの二人とボイスチャットをしながら、ベリーハードのアクト2ボスに何度も一人で挑み、晴れない気持ちを抱えながら淡々とトレハンに勤しんでいた。
ハナミ、ソノカの育成に付き合いたい気持ちはあるが、まだ二人は難易度ハードに留まっている。
ベリーハードに進んだカナリが一緒にプレイする事は出来ない。
ただ、二人の声を聞いて安心したかったのかもしれない。カナリ本人は自覚していなかったが、不安な気持ちを和らげたいという気持ちがあったのだろう。
だから、淡々とボスと戦い続け、時に華麗に勝ち、時に死にかけながら、つい、本音がポロッとこぼれてしまったのだ。
『私、何故こんなゲームをしているでしょう……』
ヘッドホン越しのため息を聞き、驚愕する二人。
『えーっ!? なぜって、そりゃコウヤくんのためじゃないのー!?』
『それは、そうですけれど……』
ソノカは再び驚愕し、慄く。
直球でコウヤの名前を出すハナミの無神経さにも驚くが、素直にそれを認めるカナリの方に、それ以上に驚かされる。
『ですが、クラスで流行り始めている今、私が協力する意味はもう無いのでは、と……
ふと、そう思ってしまったの』
そっちの意味か、と、納得させられるソノカ。
すっかりコウヤ・ユウリの二人と仲良くなっていたため忘れていたが、彼女の中では、メンバー不足で困っているコウヤを助けてあげる、という名目の上でマジホリをプレイしているのだ。
周囲の誰もそう思っていないにせよ、彼女の中ではそういう大義名分が存在している。
『何を今さら、ですよ? カナリさん』
この期に及んでまだ自分をごまかしているカナリに、少し苛つきもする。
ソノカもまた、少しだけ本音を漏らす。
『いまさらやめないでよー あたしらもいるじゃーん
カナリいなかったら、こんなキモいゲームやんないよ私ー!』
ユウリに近付きたくて始めたクセに、と思わなくもないが、ソノカも気持ちは同じだった。
『そうです! 途中で投げ出すなんて、カナリさんらしくないと思います』
『そうだよー キモいゲームだけど、結構おもしろいんだしさ!』
『そう、ですわね…… 自分で言い出した事を途中で投げ出すなんて、そんな無責任な事は……
私が、そんな事をするはずがありませんものね!』
ネット回線の向こうで、カナリが立ち直ったのが分かる。
何を悩んでいたのかは分からないが、何かの役に立てたのなら嬉しい。
そう、ハナミとソノカの二人は思っていたのだが……
別に、立ち直った訳ではない。
カナリは、自分に課した委員長というキャラクターから来る義務感から、この役を演じ続ける決意をしたに過ぎない。
疲れを感じさせる表情で、口元だけ微笑み、淡々と、邪神ドゥゲムを何度も何度も殺し続けていく。
もうここまで来たらコウヤの父の名前はコウヤの父のままで行きましょうか。
そして、ユウリの父もまた、ユウリの父で。




