57:鍵
山田マンに連絡を取ったキツネは……
57:鍵
月曜の夜、キツネはファミリーレストランで人を待っていた。
「あらまあ、お久しぶり。いい男になったじゃない」
現れたのは、二十代半ばくらいの男性。
「貴女は老けましたね……」
「第一声からそれ? ホスタイル飛ばしてくるわね~」
緊急連絡3号を受け取った山田マンは、以前に打ち合わせた通り、指示に従ってこの店に現れた。
呼び出された理由もおおよそ予想はしているが、それでもやはり、この女性を前にすると警戒心の方が先に立ってしまう。
「んふふ、彼女とかいるの? おばさんに興味ある?」
「子育て中の奥さんがそういう冗談言うのはよくないと思います」
「ノリ悪いし…… そういう所は変わってないのよね」
「どこかの誰かに誤解されないウチにさっさと話を始めましょう」
「もう子供も大学行って、暇してるから大丈夫よ。ウチの人は相変わらず放任主義だし。ゆっくりしていってね?」
「早く、始めましょう。仕事の、打ち合わせ、を!」
語気を強める山田マン。
「はいはい。ま、それもそうだし、お仕事しましょうか、ヤマダくん」
山田マンの本名は、山田ではない。ミホロと言う。
が、今ここにいる二人は、ミホロとイデハラではない。
雑誌編集者のツネさんと、ライターの山田くんとしてここに来ている。
山田マンとしては、こだわりすぎの演出過剰だと思ってしまう所だが、自身としても用心に越した事は無いと理解はしている。
「さて、と…… じゃあ単刀直入に行くわよ。カンさん、どこにいるの?」
「いきなりですか……」
カンさん。
調べて出てくる情報は、本名不明。住所不明。年齢不明。
開発者メーリングリストに登録されたメールアドレスも捨てアカウント。
だが、キツネと山田マンの二人は、彼が何者かを知っている。
IT企業勤務、趣味でPCゲームのMOD作りを行っていた男。本名をカノザキと言う。
「僕は関わる事を許されていないんですよ? 僕に出来るのは、あくまで山田マンとしての活動に限定されているんです」
「アンタが真面目に更生して、罪滅ぼしで頑張ってるのは、おばさんちゃんと分かってるから。そこで無理を言うつもりは無いわ。
貴方に無理を言うつもりは無いの。カノザキさんと連絡を取りたいだけ」
「彼に聞けば全てが分かる訳ですからね……」
カノザキは、メインとなってRSのシステムを構築していったカミさん、デバッグやバランス調整に励んだバラさんと並ぶ、三人のマジホリRS開発の中核メンバーのうち一人だ。
受け持ったのは、オンライン周りとサーバーの管理。つまり、虚無を実装したのが何者であれ、彼がサーバーの中身をしっかり管理しているのであれば、このような事態にはなっていないはずなのだ。
無論、カノザキが虚無を作った真犯人である可能性も高い。
ごく初期には山田マンもテストプレイメンバーとして開発に協力していたが、キツネは彼が犯人であるとは考えていない。
「お察しの通り、僕は連絡先を知っています。当然、あれ以来一度も連絡を取ってませんけど……」
「んで?」
「……確かに、僕が連絡を取るのでなければ示談書にも反しませんし、連絡先を教えるなとも書いていません。
ですが!」
「まぁ、屁理屈だし?」
「です」
「ですよねぇ」
キツネはコーヒーに口を付け、ステーキを一口食べる。
「まあまあ、買収しようってんじゃーないから、アンタも食べなさい」
「・・・・・・」
せっかくのご馳走ではある。冷めてはもったいない。山田マンもナイフとフォークを手に取る。
しばし言葉も無く食事を進め、間を取ってからキツネが再び口を開く。
「でも、このままじゃダメよね? マジホリ。守りたいんでしょ? アンタも」
「・・・・・・」
「せめて足止めだけでも出来ればって、BOTとか組んでるんじゃないの? 掲示板でリクエストもあったし」
「何でもお見通しですか」
「伊達に年取ってないのよ」
あいつみたいに訴えられるぞ、と言ってブッチーに利用規約の厳守を言ったのは他ならぬ山田マンだ。
ブッチーのプレイスタイルは、彼にとってはかつての自分を見るようなもの。心の底からの忠告はブッチーにも通じ、今に至っている。
「私がやっといてあげるから、後は任せなさい。
今度は、アンタのワガママなんかじゃなく、守るための戦いだから。身につけた技術を、正しいことのために使うのよ」
「僕だって、守りたいさ……」
どうしてもランキング一位を取りたくて、BOTを使った高速レベリングで負荷を掛け、カノザキのサーバーに損害を与えた。
開発メンバーから外され、キャラも削除され、報復として大量のキャラクターを作り続けるBOTを組んでサーバーを再び攻撃した。
警察から警告を受けた後も、ネットカフェからサーバー侵入を行い、ゲーム自体の破壊を目論んだ。
全て、自分の誇り、自分の生き甲斐、最強プレイヤーである自分を守るための愚行だった。
そのために、必死に勉強した。技術と知識を身に着けた。
その努力を今、正しい事のために使う。
「分かりました」
召喚連打を半自動化するBOTは既に組んである。
要件はこれだろうと思っていたから、カノザキの連絡先や住所も書き留めて来た。
後は、彼女に任せればいい。
一枚の紙切れと、USBメモリが一本。
山田マンは、これに希望を託した。
民事裁判の和解条件は、要約すると「被告は原告の手を煩わせてはならず、一切の干渉を禁じる」といった内容であり、カノザキの温情として、マジホリRSのプレイを続ける事だけは許可されていた。
法廷で、「俺にはマジホリしか無いんだ!」と泣きながら叫んだ姿をキツネは見ている。
カノザキの「マジホリは俺の全てだ!」と叫び返す怒りの形相も、見てきた。
二人共、人として壊れる程にマジホリに入れ込んだ男同士。通じる所もあったのであろう。
今こうして山田マンの名でプレイを許されているのはカノザキの温情であり、山田マン、いや、ミホロ青年にとって唯一残された最後の居場所だ。
和解内容の示談書には、絶対に反する訳にはいかなかった。
キツネはその内心の葛藤を思い、涙ぐみそうになる。
自分だけが虚無の真相を知るための直接の鍵を持っているというのに、それを使えないという葛藤。
その葛藤を、自分が肩代わりする。
無論、これも危険な橋に違いはない。彼だけでなく、自身にも火の粉が掛かってくる可能性がある。
それでも、この託された鍵を使わねば、マジホリRSが、皆の唯一の安らぎの場が、壊れてしまう。
幸い、娘もバイト慣れして一人暮らしを始めている。まさかの時も、娘の人生を破壊する事にはならないだろう。
冒険するだけの価値はある。
「じゃ、預かるわ。大事にするからね」
彼の人生も、これ以上破壊する訳にはいかない。
だから、これ以上の話はここではしない。
法廷闘争の残した炎がまだ燃え尽きずに燻っているとしても、それは彼が関わるべき事ではない。
だから、ステーキを奢って、これ以上話さずに帰るのだ。
起承転結の転辺りまでは来たでしょうか。本作があとどれくらい続くのかは、まだ不透明。




