#54
“Call Of The Insanity”
「……どした?」
ハカナの様子に気付いたセレンが、ラタネとの会話を切り上げて訝しむような言葉を投げかけてくる。
「いや……さっきレキナが入口にいたんだけど」
「レキナ?」
「あー、レキナちゃん、ハカナくんのことずっと心配してたッすからねー」
「えっ?」
先程の彼女の表情からは読み取れなかったが、二人と同じくこの部屋まで来ていたということは、そういうことなのだろうか。
(……なんだろう。すごく気まずい)
朝にコナトゥスの影響とは言え、ハカナは彼女と話した後に『恐怖』して逃げたのだ。今、どんな顔をして向き合えばいいのか分からない。
(けど、今は……)
そう考えた直後、ハカナの内に違和感が訪れた。
「ッ!!!」
『恐怖』に似て非になる感覚が、ハカナの身に襲いかかった。寒気に身を震わせる。
胸を締め付ける感覚も。肌を焼くような焦燥感も。そう、逃げるほど恐れていたはずなのに。
レキナの姿を思い浮かべる。
神秘を纏いながらも、畏怖と異形を内包する少女。しかし、今は……何も感じない。
その矛盾が名状しがたい違和感となって、ハカナの胸の中で暴れている。
ただ、気持ちが悪い。自分で、自分の感情が信じられない。全てがちぐはぐで、浮き足立ったまま、心が着地出来ないでいる。
(……知っている)
ハカナはこの沸き立つ感覚を、確かに知っている。機械の怪物となった少女と相対した時にも、フルエフルよりトウモロコシの豊穣を受けた時にも、感じたもの。それよりも、ずっと昔にも――――
「――――おい、大丈夫か?」
「ハカナ君?」
「ぁ………………」
ハッとなり、セレンとラタネが心配そうに顔を覗き込んでいたことにハカナは気付いた。同時にハカナを冒そうとしていた違和感は形を潜める。
冷や汗がハカナの背中を伝った。ほんの一瞬のことだ。気のせいかもしれないと思いたくなるような。
(……違う)
ハカナは頭を振った。気のせいだと思わなければならない。
(そうしなければ……きっと、もう戻れなくなってしまう)
そんな予感が、彼にははっきりとあった。
「あっ……いや。ちょっと、気持ち悪くなって」
「……そうか。なら、いい。おい、ラタネ。先に下に行って準備しといてくれ」
うぃ、と短く返事をしたラタネは素直に部屋の外へ出て行った。セレンの表情は険しいものになっている。ハカナを『視』て、彼に訪れた異変を察したのだ。
ラタネが部屋を出て行った後。セレンはそのタイミングを見計らって、遠くを見るように話し始めた。
「あの時に言ったように、テメーの『恐怖』はコナトゥスの中でも異質……感情に分類されてるものだ。言っただろ? オレが過去に視たその系統のコナトゥスを持ったやつは漏れなく狂っていた、と。それはこんなイカれた世界のせいだけじゃない」
「それって……」
セレンの言いたいことをハカナは疲れた頭で必死に咀嚼する。本来、コナトゥスはローリスクローリターンの力。ハカナの『恐怖』はその例外。
『恐怖』は感情から生まれ出たコナトゥスだからだ。
そう、感情はコントロールが出来ない。
感じた後、どうするかをコントロールが出来たとしても、感じること自体を止めることは出来ない。
それが感情のコナトゥスがローリスクではなくハイリスクの所以。コナトゥスで感じるほどの鮮烈な感情は、同時に人の心を狂気に染める。
「……ほらよ」
思案に耽っていたハカナはセレンに何かを投げ渡された。
携帯食料だ。昨日と似たシチュエーションだが、包装も破けていない真新しいものだった。
体は現金なもので、それをみてハカナの腹の虫が鳴った。それで彼はほぼ丸二日、まともなものを口にしていないことを思い出した。
「これ……」
「食え。少し休んだら訓練をするぞ」
「訓練……? 一体なんの?」
「シンゴからも聞いただろ? マラコーダの消失を」
「あぁ……」
「あの赤髪の野郎は、確かに神仔は逃がしたと言っていた。それは事実だろう。あの時、ヤツが嘘を言う理由がない。で、それでも死んだってのなら、答えはそう多くはない。……あの場の近くに、他のやつらが居たんだ」
ハカナはほんの少しの間、時間を共にした少女を思い起こす。年端もいかない、自身に狂気を植え付けた、無垢で残忍な少女を。
「マラコーダの神仔には化け物みてえな女も一緒にいたはずだ。シンゴにも勝てなかったようなやつが。それなのに、全員殺されたんだ」
少しの沈黙。そしてセレンは言葉を続けた。
「……テメーは、生きるんだろ? テメーのコナトゥスは使っちまえば自分自身もただじゃ済まない。なら、銃の扱い一つでも覚えろ。
それが、これから生き残る為に必要な術だ。……仕方ねえから、オレが教えてやる」
セレンは頭を掻いて、そっぽを向く。
彼がどんな顔をしているかは、何となく想像が出来た。一日前だったら絶対に分からなかっただろう。
そう言えば、昨日も彼は自分に渡したものより損傷した携帯食料を食べていたということを、今更にハカナは気付く。
「お前、良いやつだったんだなぁ……」
「しみじみ言うな。やっぱやめとくか。柄でもねえ」
「冗談! ちょっと待って! すぐ食べるから――」
わずかな時間でセレンと親身になったことにハカナは感慨深く感じるも、どうやらそんな暇も無いようだ。すぐに準備を整えようと慌てて投げ渡されたレーションを開け、口まで近付ける。
だが、寸での所でハカナの手が止まった。
「んあ? どうした?」
「……悪い、セレン。本当に、悪い。……これ、別のと交換してくれない……?」
「あぁん?」
ハカナの手に持つ携帯食料。
その包装紙には小さく『コーンポタージュ味』と書かれていた。
- 2nd day end.
To Be Continued... Next day - 3rd day - 狭霧狂界




