Ex1
“Wish Upon a...”
*
少女は夢を見ていた。
その夢は、誰にも望まれてなかったものだ。だけど、彼女には望まずには居られなかった。
ずっと、ずっとそれを願って。
嫌なことも、苦しいこともずっと我慢して。
そうして、今までやってきて。
やっぱり、これからもそうしたいと望んで。
彼女は同じ夢を願い続ける。
――――あぁ、神さま。
どうか、私の希望を聞き届けて下さい。
願わくば……
この地獄が、ずっと続きますように。
*
今も燃え盛る豊穣迷宮から少し離れた廃墟の一つ。かつては大型のホームセンターであった場所だろう。店内の商品棚は崩れ、割れた窓ガラスから侵入した砂の色にそこかしこが染め上げられている。
そんな中で、豊穣迷宮が炎に包まれ、崩れる様を見ながら、フルエフルは地団駄を踏んでいた。
「なによ! なによ! どういうことなのよ!」
その場には彼女の他に、ザンカを抜いた三人のマラコーダの兵隊が付き従っている。相変わらず能面のように無表情のツバメを除き、それぞれに沈痛な面持ちをしていた。
戦わずにして、彼らの迷宮は破られてしまった。相手が強者だったということであれば、ここまで意気消沈はしないだろう。
ただ、出鱈目だった。
ただ、想像以上に気が狂っていた。
だが、それだけだ。
防げたはずだ。何も起こらなかったはずだ。
そもそも、この世界の人間には自殺に類する行動は行えない。でなければ、生きる意志なんてものは持ち得ない。本来ならば、何も出来ないはずの相手なのだ。
しかし、現実に有り得ないことが起こってしまった。
後悔するも時既に遅し。いや、後悔してやり直すにしても、何に気を付ければよかったのか? 改めて行動を反芻してみても、何が悪かったのかさえ分からない。
……まるで、こうなることが運命であったかのように。
それが殊更に無力感を煽り、彼らの気力を削いでしまう。
この場の空気に流石に耐えかねたのか、フルフエルは地団駄を踏むのをやめ、彼らを気遣うように努めて明るい表情を作った。
「あぁ、もう! 大丈夫よ! また私が神性で新しい家を創るし! そこでまたやり直しましょ! まだ、終わった訳じゃないんだから。今度は、今までよりずっと、ずっと立派な……」
彼女の捲したてるような言葉の途中で、じゃり、と砂を踏みしめる音が聞こえる。即座にフルフエルの脳裏に、この場にいない少年の顔が浮かんだ。
彼は「落とし前を付けてくる」と言って、制止したにも関わらず今も燻る炎の中へ向かって行ったのだ。
フルエフルの表情が真に明るいものとなる。
「戻ったの? ザン――――」
振り返りながら彼女は待望していた少年の名を呼ぼうとして……途中で言葉を詰まらせ、表情を変えた。
その異変に気付き、瞬時にツバメがフルエフルを庇うように前に立つ。他の兵隊たちも後を追うように彼女に倣った。目の前にいたのはフルエフルの期待とは別の、彼女の予想だにしていなかった、今、最も会いたくないはずの人物たちであったからだ。
フルエフルの表情が歪む。
一人の少女の影。それはフルエフルもよく知る人物だった。
フルエフルの前に現れた少女は、この灰色の世界には何一つ似付かわしくない風貌をしている。見た目は十七、八の年の頃と思わしき少女だ。
腰まで伸びる黒い髪は漆黒の影そのもので、一部が触角のように結われている。肌は雪のように白く、髪に負けないほど黒に塗り潰された豪奢なドレスは所々赤色の装飾が施されており、まるで闇夜に舞う黒揚羽。そして、その双眸は肌の色とは反対に揺らめき、高熱で蒼く輝く炎の様でもあった。
「全く、全く。あの陰陰滅滅、冷酷無惨な迷宮が無惨な姿に。あぁ、可哀想に。お陰で随分と運命が狂ってしまった。
……それに、森を燃やすだなんて。本当にひどいヤツもいたものだ」
現れた少女の声は、作りものめいていた。整った口元もわざとらしく歪め、その表情は嘲笑を形作っていた。それは同類を陥れ、喜劇を演出する道化師を彷彿とさせる。
「なんで、あなたがここにいるのよ。……ラト」
そう敵意を隠さず、フルエフルは目の前のマレブランケ『アリキーノ』の神仔……ラトを睨み付けたのだった。




