#34
“The Whisper”
*
虚ろな目を開いたままのまま、動かなくなったハカナの横でザンカは頭を抱えていた。今度はフルフエルは彼から目を逸らしている。
ハカナの口から吐き出されたトウモロコシは既に枯れ、 跡形もなく消えていた。不可思議なことに体の内からトウモロコシが実ったのにも関わらず、ハカナにはザンカの拷問以外の傷は残っていない。
「……うん、お嬢。俺は止めたからな? これじゃあ、こいつはしばらく使い物にならねえぞ……?」
「わ……私は悪くないし! 吐けないこいつが悪いし!」
「いや、お嬢の『豊穣』を耐えるって、それどんな化け物だよ。心臓が動いてるだけマシというか」
「加減してるし! 死んだことはないし!」
「確かに今までの連中は何でも喋るようになったけど、そういう問題じゃねーんだけどなァ……ん?」
フルエフルの尊大な態度に呆れつつも、ザンカはハカナが何事か呟いていることに気付く。
「――――――」
それはか細い、今にも消え去りそうな声だった。何を言っているかは判別は出来ない。狂気に呑まれた者の言うことだ。意味なんてものはないだろう。あまりにも些細なものだ。
しかし、その囁きはザンカの胸に名状し難い不安が過ぎった。唾を呑み、彼は不審に思いつつも近付こうとして……
それより先にフルフエルが気付き、目を輝かせた。
「吐く気になったのね? ね? やっぱり私に任せて正解じゃない!」
フフンと、得意気になりながら、彼女は無邪気にハカナへに近寄る。
「どれどれ……」
「ちょ……待て、お嬢ッ!」
ザンカの制止は届かず、フルエフルの耳はハカナの口元に寄せられた。
「…………………………ぇ」
直後、フルフエルの動きが止まる。
「どうした? おじょ……」
「あッ……!? きゃあああああぁ!!!」
耳をつんざく様な悲鳴が、陰鬱な部屋に響く。続けてフルエフルはその小さな手を握り、目前のハカナに向けて振り下ろした。虚ろな表情をして、正気ではない彼に抵抗出来るはずもなく。彼女の拳は容赦なくハカナを殴打する。
何度も、何度も。
彼女の手が自身の血に塗れようとも、止まることはない。その姿は狂人そのものだ。彼女の目からは正気は失せていて、純然たる狂気のみがフルエフルの体を突き動かしていた。
「……おいッ!? ちょっと待てッ! それ以上はまずいって!?」
一瞬のことに呆気にとられたザンカだったが、我に返ると直ぐにフルフエルを押さえ付ける。
ザンカは小柄とは言え童女であるフルエフルとは十分な体格差があった。にも関わらず、彼は藻掻き暴れ続けるフルエフルをどうにか押さえ続けることしか出来なかった。
「お嬢! どうしたってんだ、クソッ!!」
ザンカの声は彼女に届かない。フルエフルの目に彼の姿は映らない。息を荒らげ、身を捩らせ、ただ一点を彼女は睨み続ける。
まるで尋常ではない彼女を支配しているのは、怒りではない。その真逆のものだ。彼女の目はハカナを凝視して離さない。
……どれほど時間が経ったのであろう。徐々にフルエフルの体から暴れる力が弱まっていく。
そうしてしばらくすると、フルフエルの目に光が戻った。
「はぁ……はぁ……あれ? あれ? 私、何で……」
「お嬢? はぁ。たくっ、一体なんだってんだよ……」
ザンカはハカナを睨む。だが、ハカナは未だ虚空を見つめ、茫然自失となっている。先ほどの呟きすら既に消え、彼に動く様子もない。フルエフルに何事かをしたと、到底思えない。ただ白痴の塊がそこにあった。
「…………ッ」
疲労困憊しているフルエフルを横たわらせ、ザンカは訝しんで固唾を飲む。恐れつつも、ピクリとも動かないハカナに近付こうと彼は足を踏み出した。
そして彼に向け、手を伸ばした刹那――――
――――衝撃が部屋ごと走る。
ほぼ同時に雷鳴が響いた。
「ッ!? 今度は何だァッ!?」




