#35
“Fall Like A Thunderbolt”
*
――――マレブランケ、『マラコーダ』の拠点。
そこは巨大な樹木が覆い、入り組んだ深緑の廃墟郡だ。
立ち並ぶ廃墟の中に、噎せ返るような濃い緑の臭い。空気は湿り気を含み、ひどく息苦しく鬱屈とした気分にさせられる。絶え間なく聞こえる草葉の擦れる音は、心休まるどころか人の神経を逆撫でる。人が生きるには、あまりに不自然な自然に飲み込まれていた。
……まるで、人に忘れ去られた墓所だ。命はあるのに、死の臭いがする。この世界において、命の時が僅かな抗命者たちの最後の望み。難攻不落の最期の墓場。
畏敬を込めて、この場所はこう呼ばれていた。
――――『豊穣迷宮』と。
ザンカたちのいる場所に衝撃が走った後。
豊穣迷宮には中心部付近まで、一本の傷痕が残されていた。迷宮の陰鬱な空気は焼き切れ、植物の焼け焦げた臭いが周囲に立ち込めている。まるで緑を切り裂くように走る黒い道。その道は煙が燻り続け、ちりちりとまだ火の粉が舞っていた。
幾重にも枝が入り組み、迷い込んだ者は二度と戻って来ることはないと言われ続けていたその場所は、今は見るも無惨な姿を曝している。
――――レキナの神性による雷だ。
アウトサイダーとファルファレルロたちは彼女の神性を強大な敵に対してではなく、迷宮そのものの破壊……即ち、攻城兵器として使用したのだ。
彼の怪物はその暴虐を尽くした後であり、既に帰還を果たしている。
「…………スゲェ」
その光景を『視』て、セレンの口から驚嘆の言葉がこぼれた。同時に彼は己のコナトゥスが恨めしくなる。異形の不条理が、目の前の不条理を蹂躙する様も、彼はしっかりと『視認』していたのだ。
どんな人知を超えた存在であろうと、彼は『視』てしてしまう。くらりと目眩がするが、セレンはなんとか踏みとどまった。無邪気に喜んでレキナにひっついているラタネを横目に視て、ひどく羨ましいと彼は溜め息が出そうになる。
「……最奥地までは貫けなかったか」
「フン……。予定とは多少、異なるが……。しかし、十分だ」
シンゴともう一人。ファルファレルロのリーダー、騎士の鎧を着た青年が立ち並び、鋭い眼光で道の先を睨んでいた。わずかにセレンは顔をしかめる。苦手な声だ。
騎士の青年はレイバルという名だ。彼の実力はセレンも知っている。とある別のマレブランケと相争い続ける、ファルファレルロの聖騎士。銃器や近代的な武器が存在している中で、古ぶるしき大剣を扱うシンゴに似た変わり者。
そして、歳はシンゴと同じ……それどころかこの世界に生まれ落ちた日も同じだ。つまり彼もまた寿命で、今晩に死ぬ運命にある。故に、同盟者としては申し分はない。
しかし、セレンはこの青年が苦手だった。というより、彼は元よりファルファレルロのメンバー全員と相性が悪かった。先程の病院跡で、軽い挑発で諍いを起こしてしまったのもその為だ。
そうセレンが意識する中で、シンゴはレキナを見遣る。
「……レキナ」
「……まだ、大丈夫よ。後は一回か……良くて二回」
押し殺したような声でレキナは言った。数は彼女が神性を使用出来る残りの数であろう。彼女の腕の侵食……身体に顕れる眼は包帯を巻かれていない部分にまで広がっている。もしかするとそれは既に半身ほどに及んでいるかもしれない。
何事も無かったような昨日とは打って変わり、彼女はどこか苦しそうな表情を浮かべていた。
シンゴは目を伏せる。
「……十分だ。後は休んでいろ」
シンゴの言葉に続けて、レイバルは矢継ぎ早にファルファレルロのメンバーに指示を出す。一名は疲弊したレキナの護衛。そして残りのアウトサイダーを含む、計七名はマラコーダの神仔打倒へ。
最大の難関とされていた迷宮は、レキナの神性によりほぼ無力化したと言っていい。後は相手が態勢を立て直す前に電撃的に事を終わらせ、互いのリーダーの生存を勝ち取る。
これはそう言った作戦だ。
レキナの様子を見る限り、二度目はないだろう。失敗は、許されない。
セレンは固唾を飲んだ。
マラコーダに挑んだ者はここにいる自分たちだけではない。これまで何度も寿命で散ることを恐れた者たちが挑み続けた。……結果は言わずもがな。
そんな相手に千載一遇とも言える状況を神仔のレキナを連れ、マレブランケとの同盟を結び、シンゴは作り上げた。
……だが。
ファルファレルロの神仔の神性は話に聞く限り、戦闘で使用出来る代物ではない。あれは万が一の保険だ。
たとえ七対五であろうと、戦力が足りないかもしれないという現実。こちらの切り札はもう使えないと言っていい事実。
その原因となった少年の顔をふと脳裏に浮かべ、セレンは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
――――あいつの事を考えると、ひどくイライラする。
彼がそんな風に感傷に浸ろうとも、時は既に来てしまった。もう、後戻りは出来ない。
「……行くぞ」
シンゴが静かに言い放ち、手に持つ刃を未だ燻る黒色の道、進路へ向けた。




