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プロローグ

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。

めちゃくちゃ励みになります。



 旗艦〈アウレルム〉の艦長執務室には、紙をめくる音だけが響いていた。

 もっとも、紙に見えるだけで本物の紙などという高価な無駄遣いではない。

 軍務省規格の薄い情報端末。

 乳白色の板面には戦闘記録が次々と浮かび、指で送るたび、乾いた音を出し新しい数字へ切り替わっていく。

 机の座るウァレリアは、その数字をすでに何度も見ていた。

 それでも、他人の口から読み上げられると、まるで別の家の戦果のように聞こえる。


「では、確認いたします」


 ウァレリア正面に立った男が口を開く。

 伝えられた情報によると、帝国軍務省軍籍局所属、第十一方面担当、戦功査定官。

 名をクィントゥス・セウェルス。


 四十代半ばほど。灰色がかった髪を短く整え、軍務省の濃紺の制服には皺一つない。


 軍務省の戦果査定官は、戦場から提出された記録を精査し、誰が、何を、どれだけ撃破し、どの功績をどの家門、部隊、個人へ帰属させるかを決める。

 勲章も。

 昇進も。

 家門へ積み上がる軍功も。

 最終的には、こういう人間の机を通る。


 ウァレリアの右隣にはアントニウス。

 いつものように細い身体を真っ直ぐ立て、両手を背後で組んでいた。


前線基地(カストルム)・ウェスペル防衛戦。敵性機械生命体、総数四千四百五十四」


 淡々と数字が読み上げられる。


「内訳。大型四百九十八。中型八百八十五。小型三千七十一。で、よろしいですか?」

「間違いない」


 査定官の問いかけにウァレリアは頷いた。


「辺境拠点一つに投入された戦力としては、近年でも異例です」

「こちらもそう思っている」

「そして」


 セウェルスの指が止まった。

 無表情だった男の視線が、情報端末から上がる。


「さらに異例なのはこちらでしょう」


 別の記録が表示された。

 白と金の荘厳な機体。

 その後方で、巨大な城亀型テリオンに大穴が空いている。


「アウレル家より提出された資料によりますと、こちらに映っているのはアウレル家の新型SIGNUMであり、同調複座積層連結外骨格、登録名〈S.T.E.L.L.(ステラ)A〉」


 セウェルスは一文字ずつ確認するように名称を読んだ。


「操縦者、ホシ・アキラ並びにノア。

 ホシ・アキラはウァレリア・アウグスタ・アウレル閣下個人に属する専任騎士〈クストス〉であると」

「その通りだ」


 ほんの少し間が開いて。


「大型四百九十八の大半。中型、小型についても撃破および戦闘不能判定の相当数が、ステラ単機によるものと記録されています」


 セウェルスは黙ってウァレリアを見る。

 気持ちは分かる。

 自分でも、報告書だけ渡されたならまず虚偽を疑うだろう。


「再度確認しますが、報告に誤りはありませんか?」

「ない」

「撃破判定には自動観測だけでなく、複数艦および基地観測機器からの照合結果が使用されています。ですがこれはあまりにも」

「にわかには信じがたいか?」

「はい」


 ずいぶん素直に言う男だった。

 ウァレリアは背もたれへ身体を預ける。


「査定官殿がどう思おうが、その数字は真実だ。記録をすべて渡した」


 黒手袋に包まれた指で、机上の端末を軽く叩いた。


「艦載観測記録、SIGNUMの戦闘記録、基地索敵網、民間観測設備。ステラ自身の記録を除いても、同じ結果になるはずだ」

「現在、併せて確認しています」

「なら私の証言ではなく、観測機器の数え間違えを疑え」


 セウェルスの口元がわずかに動いた。

 笑ったのかもしれない。


「もちろんです。出された数字を疑うのが私の仕事ですので」


 嫌味ではないらしい。

 たぶん。

 セウェルスが次の資料へ移った。


「続いて、前線基地(カストルム)・ラティオよりの報告書です」


 ウァレリアの目がほんの少しだけ細くなる。


「当該基地は戦闘開始二十四時間時点で、艦艇および機兵戦力のおよそ四割を喪失。基地放棄を含む撤退計画の検討に入っていました」


 ウァレリアも、帰ってきたアキラとノアより上げられた報告は読んだ。

 データではウェスペルとは比較にもならない戦力を持つ基地だった。

 それでも多数のテリオンを前に崩れかけていた。


「そこへ、アウレル家家臣団を名乗る所属機一機が侵入」

「侵入ではない。救援だ」

「報告文の表現です」

「訂正させろ」

「承知しました」


 セウェルスが淡々と言い直す。

 アントニウスの眉間に、一つ皺が増えた。


「同機は大型テリオン三百十二体を撃破したのち、残敵処理を現地防衛隊へ委ね、戦域を離脱」


 次。


「同様の報告が他基地より上げられており、まずはカストルム・アクイロより大型二百八十四」


 さらに。


「カストルム・カルド、大型二百六十一。カストルム・ヴァルム、大型二百三十二」


 端末へ、五つの圧巻の報告が並ぶ。


「各基地とも、証言はほぼ一致しています」

「だろうな」

「白と金の人型機。四基の浮遊刃。極めて高い加速性能。大型テリオンの装甲を無視するような突破攻撃。そして」


 セウェルスによりいくつかの通信記録が表示される。


『これより援護に入ります』『うちって本当に貧乏だったんだな』『残りはそっちの戦力でなんとかなりますか? 無理ならもう少し残りますけど』『これ――うちの新型です』


 執務室に響き渡った能天気な声。

 ウァレリアは反射的に額を押さえた。 

 隣のアントニウスはというと無表情。さすがの精神力である。


「カストルム・ラティオ防衛司令ティベリウス・ヴァロ以下、四基地の司令部。加えてセプティミウス子爵家、クラウディウス男爵家、その他二家より、正式な救援謝辞が提出されています」

「こちらにも届いている」

「すべて事実であると?」

「間違いない」


 ウァレリアは短く答えた。


「アキラはウェスペル防衛戦終了後、周辺宙域の救難信号を確認して、志願して各基地へ向かった。私が強制させたわけではない」


 セウェルスの目が上がる。


「自発的に?」

「止める理由がなかった」


 本当は止めた。

 戦闘直後だったのだ。

 三日前まで宇宙戦闘すらまともにできなかった男が、数時間に及ぶ戦闘を終え、そのまま次の戦場へ行こうとした。

 さすがに休め。と、そう言った。

 

 しかし返ってきたのは『困ってるんですよね? じゃあ行ってきます』となんともあっさりしたものだった。

 こうして活躍を並べると働きすぎだ、少しぐらい強制的に寝かせてもよかった気がする。


「現時点の暫定集計では、五戦域における大型テリオン撃破数、合計一千五百八十七」


 あらかじめ分かっていた戦果ではあるが、改めて聞くと異常な数だった。


「中型および小型については、共同交戦、広域位相攻撃、戦闘不能後の二次破壊などが多く、現在も査定中です」

「当然だろうな」

「大型については個体識別が容易ですし、複数観測記録も揃っている。多少の修正はあり得ますが、一千五百を下回る可能性は極めて低いでしょう」


 セウェルスはそこで初めて、深く息を吐いた。


「私は十七年間、この仕事をしております」


 ウァレリアは黙って聞く。


「これほど短期間に、一機体へ大型撃破が集中した例を知りません」

「そうか」

「皇帝陛下により選ばれた、かの〈七冠騎士(セプテム・コロナエ)〉でさえ、です」


 七冠騎士、セプテム・コロナエ。

 帝国人でその名を知らない者はいない。

 皇帝直属であり、帝国全土から選ばれた七人の騎士。

 血統。適合率。操縦技量。戦歴。機体。

 そのすべてが帝国最高峰。

 代々の名門から選ばれた者もいれば、平民から戦功だけで這い上がった者もいる。

 共通するのは一つ。

 帝国最強と呼ばれる資格を、実戦で証明した七人であること。


 軍人にとっては英雄。 貴族にとっては権威。子供たちにとっては物語の登場人物。

 その七人を比較に出さなければならない。

 アキラはまだ、まともな宇宙戦の訓練すら受けていないのに。


「正式査定が完了すれば、ホシ・アキラ卿の名は、帝国軍史へ残るでしょうな」


 セウェルスの言葉にウァレリアは応えなかった。

 喜ぶべきなのだろう。

 アウレル家の騎士が帝国史上例のない戦功を上げた。

 三年間。

 何をしても戻らなかった家名が。

 たった数日で、帝国の軍務省にまで届いた。

 なのに。

 胸の内側には喜びと同じくらい、冷たいものがあった。

 目立ちすぎた。没落しどん底の家が挙げたにしては輝かしすぎる軍功。

 まだまだアウレル家は立ち直った訳ではなく、やっと小さな光が見えてきた程度。悪意のある家がどんな横やりを入れられるか。


「ところで閣下」


 セウェルスの声が変わった。

 ほんの少し。

 ウァレリアはここまでより慎重になる。


「なんだ」

「軍務省として、一点確認しておきたいことがあります」


 来た。

 ウァレリアには予想は付いている。


「〈ステラ〉および、その操縦者であるホシ・アキラ、ノアの両名を帝国へ供出する意思はございますか」


 セウェルスは言葉を選ばない真っ直ぐすぎる発言に、一瞬空気が止まった。


「査定官」


 アントニウスの声はウァレリアが答えるより早かった。


「今の発言は、聞かなかったことにしてしましょう」


 静かに、しかし異論を挟めないようにしっかりと。


「血と力は、貴族の宝です」


 アントニウスが一歩前へ出る。


「領地でも、財貨でもない。家に連なる者と、その者が積み上げた守る力こそが家門の根源です。

 領地を守る艦も。代々磨いた戦技も。家門機も。そして、その力を振るう騎士も。すべて、家が何代も血を流して築かれている。

 ましてホシ卿は、ウァレリア様個人へ剣を捧げた〈クストス〉」


 もう一歩。


「その騎士と家門の最高機密を、それを差し出せと?」


 声は低い。


「帝国軍務省の官吏であることを差し引いても、あまりに無礼ではありませんかな」

「要求ではなく、確認です」

「確認すること自体が無礼だと申し上げています」


 短い沈黙。

 両者はしばし目を合わせていたが、セウェルスが先に視線を下げた。


「失言でした」

「そうでしょうとも」

「撤回します」


 何事もなかったような顔で、アントニウスが元の位置へ戻る。


「ただし」


 セウェルスが端末を閉じながら続ける。


「機体データについては提出していただきます」

「それは構わない」


 今度はウァレリアが答える。


「帝国技術の発展へ寄与できるのであれば、アウレル家として拒む理由はない」

「助かります」

「ただし、だ」


 ウァレリアは先ほどの男と同じ言葉を返した。

 セウェルスの眉がわずかに動く。


「期待はするな。ステラは量産を前提としていない」

「承知しています」

「古代遺産から回収した技術を流用し、父の時代から長期間研究された試験機だ」


 用意していた説明。

 何度も頭の中で確認している。


「構造材すら帝国規格に該当しない。動力機構も既存の縮退炉とは異なる。こちらでも理解できていない部分が多い」


 セウェルスの指が端末へ触れた。

 ほんの数秒、何かを検索する。


「ルキウス・アウグスタ・アウレル前公爵」


 父の名前を、他人から聞くのは久しぶりだった。

 ウァレリアの黒手袋の中で、指先がわずかに震える。


「三年前に拘禁され、現在も当主位は保持されたまま」

「……そうだ」

「なるほど」


 セウェルスの返事は短かった。

 ウァレリアは顔を上げる。


「何が、なるほどなんだ」

「技術局へ照会をかけましたが、〈ステラ〉へ繋がる研究記録がほとんどありませんでした」

「父は秘密主義だったからな」


 半分は本当だ。


「それに、失脚時にアウレル家の研究資産は相当数が接収された」

「そちらも確認がとれました」


 セウェルスは何かを納得したようだった。


「研究責任者本人が拘禁され、関連資料も散逸。現当主代行が全容を把握していなくとも、整合性はとれてますね」


 ウァレリアは内心で息を吐く。


「では、解析可能な範囲で構いません機体構造、操縦系、動力、装甲、兵装。可能なら戦闘時の出力推移。どのような断片でも結構です。軍務省技術局へ送付してください」

「約束しよう」

「ありがとうございます」


 マルケルスは端末を閉じかけたところで、指を止めた。


「最後に、一件だけ」

「まだ何かあるのか」

「戦果査定とは直接関係ありません。しかし、今回の一斉侵攻に関する情報として共有しておきます」


 再び端末を開く。

 空中へ、この周辺宙域の星図が浮かび上がった。

 ウェスペル。  ラティオ。  フェルム。  ルーメン。  カエルム。

 五つの基地には、青い表示が灯っている。

 その少し外側。

 一つだけ。

 赤く染まった光点があった。


「カストルム・オルタス。今回、ホシ卿が救援へ向かうことのできなかった防衛基地です」


 ウァレリアは赤い光点を見た。


「陥落しました」


 あまりにも淡々とした声だった。


「戦闘開始から三十一時間二十六分後、基地防衛部隊は組織的抵抗能力を喪失。残存艦隊は撤退。現在、基地及び周辺宙域はテリオンの支配下にあります」

「住民は?」

「一部は退避済みです。しかし、基地内部及び居住区には生命反応が残っています」

「……捕獲されたのか」

「その可能性が高いと判断されています」


 殺された。とは言わなかった。

 テリオンにとって人間は、ただただ殺すだけの対象ではない。

 抵抗する者を破壊し、抵抗できなくなった者を捕らえ。

 そして。

 人間にとってそれが何を意味するか、ウァレリアは知っている。


「奪還は?」

「帝国正規軍〈レギオー・インペリアリス〉が作戦を準備しています」

「いつになる」

「現時点では未定です。周辺宙域の掃討と戦力再編を終え次第、第十一方面軍を中心とした奪還部隊が編成される予定です」

「……そうか」


 ウァレリアはもう一度星図を見る。

 青が五つ。赤が一つ。その違いが、たった一機だ。

 セウェルスが続ける。


「念のため申し上げますが、これはホシ卿が救援へ向かわなかったことを問題としているわけではありません」

「分かっている」

「ウェスペル防衛戦直後から連続して四拠点へ救援。その行動範囲と戦闘継続時間は、通常の一個機兵部隊を大きく上回っています」


 その場にいた全員は赤い光点を見た。


「ホシ卿が介入した五戦域は、全て防衛に成功しています」


 そして。


「介入できなかった戦域では、基地が一つ失われた。……か」


 執務室が静かになった。

 大型千五百八十七体、異例の撃破数。

 帝国最強の七騎にすら前例のない戦果。

 だがその数字よりも、今、星図に並ぶ青と赤の方がステラという兵器の価値を明確に示していた。


「……その情報も査定資料に?」

「添付します。戦果とは、敵を何体破壊したかだけではありません」


 赤い光点が消え、星図が閉じる。


「本来失われるはずだったものを、どれだけ残したかもまた、軍功です。

 以上です。今度こそ、本日の確認を終了します」


 男は一礼し、さっさと扉へ向かう。


「失礼いたします」


 室内が静かになる。

 ウァレリアはしばらく扉を見つめていた。


「やりにくい男だったな」

「そうでしょうか? 」


 ウァレリアは肩の力を抜き、1つ深呼吸をする。

 査定は終わった。

 少なくとも、今回のところは。


 視線を机へ戻す。

 そこには、もう一つの報告書が置かれていた。

 こちらは軍務省へ自慢できる類のものではない。

 損害報告。

 ウァレリアは一枚目をめくり目を通す。


 SIGNUM、複数機損傷。

 艦艇、外装損傷、砲身交換、推進剤、弾薬。

 地上はドーム外壁補修、気密区画交換、輸送遅延、食料廃棄。

 修理、修理。補充、補充。

 めくっても、めくっても、終わらない。


「…………」


 ウァレリアは戦果報告へ目を戻す。

 ステラによる大型一千五百八十七撃破。

 眩しい。

 帝国史上でも異例。これ以上ないほど輝かしい数字だ。


 もう一度、損害報告を見る。

 こちらも別の意味で眩しい。


「はぁ……」


 ウァレリアは椅子へ深く沈みこんだ。

 三年前、公爵家だった頃ならこの程度の損害で頭を抱えることなどなかった。

 たかが戦艦一隻、SIGNUM数機。

 そんなものは帳簿の端に載る数字だった。

 今は違う。

 一発撃つたび金が飛ぶ。一機壊れるたび予算が消える。

 人を守るたび、家は貧しくなる。


「良い報告もございます」


 ウァレリアのそんな様子を見て、アントニウスが別の端末を机へ置いた。


「カストルム・ラティオを含む四基地、およびその領主家からの正式な謝辞です」

「それは知っている」

「謝辞だけではありません」


 表示が切り替わった。

 補給物資。医薬品。食料。推進剤。軍用弾薬。

 ウァレリアは勢いよく身体を起こした。


「これは?」

「救援に対する礼として、各家から提供の申し出がありました」

「……こんなにか?」

「命と基地を救われた側からすれば、安いのでしょう」


 ウァレリアはしばらく画面を見つめた。

 戦果を上げる。名が広がる。人が助かる。

 助けられた者が、今度はこちらへ手を差し伸べる。

 失う一方だった。

 金、家臣、縁談、信用。何もかもが離れていった。

 それがほんの少しだけ、こちらへ動き始めている。


「……アントニウス」

「はい」

「全部受け取るぞ」

「もちろんです」

「遠慮などするな」

「そんなもの毛頭ございません」


 窓の向こう、修理用ドックには、傷だらけの艦艇が並んでいる。

 そのさらに先、白と金の機械の麗人が見えた。

 何事もなかったかのように、傷一つなく格納庫の中央に立っている。


 ステラ。

 アウレル家の新型。

 そういうことになっている。

 

 誰も見向きもしなかった家へ、多くの目がこちらを向いていた。

 ウァレリアは黒手袋の手を机へ置く。

 気付けば指の震えは止まっていた。


 失ったものはまだまだ戻っていない。

 それでも、希望がこの胸に戻ってきたのは間違いない。

 

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