005 新しい毛布よりも師匠の匂いが染み込んだ使い古しの毛布の方が絶対良いに決まっている
「嫌ですっ!絶対絶対絶対絶対絶ーっ対、いらないです!」
師匠は買ってくれると言ったのに、私は泣く泣く全力で師匠の要求を断る。店の中で、はた迷惑な私の大声が響き渡った。
必要な物は買い終わった。あとは細々したものが必要になるだろうが、急を要するものはない。……はずだ。大体の物が買えそうな店の場所は師匠が教えてくれたので後々揃えていけばよいだろう。
後は帰るだけなのだが、師匠は一向に帰る気配がない。この後は何を買うのだろうかと師匠が歩む道を後ろからついていく。
師匠にも何か必要なものがあるのかもしれない。師匠からすれば面倒な外出をしたのだから必要なものはついでに買っておかなければまた出かけなくてはならなくなってしまう。そう思えば私に拒否権などはないし、何より師匠がいなければ家の場所が分からない。
師匠がたどり着いたのは布団屋さんだった。敷布団や掛け布団ベット枠など寝具に関する様々なものを販売している。私好みの可愛らしい毛布もたくさん売っていて手触りも良いこれに包まれて眠る事ができたら幸せだろうと思う。
師匠の後ろをついて回りながら様々な毛布は手にとってみていく。師匠は毛布の購入を考えているのだろうか。
「気に入ったものはあったか?」
「はいっ、どれも素敵ですね。これなんてとてもふわふわですよ」
私は比較的肌触りが良くて男女ともに使えるような色柄の毛布を指さす。
「ならばこれにしようか」
師匠はその毛布を手に取り、レジの方へと持って行こうとする。その姿に慌てて私は師匠を止めた。師匠が私の選んだものを即決するとは思わなかった。ただの世間話程度で聞いてくれているのだと思った。師匠が使うのならば、もう少し真剣に選びたい。決してこの毛布達は師匠よりも美しい訳でもないし、師匠よりも艷やかである訳でもないし、師匠よりも包容力がある訳でもない。それでもこの毛布は師匠の睡眠を支える大切なものだ。
「ちなみにですがししょー」
「何だ」
きりりとした真剣な表情で師匠に声をかければ心底めんどくさそうに返事をした。やはり眉の皺が素敵だ。その皺に私の指を沈ませたい。……おっとあぶない、涎が。大丈夫出ていない。師匠の冷たい目も私のハートの心臓をキューピットのように射抜くだけだ。
「どういった場面で使う毛布をお求めでしょうか」
それによって大きさや肌触りなどが全く違う。夜は師匠の深い眠りを支え、昼は安らかな仮眠を支える。
「知らん。寝たい時に使え」
「……?」
自分がどのタイミングで使うか分からないという事は、自分の中でもいつ使うか定まっておらず使いたいタイミングで使うという事だろうか。けれども寝たい時に使えというのは彼自身ではなくまるで私に言っているようだ。これはもしかして、私の毛布だったのか。
「……私の毛布は、なくて大丈夫ですよ?」
というよりもいらない。私に問いかけている可能性も含めて伝えてみる。
「そういう訳にはいかないだろう」
どうやら彼は本当に私のために連れてきてくれたようだった。今だけは師匠の優しさが辛い。けれど私にはよくぼ……、希望がある。
「新しい毛布なんていりませんっ!」
「何故だ」
そんなの決まりきっている。今朝のあの幸せは新しい毛布では決して味わえない。
「私はししょーの毛布で寝るんですししょーの温もりを感じながら寝るんですししょーと一緒に寝るんです〜っ!」
「誰が一緒に寝るか阿呆」
師匠の拳が私の頭の左右に添えられる。
「いたっ、痛いですししょーっ!ししょーのぐりぐりは殺人級ですっ!」
添えられるなんて生易しいものではなかった。
「なら死んでしまえ」
「嫌ですぅっ!私はししょーのお嫁さんになるまで死ねませんっ!」
「だれが嫁にするか」
店内に私の声が響き渡ったとしても師匠はグリグリをやめてくれなかった。師匠の愛で私の頭に穴が開いてしまう。
「……はぁ。毛布はいらないんだな」
「はいっ!私は今朝使わせてもらっていた師匠の毛布があれば幸せなので!」
師匠は大きな大きなため息を吐いた後にどうやら納得してくれたようだ。諦めとも言う。
これで間違いなく私の安眠は確保されたと言っても過言ではない。
「変態もほどほどにしておけ」
最後に頭に一発、愛の鞭をいただいたけれどそれは愛なので嬉しいだけだった。
ある程度の買い物も終わり家に着いてからは一度食材を冷蔵庫にしまい、食事を考える。出かけたのは午前中だったけれど今はもうすっかり昼だ。私のお腹もうるさいほどに声を上げている。
「ししょーは何か食べたいものありますか?」
「……特には」
つまりは私の作ったものなら何でも食べるよという事だろう。愛だ。
「違う」
「なんと師匠私の心が読めるのですねっ!以心伝心というものですか!つまりこれは愛っ?!」
「お前の感情は顔に出やすいだけだ」
「つまりそれだけ私の表情を見てくれていると?!」
間違いなく愛だ。
「違う。料理は得意とは言っていたがお前が何を作れるか知らんからな。人が口に入れても死なん物なら食える」
「な、なんと……」
師匠はそこまで食にこだわらない人だったのか。私に気を使ってくれているだけならば良いが、本当にどんなものでもお腹に入れられるとしたら……。
「ししょーのお腹は守ります!」
「よく分からんがそうしてくれ」
「お任せあれです!」
そうしてキッチンに立ち、手際よく料理をしていると、師匠は驚いたようにこちらを凝視していた。
「ししょー、どうかしましたか?」
「……お前本当に料理ができたんだな」
「はいっ!」
師匠に褒められてしまった。間違いなく今日の料理は一級品になるだろう。
火の扱いも問題なく料理を完成して師匠に振る舞う事ができた。
食べる直前に「毒は盛っていないだろうな」と聞く師匠。警戒心が強いのは良い事だけれど、失礼だと思う。私が盛るなら毒ではなく媚薬だ。そう告げれば師匠は苦い顔をしながら料理を食べ始めた。師匠の箸の進み方を見れば、料理は師匠の口に十分あったようだった。
「店の説明をするぞ」
「はぁい!」
勢いよく返事をすれば師匠は持っていたハリセンで私の頭を叩く。
「いったぁっ!というか何でハリセン持ってるんですか!」
「これは馬鹿に効くハリセンだ」
意味が分からないし、私は馬鹿ではないし、なぜハリセンを持っているのかも結局分からない。そして何より
「叩くなら、直接ししょーが触れて下さいよぉ!」
「煩い変態」
「はい、変態ですぅ!」
師匠の蔑んだような目が堪らない。好き。その視線で私を焼き尽くしてほしい。
師匠はハリセンを腰に戻し、店を見渡す。何故そこに戻したのかは聞かないでおこうと思う。
「店の説明をするぞ」
「あ、はい」
今度こそ本当に説明だ。店の玄関とは別の奥の方の扉から店に入る。従業員専用の扉というものだろう。
「ほわぁ!」
一見普通の雑貨店だ。可愛らしいものはないがどれも師匠が作ったと思えば輝いて見える。
師匠に許可を取り歩いて見て回れば
「……たっかぁ」
値段は私の予想よりはるか上にあった。師匠が先ほどの買い物でも持っていた超広い鞄も売っている。あれは師匠が作ったものだったのか。そしてそれも買えない訳ではないが贅沢な品だという事が分かる。
「……ししょー、この商品ってどれも売れるんですか?」
役に立つ事は非常によく分かる。本当に非常にとてもよく分かるのだが、何しろ値段が高い。魔道具の相場を知らない私からすれば、一般市民がおいそれと買えるような額ではない。
「まぁまぁ売れるな」
売れるのか。だとしたら買いに来る人は間違いなく金持ちだ。けれども師匠がこの金額をつけていて、それでもなお買っていく人が大勢いるのだとしたらそれだけ師匠の魔道具は質が良いのだろう。
「基本的に売っている魔道具は日用魔道具ばかりで危険なものは特にない。客も手に取って商品を確かめる事がある」
師匠はそう言って私に一つの魔道具を渡した。真っ黒の平べったい石のようなもの。値段を見れば比較的安い。比較的安いというだけで高い事に変わりはないのだが。
「これはどうやって使うんですか?」
「考えてみろ」
これは最初の師匠からのミッションだ。師匠の弟子としてこれは答えない訳にはいかない。師匠の期待を裏切るな。
「正解したら頭撫でてくださいね」
「喧しい」
まだ正解していないというのに師匠に頭を叩かれた。ご褒美だ。黒い石をまじまじと見ても変化は訪れない。師匠は特に危険な事もないと言っていたから、失敗しても爆発するというような怖い事態にはならないだろう。
ひっくり返しても振ってみても特に変化が起きない。これは一体どうなるのだろうか。見た目はただの石だけれど衝撃を与えたら何か起きるのだろうか。
そう思って軽い気持ちで石を叩けば。
「?!」
変化が訪れた。その石は淡く青に光り冷たさを持ち始めた。
「ししょーっ!冷たくなりましたよ!」
「それがこの魔道具の特徴だ。一度叩けば冷気を持ち、二度叩けば熱気を持つ」
「すっごぉ!」
そのような商品は前の世界でも欲しかったと切実に思う。少し高いけれどこれがあれば夏は涼しく冬は凍える事なく過ごせる。改めて私は師匠に尊敬の念を送るがなぜかまたハリセンで頭を叩かれた。解せぬ。
それから私はこの商品を売るために数日かけてこのお店の商品全ての魔道具の使い方を教えられた。全て実際に手に持って使ってみて理解した。魔道具は作る技術も必要だけれど作るためのアイデアも発想力も大事なのだと本当によく分かった。
「客は商品について使い方を訪ねてくる事が多い。よく覚えておけ」
「はい!」
「初めは分からなければ俺に聞け。適当に間違った事を客に教えるな」
「はい!」
全部使ってみて一通りは魔道具の使い方も覚える事ができている。師匠も丁寧に解説付きで教えてくれたし師匠のあの美しい声で教えられたのだからしばらくは頭の中で再生できる。内容も忘れる事はないだろう。
もうすっかり夜になってしまったが、充実した1日だった。1日中師匠と共にいられたのだから。
ご飯を食べて眠る。明日からの店番にドキドキしながらも私にもできる事があるという事が嬉しい。師匠は研究室にこもると言っていたから明日からは店番をする気はないのだろう。それが私の役割だから良いのだけれど。
そして分かったのが師匠は研究が大好きだという事。そして作ったものの処理に困る。だから売る。そういう事らしい。販売のために作ってる訳でも、生活のために売っている訳でもないそうだ。根っからの研究者体質なのだと思った。




