35. 疑いたくない
「あれ?」
けれど、ドンが来ることはなかった。
日を重ねるごとに、違和感が首を絞めてきた。
「おかしい……」
あれだけ人気だった冷やし麺が、お客さんが、減ってきていた。暑さが和らいだから、近所の大きな商社がお休みだから、最初の方はいろんな理由を考えて勝手に納得していたけれど、徐々にそう思えるほどでもなくなっていって。
「ごめんな」
ついには、常連さんもそう言い残してこなくなった。セシリオと一緒に頭を悩ませるけど、まったく理由がわからない。でも、時期も何も含め、私が原因なのは確か。
「明日明後日は臨時休業だ。オラァちょっと出かけてくる」
大将もそう言って出かけちゃって、気まずいというかなんというか。
私たちは居候で協力してもらっている身。なのに、私たちのせいで大熊猫軒を潰してしまったら……。
カウンターで落ち込んでいると、呑気に散歩に出かけていたはずのジョンが勢いよくドアを開けて飛び込んできた。
「っエリザベス様ー!!」
社食でよく見てきた光景というか、嫌な予感しかしない。
「お、オイラたち、龍黒会と食材の裏取引してて、大将は幹部なんだって!!」
食材の裏取引なんてしてない。大将は元幹部であって、今は違う。
口コミとは、表裏一体だった。根も葉もない噂によって、客足が減ってしまった。一般のお客さんたちが来なくなったのは、大将の料理や私の新メニューが悪いわけじゃない。ランチ営業に来る人たちの大半は勤め人。うちに通っていることがバレたら、お店から出てきたところを取引先に見られたら……リスクを考えれば、危ない定食屋には来れない。
「だ、誰がそんなことを……」
「龍黒会の仕業に決まっているでしょう。してやられましたね」
魔王城で社食の立て直しに奔走しているときは、こんなことはなかった。みんな人間との戦いに必死で、なんだかんだ内部で争う暇はなかったから。今回は、予想もできなかったし、対策もできなかった。
……それに、私は、彼らが悪い人たちには思えなかった。
「そりゃ、あの火鼠のチンピラはクソだったけど、でも変装してまで食べに来てくれるような人たちだったわよ?」
冷やし麺をおいしそうに食べてくれてたし、食べ終わった食器は周りの常連さんを見てから重ねてくれたし、退店の時はご馳走様を言ってくれた。
「何をするか決めるのは、幹部以上のやつらでしょうから。関係ありませんよ」
セシリオの言う通りだった。
落ち込んだところで、さっきから私のエプロンの裾を掴んで騒いでいたジョンが、また大声を上げる。
「それに、それに、向こうの方のお店で冷やし麺が人気だって!」
向こうのお店。龍黒会の近所の大衆料理屋のこと。そこに冷やし麺のレシピを真似されて、一般のみならず、龍黒会のお客さんはみんなそっちへ。
確かにそんな難しいレシピじゃない。回転率がよくて、特別な材料を用意しなくても作れる。つまり、真似なんていくらでもできる。
「しかもオイラが好きなアレが!!」
けど、問題はそこじゃない。詳しく話を聞くと、まだ提供していなかった第三弾。坦々風まで、出しているようだった。
これはおかしい。噂話だけじゃどうにもできないレベルだ。こんなの……。
「内通者がいるとしか思えませんね」
セシリオの呟きを、否定することができない。
「オイラじゃないですよ!?」
「そんなの、知ってるわよ」
真っ先に思い浮かぶのは、正直、白露さんしかいない。でも、そんな簡単に疑いたくはない。
「なんでこう、うまく行かないのかしら……」
私はただ、美味しいものを提供したかっただけなのに。それで問題を解決して、魔王城に帰りたかっただけなのに。もう、何も上手くいく気がしない。
ため息をついて項垂れると、目の端で何かが光る。セシリオのポケットだ。
「ねぇ、何か光ってるわよ」
「はい? ……なぜ、通信用水晶が光って」




