34. 口コミってすごい
「あんたねぇ……」
勝手にスイカ食べて扇風機に当たりながら寝てたくせに、またそういうこと言って。スヤスヤ寝たままの紅玉の可愛さを見習いなさいよ。寝てるとほんと人間の子供みたいで。
とか思いつつも、サッと作ってしまうのが、私のサガ……。
「おいしーー!! 辛くないの久しぶりー」
ジョンもためらいもなくフォークで啜って食べて、汁をべちゃべちゃ飛ばしてるし。拭いてくれる大将の頼もしさといったら。
それにしても、辛くない、か。奇をてらいすぎても駄目なのは経験済みだし、ここは少し合わせるべきなのかも。
「やっぱりラー油垂らします?」
「そうだな。確かに辛子じゃ物足りねえ」
「となると、タレをゴマにするかどうか迷いますね」
大将と相談し、白露さんはいつの間にか退店。チッ、つけにしといてやる……って大将がぼやいてた。
価格は仕入先と交渉してまとめ買いとかで原価を押さえ、計算するのをセシリオが担当。さすがは財務部門の総監だっただけあるというか、帳簿には血も涙もない……。
というわけで、冷やし中華はちょっと馴染みがないかなってことで、夏野菜の冷やし麺。晩夏の新メニュー。
まずは常連さんだけに特別にご提供。天気によって酢醤油かゴマか変えてみて反応を見たり、意見によってトッピングを変えることに。
「えっと、そのぉ……」
「猩々のおじさん、新メニューいかがですか!」
「んー? いや、ワシは今日は炒飯定食が……」
「あのね、オイラこの間食べたんですけど、冷たくてつるつるしてて~」
ここで案外、ジョンが役に立った。空気の読めない食いしん坊の怖いもの知らず、通称3Kはおすすめに強い。
そして回転率が高くなった店内では、機敏な動きの紅玉がいい動きをしてくれる。店内で少し待ってもらえればどこかは空くから、外の暑さを理由に満席で断ることも少なくなった。
「これイケるね」
「安くてありがたい」
「食欲ない時はコレになっちゃったよ」
色々な改良を加えてみて、ノーマルはそんなに人気がでなかった。けど、ゴマダレピリ辛冷やし麺と、酢醤油レモン冷やし麺はどっちも人気でここが夏の新メニュー化決定……というより、決定せざるを得なくなった。
「ピリ辛冷やし」
「こっちはレモン」
「ピリ辛ー」
後押しするかのような連日の猛暑と共に、増える冷やし注文。しかも、頼む人は新顔だらけ。
「えぇ……」
常連さんたちは中年が多いとは思ってたけど、つまり中間管理職や上司的な立ち位置の人が多かったみたいで、部下を連れてきてくれたり、話のネタで使ったりしてくれたみたいで、今年から外回りとかの新規のお客さんがとても増えた。そして彼らは、定番メニューを知らないし、早くて安くて涼めるものを求めていた。
「く、口コミって、すごい」
想定外だった。大将も驚いていて、セシリオの付けた帳簿を見てはビール飲んでた。娘さんに電話して、何か欲しいものがないか聞いてた。まだ小さいお孫さんの新しい肉球クリームを買ってあげるらしい。
本来の目的も忘れかけるほどの日々の中で、チラシを配る前に、ちょっぴり変装したチンピラたちがやってくるようになった。案外ミーハーというか、翌日には別の人と来ることも多かった。髪型変えたり、ネクタイ足したり、伊達メガネかけたり、変装のバリエーションがおもしろかった。
「お客さん、これ」
開始からそんなに立たずして、大将が目の色を変えるほどのお客さんもやってきた。下っ端が密かに縮こまり、普通のお客さんは気づいていないからこそ、多分。
「へぇ……」
お会計と共にスッと差し出したのは、ドンに向けたクーポン。期限付き。
「ご馳走するからって伝えておいて」
大将とお客さんの目が合う。
「そんなにたくさん来られても困るがな。良識の範囲内で来い」
罠じゃないから、部下は引き連れてくるなってことかしら。そういう可能性を忘れていた私は嫌な想像をして背中に冷や汗が垂れる。
もしここで抗争が起きたら……私は……中華鍋だけでも持って逃げるわよ……。
「ええ、また来ます」
でも、何事も起こらず。大将もお客さんも、そちら側の雰囲気を隠したままだった。
だ、大丈夫よね? 冷やし麺食べながら、和やかに会話できるわよね?




