29. とりあえず茶でもどうぞ
「何かあったら俺が責任とんだから、構やしねえだろうがよ」
「構うに決まってんだろうよ。余計ないざこざは起こすな。ここら一体を血の海にでもするつもりか」
大将と玄武は知り合いっぽいけど、ものすごく物騒な雰囲気。というか、薄々勘づいてたけど、大将って多分強いというか、前職も料理人じゃないことだけは確か。
爆速で後退したいけど、物音立てるのも無理で、後ずさりをし続ける私。いつの間にか私の前にいるセシリオ。ちょっと、厨房付近で戦われるのだけは勘弁よ!? 埃が!!
「で、元凶の嬢ちゃんは何隠れてんだ」
ヒィッ。
煩い脳内を黙らせる、玄武の鋭い眼光が飛んできた。即死んだふりのジョン。
「か、隠れてなんてないわよ。ただ、お客さんにはお冷出さなきゃって思っただけで」
どうにか言い返すも、足はガックガク。私って誤魔化し方が壊滅的にへたくそ。詐欺師にはなれない。
「ご注文は?」
震えと一緒に勝手に出てきた言葉に紅玉が反応して、メニュー表を持ってくる。話題のキョンシーが目の前にきちゃって、玄武は目が点。そりゃそうよね。
「もうお昼過ぎだし、お茶セットなんていかがですか?」
なのに止まらない口。これぞ追い詰められたコミュ障の極地。実演販売かのようにそこにあった小さな茶壷……小さい急須を見せつける。
ジョン、あんたそのまたやってるって顔やめなさい。私が惨めになるから。
「あ、ああ?」
お返事ならぬ戸惑いの声をいただいて、さっさと厨房へ逃げる私。カウンター越しにこちらを見ている玄武。静観するセシリオ。いまだ死んだふりのジョン。
用意するのは台湾茶器セットとお茶菓子。ずっとやってみたかったやつ。……まさか、こんな崖っぷちで用意することになるとは思わなかったけど。
「まずはたっぷりのお湯を沸かし、茶葉を茶荷……小さな器に入れる」
前世では、台湾ブームがあった。小さくてたくさんの茶器とかスイーツとか旅行とかが人気で、私も食べてみたかったし行きたかった。
「茶盤の上に茶荷と茶壷と茶海を置いて」
でも、キラキラなお店に入る勇気もなければ、一緒に旅行できるような友達もいなかった。
「匂いを確認する用の聞香杯と小さい湯呑み……えっと飲杯も用意する」
図書館とかネットで関連書籍とか探すしか、やれることがなかった。悲しきぼっちの貯めこんだ知識が、今役立つなんて……。
「あとは、お茶菓子……なんだけど……」
さて、リアルは予備知識だけじゃどうにもならない。どうしよう、茶菓子の場所わかんない。
困っていたところで、大将が厨房に入ってくる。救世主だわ……と思ったのもつかの間。顔を見ると、なんか驚いてる。やらかした気はしてるけど、茶器の用意も駄目だったかしら。
「……教えた覚えはねえが、用意したことあったんか?」
至極まっとうな疑問だった。魔王城からやってきた明らかに異国の人間が用意してたら、そりゃ変よね。とはいえ、友達もいなかったから調べるのだけが楽しみでした、なんて言えない。前世で食への探求しか趣味がありませんでした……なんてもっと言えない。
「ええと、その、ほら元々は育ちがいいってことでここはひとつ」
悪役令嬢として茶会は嗜んでました……的な感じで誤魔化したかったけど、西洋風とはあまりにも勝手が違う。大将はなにか言おうとして……諦めてくれた。私の必死さが伝わったみたい。
「茶菓子なら、俺のおやつの緑豆ケーキとごませんべいがある。あと話梅が……分かるか?」
「なんですか、それ」
「梅干しだ。ねっとりしてて甘い」
色々と出してきてくれるのを小さな器に少量ずつ盛る。厨房との境目ではもう紅玉が待機してて、渡すといつも通り持って行った。怖いものなしか。
「キョンシーが他人の言うことを聞いてる……?」
玄武はなんか驚いてるけど、そこなの?
成り行きと暴走の結果だけど、とりあえずゆっくりお茶でも飲んで話しましょう。私に敵意はないんだから。




