28. 天津飯でもモーマンタイ
とりあえずここにいさせてもいいようみたいだから、とキョンシーの方を見る。微動だにしてない。怖い……って思ったら、そもそも妖怪だった。
「魔王の小僧の判断なんだ。オラァ何も言うことはねえよ」
先代魔王は竜さんで、魔王は小僧なんだ……ってそこじゃなく。
正式に家主の許可を得た上で、さてどうしよう。私が勝手に連れてきちゃったんだから、私が面倒を見るのは確定として……どうすればいいの?
子供と縁のない生活だったし、ジョンは下僕だし、そもそもコミュ障だし。面倒の見方がわからない。
「ナナシの嬢ちゃん、よかったな」
大将がキョンシーを撫でる。ナナシ……そうだわ。まずは大事なことを決めなくちゃ。
「ナナシって名前がないってことでしょ?」
「ワタシ、名無し」
コクコク頷くキョンシーをじっと見つめる。黒髪で赤目で、やっぱりどこか魔王と似てるカラーリング。
「その目、綺麗ね」
でも、魔王よりは少し暗くて濃い鮮やかな赤……。アップルパイに向いてるセイヨウリンゴに似てる。確か、名前は。
「紅玉。確かルビーの和名なんだけど……紅玉って名前はどう?」
なんとなく中華っぽいし、と提案してみたら、キョンシーはきょとん。やっぱり私ってネーミングセンスない?
「ナナシは、ナナシ」
「その名前気に入ってるってこと?」
「……違ぇよ。術者が名前を与えんのは、従属の契約のため。つまりは、こいつはナナシとしてキョンシーになってんだ」
大将が顔を顰める。パンダって案外人相が悪い。
でも、そっか。意味はないってことね。
「私が勝手に呼ぶのは構わないですか?」
「そらぁ、勝手にすればいいが」
死後を縛るような契約に名無しってつけるなんて、馬鹿げてる。
「……名前は大事よね」
エリザベスはゲームのキャラクターである悪役令嬢の名前だけど、私にだって前世は親からもらった名前があった。母を早くに亡くした私にとって、唯一のつながりだった。
業務的だろうと、名前を呼ばれるたびに、私は自分の存在を確認できた。
「紅玉。これからよろしくね」
紅玉はまたコクコクと頷いた。心なしか嬉しそうな気がしたけど、表情筋は仕事してないようだから、私の都合のいい勘違いだと思う。
こうして、社食出張メンバーに新たな一人が加わった……わけだった。のだけど、紅玉は働いてないと落ち着かないみたいで、早々にエプロンをつけてホール係になった。
「凄い……」
キョンシーのパワーというのは凄まじいもので。お皿をいくら重ねてもふらつきすらしない。ササっとお冷とおしぼりを出して、素早い動きで出来上がった料理を持っていく。ジョンなら根を上げる熱々の天津飯もへっちゃら。
おしぼりで顔を拭いていたレッサーパンダのおじさんが「手際がいいねぇ」と褒めている。愛想はなくとも仕事は一流。
対してジョンと来たら、コップは割るし、骨芸見せてお駄賃もらって喜んでるし。
「……あんた、妹分よりも役に立ってないけど、いいの?」
「オ、オイラは注文聞いてるしぃ。常連さんの名前覚えたしぃ」
……まあこっちも私にはできない立派な仕事か。いや、それにしたって紅玉が優秀すぎるというか。
「オイラだってやればできるもおおおん!!」
あ、流石に私の考えてることが伝わったのか、ジョンがべそかき始めた。ごめんて。
昨日の騒ぎを忘れてしまうくらい穏やかでいつものように忙しい昼営業。ちょうどランチタイム最後のお客さんが帰ったところで、タイミングを見計らったように誰かがやってくる。
渋くて強そうな雰囲気のおじさんだ。釣り目で、縁取るような赤いメイクが印象的。六甲模様の制服のようなスーツが珍し……ん? 大将が凄く嫌そうな顔してる。セシリオが密かに警戒してる。
「げぇ。玄武のジジィ……」
「おいジジィとは結構な呼び方じゃあねえか、太極の猛獣さんよぉ?」
「その呼び方はやめろ、オラァしがない定食屋の一店主だ」
げ、玄武って、火鼠をぶっ飛ばしちゃったときに説明された、北の、将軍じゃ……。攻撃的なやつを嫌うんじゃ……。
「ああそうか。しがない定食屋は龍黒会からかっぱらってきた違法キョンシー飼ってんのか」
……スゥゥゥゥ。オワッタ。




