39. 食べたいものない!?
夕陽を背負ってやってきた白露さんの姿に、セシリオが剣の柄に手をかける。白露さんは私たちの状況を見回しながら煙管を吹いて、ただ一言。
「あー、タイミングの悪いとこに来てもうたなぁ」
それだけだった。疑いたくはなかったけど、これはやっぱり、白露さんが内通者だったってこと?
今は大将もいないし、ここで始まったら、分が悪い。紅玉を抱きしめたまま、後ろへ一歩下がった。
「これだけは言えんで。ボクとちがう」
その姿を見てか、白露さんは煙管を口にくわえたまま、両手を広げて危害を加えるつもりじゃないと伝えてきた。
「でも、冷やし麺を作ってた時も、まるで見計らったみたいにお店に来たわよね」
「ボク、あのおっさん嫌いやねん」
おっさんって玄武のこと? なんで?
確かに強面だったけど、いい人そうだった。政府側だからってことなら、より怪しい。
「そうやのうて、昔いろいろあってな。ボクはクリーンな商売人や」
白露さんはいつもの席に座って、灰皿に煙管の灰を落とした。心を読んだようにそう言われて、私は何も言えない。
どうしよう。このままじゃ白露さんのペースだ。でも紅玉の珠は光り続けてるし、こうなったら……。
「どうかしたん?」
紅玉をジョンに預け、何も言わずに厨房へ向かう。エプロンをつけ、カウンター越しに仁王立ちする私。
「何か食べたいものとか、ない!?」
「???」
そして理解できずに瞬きをする白露さん。セシリオなんて頭を抱えて、戦闘モードをやめた。
唐突なのは自分でもわかってるわ。でも。
「何も言えなくても、夕飯は食べていって。ここは料理屋だし、目の前にいるのは料理人よ。なにか食べたいものがあったら作るから!」
取り調べのカツ丼じゃないけど、逃しはしない。たとえ本当に白露さんじゃなくても、何かを知っているのは確か。絶対に吐いてもらう。
「今なんの気分? 大将ほどの腕ではないけど、代わりに私は珍しい料理とか和洋折衷が作れるわよ。何か食べたいものない?」
私の鬼気迫る勢いに驚いたものの、すぐにまた食えない笑顔を作る白露さんに、どんな難題がくるのかと身構える。
「……そんなんあらへんで?」
けど、返ってきたのは難題ですらない。考えもつかなかった最悪の
「あぁ、言うてへんかったなぁ」
「ボクは獏。眠ることのできひんようになる呪いをかけられてもうた、夢を食う妖怪やわぁ」
そういえば、白露さんは言っていた。自分はすでに呪われているから、本名を隠す必要がないのだと。色付きサングラスの下は少しよれているように見える。まるで、コンシーラーで何かを隠しているのが崩れているような、そんな感じに。
「そやさかい、ほんまは飯なんて興味あらへんのやわ」
白露さんの糸目がスッと開く。不思議な光彩がこちらをのぞき込んだ。
ごはんに興味のない人も、いる。わかっていたつもりで、全然わかってなかった。
まさに、後頭部を殴られた気分だった。
「なぁ、龍黒会のお人形ちゃん? あんたもやんな」
私は、どうすればいいんだろう。
美味しいって思ってもらって、真心を伝えて、和解する。これが魔王城でやってきたこと。その根本的な解決方法ですら、もう使えない。本人が興味のないことを聞き出すのなんて不可能だし、私は白露さんについて何も知らない。何が食べたいのか想像することもできない。
「ああ、そっか」
私、コミュ障だからってずっと忘れてた。勝手に予想して、それがたまたま当たってただけ。今回みたいに、何が食べたいか聞いたことなんてほとんどない。聞いた時も相手が獣型だったりセシリオだったりで何も返ってこなくて、勝手に用意してた。
「ねぇ、白露さんって、なんで呪われてるの? なんで話してくれないの?」
私は、会話をしてなかった。
「教えて。私も、私たちの目的を話すから」
ごはんの力だけを借りるのは、もう、やめる。ここは社員食堂じゃない。その人ひとりに向き合って、会話をして、決める。




