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レディ アンド ガーディアンズ;7

 クライシは今だに意識が混濁している様子の傭兵に肩を貸し、足を引きずるようにゆっくりと遠ざかっていく。

あと二歩、あと一歩……よし。XYSは十分な距離をとって、二人後を追って歩き始めた。


 あの男はアケチ製薬の関係者ということだが、いかにも怪しい。“インスタント=オイシイ社”との契約……ヤキュー選手として試合に出るという務めがある手前、派手な事をするのは避けたいが……。

 それでも、降りかかってくる火の粉は振り払わねばならない。


 視覚センサに加えて、集音マイクを起動する。


『……あーあ、勘弁してほしいわ、こっちは非番やってのにさあ』


 不満タラタラなクライシのぼやきを、マイクが捉えた。XYSのヘッド・パーツに内蔵されたスピーカーから聞こえてくる。


『俺は責任者になった積りはない言うてんのになあ、ちょっと顔と名前がムラマサさんに割れてるからって、わざわざ名指しで呼び出されるとは思ってへんやんか! 俺は研究員であって、現場の作業員ちゃうで! せっかく試合観て、気分よく帰ろうとしたところやったのになあ……』


 聞かれているとは知る由もなく、愚痴が止まらない様子のクライシ。

 まったく、1人でよくもここまで、にぎやかにやれるものだ。


『おまけによりによって、はじめての実戦投入でイクシスに出くわすなんて! 計画が台無しや! ほんま、ツイてないとしか言いようがない!』


「……何だと?」


 思わず、小さな声をあげるXYS。もちろん、十数メートル先の相手に聞き取れるものではなかったが。

 しかしその時、“ネオ・コーシエン・ドーム”内に、チャイムの音が響き渡った。


「『ご来場の皆さま、本日の試合は終了いたしました。忘れ物ございませんようお気をつけて、気を付けてお帰りください。皆さま、本日試合は終了いたしました……』」


『えっ』


 階段の手前に差し掛かっていたクライシは間の抜けた声を出し、思わず振り返る。……尾行していたXYSと目が合った!


「あっ! わっ……!」


 慌てふためき、言葉にならないうめき声を漏らすクライシ。XYSが迫ってくるのを見ると、とっさに傭兵を階段に向けて突き落とした。重く、鈍い、嫌な音が響く。


「貴様、何を……!」


「“マキヤ・ローム”、さっさと起きんかい! んで、俺を連れて逃げろ、すぐに!」


 クライシが叫ぶと、階段の降り口からサイバネティクス義腕が蛇の如くにゅうと伸び……


「ぎゃっ!」


 驚き、目を白黒させているクライシの襟首を引っ掴む。そのままXYSの目の前で、クライシを階段へと引きずり込んだ。


「うわぁあああぁぁぁぁー……!」


 情けない叫び声が、徐々に小さくなっていく。XYSが階段の前に駆け付けた時には、既に“ブラフマー”の研究員クライシ・テイトと、斬撃腕の傭兵……“マキヤ・ローム”の姿は、遥か階下へと消えていた。




「……それで、大丈夫だったのかね?」


 深夜。オーサカ・セントラル・サイト中枢部、“セントラル・コア”の一等地。高級ホテル“グランド・ヨド”の最上階。“タウザンド・ヒョウタン・スイーツ”。

 ナイトガウン姿の男が窓辺のソファに腰掛け、銀色に煌めく“セントラル・コア”市街を見下ろしていた。携帯端末機の画面がチカチカと光る。“通話中:非通知”の文字が大きく表示されていた。


「『ええ、おかげさまでなんとか。階段を降りるときにあちこちぶつけてまだ痛いんですが、幸い骨は折れてないです』」


 通話相手は“アケチ製薬”の研究員、クライシ・テイトだった。ごく普通の調子で事故報告をするクライシに、ムラマサは片眉をくい、と持ち上げる。


「ん? 何だね、自分の事情を言っているのか?」


「『えっ』」


 固まりつくクライシ。ムラマサは「やれやれ……」と大きく息を吐きだした。


「君、仕事を受けている側なんだろう? こちらの依頼に問題が起きていないか、進捗はどうなっている? そういった事を、何よりも優先して報告するべきではないのかね」


「『そ、それは……失礼しました……』」


 クライシは電話口の向こうですっかり震えあがっている。ムラマサはソファに深く腰掛け直し、表情を変えることなく相手に声をかけた。


「それで、進捗は」


「『はい、報告させていただきます! まず、マキヤ・ロームの肉体的な損傷は軽微。“予備”を使う必要はないものと思われます……』」


「……今回の事故の原因は、マキヤ・ロームがイクシスに直接遭遇してクライアントのコントロールを外れて暴走したこと。また、自らの記憶の齟齬を指摘されて深く混乱するとともに、自らのアイデンティティ確立に強い不安感を持ったことだと推測されます」


 打ちっぱなしのコンクリート壁に囲まれた、殺風景な地下研究所の一室。白衣に着替えたクライシ・テイトはパイプ椅子に腰掛け、背中を丸めて通話端末機に向かって説明を続けていた。


「『それはわかる。問題はこれから改善しうるかについてだ。今後に向けてはどう対応するつもりだね?』」


 冷静を装ってはいるが、不機嫌さを隠しきれない調子でムラマサ理事が返した。


「『何をするつもりかは分からんが、“セントラル・ダービー”の会場にイクシスが出没しているのは間違いない。またヤツに出くわして、同じように暴走されたらたまったものではないぞ』」


「わかります。こちらとしても、そんな状況は勘弁願いたいので。ただ、マキヤ・ロームの持つ“感情”と“執着”……これらを消し去ることは現実的に不可能かと」


「『何故だ』」


 クライアントからの問いかけに、クライシは頭を抱える。彼自身、現状の方針に不満はあるのだ。


「ええ、とですね……。現状、マキヤ・ロームは“イクシスと戦い続けて、敗れ続けてきた事への屈辱感と怒り、復讐心”によって自らのアイデンティティを保っている状況です。これらの感情とイクシスへの執着心を記憶に刷り込むことによって、ようやくマキヤ・ロームは運用できるようになった……」


「『だが、そんな事はなかった! 全く偽りの、存在しない記憶だ!』」


 ムラマサは電話口の向こうで、感情的に叫ぶ。


「『偽りの記憶をいくら積み上げたところで、所詮土台から全くの嘘! 破綻するに決まっている!』」


「当たり前でしょう! 土台から全くの嘘なんですから!」


 怒鳴り続けるムラマサに、ついにクライシも怒鳴り返した。

 両者、しばらく黙り込む。


「『……そうだな、君の言う通りだ。我々が扱っているものは全くの“嘘”だ。都合よく汚れ仕事をしてくれるための、都合のいい人間……』」


 ムラマサ理事は怒気が抜け、牙が抜けたようにポツリと言った。


「『だがなあ、このままではまた、マキヤ・ロームはトラブルの種になる。実際、イクシスと出会ったときには“暗示”が効かなかった。名前を呼んでも止まらずに、イクシスにとびかかっていったからな』」


「わかります。イクシスへの執着心が、あまりに強くなりすぎてしまっている。けれども強い感情や執着心がなければ、マキヤ・ロームは自我を保つのが難しい……」


 クライシはパイプ椅子から立ち上がると、狭い研究室の中をウロウロ歩き回りながら通話を続ける。


「彼の感情と執着心の向く先を、イクシスに限定しないようにするのはどうでしょうか? これまではイクシス個人に強く執着させるために、カバーストーリーをでっち上げてきましたが、それも必要なくなるでしょう」


「『なるほど、それなら嘘に嘘を重ねて破綻するよりは、よっぽどマシだろう。いい結果を期待しているよ。……それでは』」


 通話回線が閉じられる。

 端末機が完全に沈黙したことを確認すると、クライシ・テイトはパイプ椅子にドカリと座り込んだ。深く息を吐きだす。


「はあ、しんど……」


 ぼそりとつぶやくと顔を上げ、目の前のハンガーラックを見やった。


「今度はちゃんと、お客サンの言う事聞いてくれよ。……そんで、俺にもちょっとはいい思いさせてくれや。頼むわ、ホンマ」


 両腕のサイバネティクス義腕を取り外されて無数のパイプに繋がれ、ヘルメット型の装置に頭部を覆われたマキヤ・ロームは、無言のままハンガーラックに吊り下げられていた。


(続)

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