レディ アンド ガーディアンズ;6
自らの、独立傭兵としてのコード・ネームを大声で呼ばわれたXYSは、戦闘態勢へと即座に意識を切り替えた。
その名前は見ず知らずの相手が、公然と言い放って、いいものではない。――報いを、受けさせねばならない。
幸い、球場の最上階席は人もまばらだった。こちらに走り込んでくる、大きな塊のような人影。……これ以上、呼ばせるわけにもいかない。この場で潰す。
こちらに迫りながら両腕を伸ばす侵入者。開いた手のひらは金属装甲に覆われ、隙間から人工筋肉が覗く。相手もサイバネ者か!
「それにしては……ッ」
“それ”で無防備に掴みかかりにくるとは! サイバネ装備の使い方が“なっていない”な。
XYSが数歩後ずさって身をよじると、襲撃者のサイバネ義手が宙を掴む。身をかわしたXYSはすかさず相手の義手を掴み、ひねり上げるように放り投げた。
「ぎゃあアアアア!」
自らが駆け込んできた勢いのまま、壁際に積まれた椅子の山に突っ込む襲撃者。飛び散り、降り注いでくる椅子の雨を振り払いながら、男は怒りに満ちた声で叫ぶ。
「イクシスゥウうううううう! 貴さ……ガハッ!
「黙れ、私の名前を呼ぶな」
一息に間合いを詰めていたXYSが、襲撃者の喉元を壁に抑えつけながら冷ややかな声で告げる。襲撃者は怒りのためか、それとも酸欠か、顔を真っ赤にしながら、尚も怒りを滾らせていた。
「う……る、さい! うるさい、うるさい、うるさい!」
額に青筋を立てて叫びながら、サイバネティクス両腕を振り回す襲撃者。鋼鉄の手先が壁や、転がった椅子を掠めるたび、トーフ・パテ・ブロックのように容易く切り裂かれた。XYSは素早く後ろに飛びのく。
「フン」
指先から肘にかけて高硬度ワイヤ・カッターを搭載し、切断機能に特化した戦闘用義腕だ。悪くない性能だな。本来の使い方をされると多少、面倒くさい相手ではある。だが……
「アああ! 逃げんな、この野郎オオオオ!」
怒りに任せてワイヤ・カッターを振り回す男。
「許さねえ! 許さねえ許さねえ許さねえ! テメエだけは、絶対にぃいいいい!」
「貴様、頭に血がのぼっているようだが……」
XYSはするりするりと、切れ味鋭い手刀とエルボーから身をかわす。
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
「以前、どこかで会ったか?」
怒りに我を忘れていた男は、XYSが何気なく放った言葉に一瞬、固まりついた。
「……何だと! きききき貴様! お、俺を忘れたのか!」
斬撃腕の男は怒りに震えながら自らの額を押さえ、呻くように吠える。
「いくつもの死闘を繰り返し、ついに貴様に両腕を奪われたこの俺を! 忘れたとは言わせないぞ!」
「いや、だから……知らんよ、そんなこと」
XYSはその稼業と情け容赦のないやり口から他人……依頼人とか、商売敵とか、時には可哀そうな犠牲者の遺族ども……から恨みを買うことは多いという自覚はあった。事実、怨恨に駆られた連中から襲撃を受けたことも一度や二度ではない。……もちろん、どの相手も、それ以上の後腐れがないようにきっちりと処分しておいたが。
だが、目の前の“こいつ”は違うのだ。
「私は確かに、人から恨みを買うことは多い。……だがね、自分なりには気をつけているつもりだ。生かしておけば面倒の種になるような奴は、きっちりやるようにする、とかな」
面倒くさそうに「フン」と人工声帯を鳴らしながら、フルサイバネの傭兵は続ける。
「それで言えば貴様は、“気を付けるに値しない”」
「何だと」
「両腕のサイバネも使いこなせていない。頭に血が上り、まともに狙いもつけられない……ずぶの新兵か、ただの素人のやくざ者だ。そんな人間が、私と何度も死闘を繰り返しただと? 両腕を失って尚、私から生き延びただと? 信じられんな」
“X”と“Y”を象った左右のセンサー・アイを赤く光らせながら、XYSは斬撃腕の男に指を突きつけた。
「貴様の言う“記憶”……“本物”か?」
「何言ってんだテメエ! 俺は、貴様と何度も……あ、れ?」
斬撃腕の男は頭を抱えた。先ほどまで血が上って真っ赤になっていた顔は、今やすっかり生気が抜け、どろりと濁ってくすんでいた。
「いや、確かに戦ったはずなんだ! スカイスクレイパー・ゲート前で密輸品を奪い合った時から、俺たちの因縁は始まった。そして土砂降りのキョート・ルインズ、クリフハング・テンプルの屋根の上での決闘! オーツ・ポート・サイトで起きた企業間戦争でも、俺たちは企業の名を背負ってやり合ったはずだ! ……確かに、そのはずなんだ! 俺の記憶の中では、貴様とは何度も……あああああああああああ!」
背中を丸め、斬撃腕の男は床にうずくまる。
「俺の、記憶……あああああ! どうなっているんだ! あったはずなのに! 何で! 何でそれ以上のことが思い出せない! ……俺は一体、何者なんだ!」
もはや闘いどころではなかった。さて、目の前の相手をこのまま処分するか泳がせておくか。背後関係を探るためにも生かしておいた方がいいかもしれんが、生かしておくリスクも相応に高い。
「フン……」
数秒ほど逡巡した後、やはり“処分”しよう、とXYSが近づきかけた時、
「ああっ、間に合った! スンマセン、スンマセンそこの方! ちょっと待ったってください!」
軽薄そうな若い男の声が、フルサイバネ傭兵を呼び止めた。
「……何だ?」
振り返ると、立っていたのは丸眼鏡の、線の細い男だった。
「いやあ! スンマセン、ご迷惑をおかけしまして……わたくし、こういうモンです」
男はXYSにペコペコと頭を下げながら、手のひらに収まるサイズの紙片を差し出した。
「フン……」
受け取ってみると、それはメイシ・カードだった。白い厚手の紙に“アケチ製薬技術管理部 クライシ・テイト”と、シンプルなミンチョ・テキスタイルで印字されている。
「アケチ……企業ぐるみでブラフマーとべったりな悪徳メガ・コーポだな」
「ちょう! ちょう待ってください! こんな人目があるところで、そんな人聞き悪いことは勘弁してくださいって!」
クライシ、と名乗る男は胡散臭い笑顔を張り付けたまま、慌てて両手を振った。
ブラフマー、すなわち非合法取引シンジケートの存在を認知している時点で、既に“クロ”である、となると。この、“偽りの記憶”をもつ男の“背後関係”というのはやはり……
XYSはクライシを警戒しながらも、うずくまったまま動かない男を指さした。
「それで、コレは何者だ?」
「ええ、ハイ、それなんですわ!」
アケチ製薬の会社員を名乗った男は、芝居がかった身振りでポンと両手を叩く。
「その子は、ウチで治療を受けてる患者さんでして。ご存じかと思いますが、記憶障害と情緒不安定の問題を抱えてまして……さっきは危うく、精神崩壊を起こすところだったんですわ。踏みとどまってもろうて、ありがとうございます」
クライシは説明を続けながら、うずくまって動かない男に手を伸ばした。
「おうい、大丈夫か自分? そんなら、行くで……うおおっ、おモッ!」
持ち上げようとするが、巨漢の斬撃腕男はびくともしない。「ちょっとは自分で立ちいや!」「何で俺がこんな事せなアカンねん……」「ああもう、しんど!」……一人で賑やかしく声を上げながら何度か挑戦し、クライシはようやく斬撃腕の男に肩を貸す形で背負い上げた。
「ふう、何とかなった! それじゃあ、俺たちはこの辺で失礼します。ホンマ、スンマセン……」
そう言って、斬撃腕の男を支えた姿勢のまま逃げるように去っていく。
XYSは「フン……」と人工音声を鳴らしながら、小さくなっていく二つの人影に視覚センサーの焦点を合わせていた。
(続)




