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ロマンオンザターフ  作者: 間形 昌史
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第12話 ロンシャンの乗り方

今文中に書いてあるロンシャンの乗り方は、凱旋門賞を見てきた中で見付けたヨーロッパの騎手の追い出し傾向であり、実効性を保証するものではありません。ぶっちゃけそれっぽく書いてるだけです。

しかもロンシャン競馬場は改修されたばかりなので、この傾向が今も続いてるかは確認しきれていないという、半端な設定ですみません。

 宝塚記念が終わるや否や、優一はフランスに飛んだ。優一は夏の間、フランスで武者修行し、腕を磨くことにしたのである。

 フランスには、凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場が有る。凱旋門賞の前哨戦まで開催は多くないが、ロマンオンザターフのオーナーが手を回してくれて、それなりに乗れることになっていた。この手回しの速さは、馬に対するオーナーの期待がどれほど大きかったのか計り知れるものだ。

 フランスに着くと、空港にはロマンオンザターフに馬房を貸してくれる、そして今回の修行の拠点を貸してくれるベット調教師自らが迎えに来てくれていた。優一は彼に謝意を伝え、厩舎へ移動し始める。

「騎乗させてもらえる馬の指示を確認したいんですけど」

 移動中、優一は片言のフランス語でそう聞く。すると、ベット調教師は笑う。

「ああ、好きに乗ってもらっていいよ。文字通り自由にするといい」

 ベット調教師はそう言う。優一は戸惑う。

「簡単なことさ。ロマンオンザターフのオーナーは、ヨーロッパじゃ有名じゃない。こっちにはツテも何も無いんだ。だから、用意できた馬も大した馬じゃない、と言うか、ハッキリ言ってしまえば弱い馬しかいないのさ。それこそ最下位争いの常連ばかり。そっちのオーナーにレンタルされなければ競争人生が終わってたくらいにな。

 だから、好きに乗ってもらってもいいよ。どうせ負ける馬なんだ。どんな負け方しても馬主は気にしないよ」

 ベット氏はそう言って、豪快に笑った。優一は苦笑いしつつ、心の中でほくそ笑んでいた。

 好きに乗ってもいい、か。こっちの競馬を知らない俺にとっては都合がいいな。そう思って。


   *


 果たして時は過ぎ、9月を迎えた。相原調教師は調教助手を従え、ロマンオンザターフが入るより先に、ベット調教師に挨拶に行った。彼の調教師は楽しそうに笑って出迎えてくれた。

「あなた方の挑戦心は、本当に尊敬するよ。いまだヨーロッパ以外の馬が勝っていないレースに、はるばる極東から挑戦するんだ。本当に楽しみだよ」

 ベット師はそう言って更に笑った。

「ところで、君のところの騎手、優一だけど、後ろから行くのが得意なのかい?」

 ベット師は、続けてそう聞いてきた。それが予想外で、相原師と調教助手は顔を見合わせた。

「いや、馬に合わせた騎乗をしますよ。特に偏った戦法が得意なわけじゃないです」

 相原はそう答える。それを聞いてベット師は首を傾げた。

「そうか、おかしいな。彼はフランスに来てから、いつも最後方にいるんだよ。極端な追い込み策だ。それしかしないから、それが得意なのかと思っていたんだよ。違うなら、彼はなぜそのレースしかしないんだろうね」

 ベット師は不思議そうにそう言う。相原の方が、目を丸くした。

「あいつは、いつもその乗り方を?」

「ああ、そうなんだ。いくら馬が弱いとは言っても、あまりに無気力すぎる。ジョッキークラブにも一回呼ばれたくらいだ。八百長を疑われてね。

 まあ、彼も馬が弱すぎて付いていけない、たまに食らいつける時でも乗り方に慣れてない、と答えていたがね。馬も人気が無いから、八百長ではないだろうとお咎めは無しだったからいいけど」

 相原の問いに、ベット師はなお首を傾げながらそう答えた。相原は目を丸くし続けながらも、顎に手をやって、考えていた。

「あいつ、まさか?」

 相原は、そう呟く。

「何か、予想がつくので?」

 隣にいた調教助手が、こちらも首を傾げながら相原に聞く。

「もしかしたら、という考えが有る。だが、いくらあいつでも、そこまで大胆なことをするだろうか?」

 相原はそう曖昧に頷いた。結局詳しく言わず、その場を終えた。


   *


 週末、開催が行われるロンシャン競馬場に、相原達はいた。結局優一とは満足に話さずここまで来た。と言うか、相原はあえて避けていた。考えが本当だとしたら、あまり詳しく話すべきではない。

 優一が乗るレースの行方を、相原達は見守っていた。2レース終わり、優一は両方しんがりを追走し、付いていけず最下位だった。

 この日の3レース目、優一が乗る今日最後のレースになって、相原は双眼鏡を取り出した。

 ここでも、優一は最後方から競馬し、まともに追うことなく最下位だった。

 調教助手があまりの見せ場の無さに溜め息をつく中、相原は茫然としていた。

「あいつ、やりやがった」

 相原がそう呟く。

「やりやがったって、あいつ、何かしでかしましたか? その・・・良くない、何かを?」

 調教助手はそう小さな声で相原に問う。相原は、周りを見渡して、誰も自分達に注目していないことを確認し、自分も小さな声で話し始める。

「ああ。あいつ、今のレース、全く勝つ気が無かった」

 相原は、そう言い出す。調教助手が眉をひそめた。

「あいつ、今のレース、完全に観察に回っていたんだ。最後方に馬を置いて、そこから誰がどのタイミングで仕掛けるか、そしてそのどれが成功だったのか、つぶさに観察してやがった。観察しながらだから仕掛けも遅れる。だから、追い付かない。まあ、追いつく気も無いのだけどな」

 相原がそう説明する。調教助手が驚いて目を見張った。

「もし、今までの負け全部でその観察をしていたのなら、あいつ、1勝よりも重い物を手に入れてるのかもしれない」

 相原はそう言って、武者震いして笑った。


   *


 その後、ロマンオンザターフも厩舎に到着し、馬体の減りも無く万全の態勢で前哨戦を迎えられそうだった。

 あとは、俺だけだな、と優一は気合を入れ直す。

 これまで、レースでは常に最後方に馬を置き、全ての騎手の騎乗を観察していた。ロンシャン競馬場のレースなら、仕掛けどころは大体把握していた。

 今週は、週半ばにも開催が有る。週末の前哨戦フォワ賞に向けて、その仕掛けどころを実戦で試す必要が有る。

 勝負は、週半ばの開催で唯一凱旋門賞と同じ2400mのレースでだ。


 この日もそれまでのレースを最後方からの観察で終え、件のレースを迎える。

 このレースは日本でいう条件戦に当たる、格の低いレースである。だからこそ勝ちにこだわる必要は無く、自由に乗れる。

 レースがスタートして、優一はこれまでと違って、中団に付けた。ヨーロッパのジョッキー達の戸惑いが感じられた。

 フランスは、好位に付けて抜け出す競馬が好まれる国だ。全ての馬に「4番手に付けろ」という指示が出される、というジョークが有るくらいである。

 それに迎合するわけではないが、今は本番を意識した競馬をする必要が有る。それならば、ロマンオンザターフと同じく、中団に付けないと意味が無い。確かめるのは仕掛けどころ。位置取りではないのだ。

 第4コーナーを回り、直線に入った。これがロンシャン競馬場の最後の直線、ではないのである。

 これは最後の直線の前に有る、コーナーの最後が直線状になっている地点である。通称フォルスストレート、「偽物の直線」と呼ばれており、間違ってここで仕掛けるとそこでレースが終わる、そういう厄介な造りにこの競馬場はなっている。

 もちろんここで優一は仕掛けない。コースの仕組みは、知識でも実践でも覚えている。ここで最後の直線に入ったと勘違いするほど今の優一は愚かではない。

 そして、フォルスストレートから軽くコーナーを曲がり、今度こそ最後の直線が待ち構える。直線に入った直後から追い出すことはしない。まだここは仕掛けどころではない。

 まだ我慢して、残り2ハロン400mの標識を迎える。そこで、優一は仕掛けはじめる。ここだ、ここがロンシャンの仕掛けどころだ。ここで仕掛ければ、馬は最大の伸びを見せ、なおかつバテない最良にして、唯一の仕掛けどころである。

 そこで仕掛けた優一の馬は、中々に鋭い伸びを見せた。馬群を抜けていき、3番手まで上がる。

 しかし、残り1ハロン200mで、前を行く2頭が大きく抜け出した。これでは勝つことは不可能であろう。そこで優一は追うのをやめてしまった。

 フランスは動物愛護の精神が強い土地である。勝てないにかかわらず仕掛け続けると、罰則を科せられる恐れがある。最悪騎乗停止。週末ロマンオンザターフに乗らねばならない優一には避けたい話だ。

 レースはそのまま3着で終わった。しかし検量を終えると、ベット師がにこやかに笑って出迎えてくれた。

「良くやったぞ! この馬では力不足だと思っていた、それなのに3着だ、本当に良くやったぞ!」

 ベット師は心から喜んでくれた。

「馬を回してくれたおかげで、ようやくロンシャンの乗り方がわかりましたよ」

 優一は、本音交じりでそう冗談を言った。ベット師が抱き着いてくる。

 と、そこでスタンドから降りてきた相原と目が合った。相原は何も言わず、振り返って去っていった。

 だけど優一にはわかった。その背中は笑っている。最大の武器を手にしたと笑っているのだ。

 そして、週末のフォワ賞。優一はロマンオンザターフに乗り、中団待機から、残り400mで仕掛けて勝利した。スタンドがざわめく。

 オルフェーヴルに続いて凱旋門賞を本気で狙える日本馬がやってきた! フランスの競馬ファンはそう思っただろう。

「いやあ、優一君、いいレースだったね」

 レース後、馬を流していると、横から日本語でそう声をかけられた。フランスでは慣れないことで、優一は驚きながら声のする方を見る。

 すると、そこにはフランスを代表する騎手、オスカル・ペリアがいた。彼は日本でも短期免許で何度も乗っていて、それで日本語を覚えたらしい。

「ありがとうございます。これもこちらのオーナーさん達に、馬を回してもらったおかげです」

 優一はそういう。ペリアはカラカラと笑う。

「こっちはボロ負けよ。もう、その馬には敵わないね。本番では手加減してよ」

 ペリアは笑いながらそう言って、去っていった。

 だけど、優一は気付いていた。目は細めていても、その目の奥には闘志がみなぎっていた。彼は全く諦めてもなく、まだまだ潰す気は満々だと、その目が言っていた。

 だから、優一も鋭い目でペリアを見送った。こちらも簡単には潰されないぞと。

 この日、3歳限定のニエユ賞でペリア騎乗のジョッケクルブ賞(フランスダービー)勝ち馬モナムーが勝利した。手ごわい相手になるのは必至だった。

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