67・おっさん、魔族に説教する
「で、でかっ!」
その大きさに度肝を抜かれてしまう。
見上げなければ、巨大モグラの顔を見ることも出来ない。
こいつが地面から手を生やして、ベラミをさらった犯人で間違いないだろう。
「お父様! こいつ等です! 早く倒してください!」
巨大モグラの右の手の平に——さっき泣き出した子どもモグラがいる。
親の前だったら、丁寧語になるんだね。
《どうやって、その魔法使いに制裁を加えてやろうと考えていたが……貴様はその魔法使いを助けにきたということか? ククク……》
巨大モグラが喋るだけで地が震え、腹に響いた。
「そうです」
臆さないように——俺は気丈に振る舞う。
《その魔法使いがなにをしたのか分かっているのか?》
「はい、もちろんです。そちらの……お子さんに魔法を当てようとしました」
いくら、この巨大モグラがベラミをさらった犯人とはいえ、元はといえばこちらが悪い。
謝るのはこっちの方だ。
「すいませんでした。ほら、ベラミも!」
「……ごめんなさい」
ベラミの頭を持って下げさせる。
少し不満げな態度はあるものの、ベラミの口から「ごめん」と言わせることも出来た。
穏便に話が済めばいいんだけどな。
もっとも……。
《それだけで我に許しを貰えるとでも思っていたのか?》
それで話が済む相手ではないことは、一目見た時からなんとなく察していた。
「……じゃあどうやったら許してもらえるんですか?」
《決まっておる。貴様等の命をもって、我に償え》
いきなり物騒になってきた!
子どもモグラの外見に油断してしまうが、魔族であることは間違いないのだ。
人間とは何回も戦いを繰り広げている種族。
やはり……簡単にはことが進まないか。
「やっちまえ、やっちまえ! お父様! そいつ等を八つ裂きにしてください!」
子どもモグラは巨大モグラの手の平で息巻いている。
《うむ……それにしても、ここに来るまで我が私兵を配置していたはずなのだがな? 侵入者がやって来たら排除しろ、と伝えている。それなのに、無傷でここまで来るとは……我が私兵が仕事をサボっているのか》
「あっ、それは違うと思います」
確かに、一度も——目の前の魔族が従えるモンスターに遭遇しなかったのは、変な話だなと思った。
もしかしたら、わざとそうして俺をここまで誘き寄せた……っていう風にも考えたが、きっとスキルのおかげだ。
スローライフに関することが過度に実現する。
アシュリー救出の際、洞窟でゴブリンに遭遇しなかった時と同じだ。
【スローライフ】のおかげで、弱いモンスターは俺の前に姿を現さない。
モンスターに出会いたくないな——そう願うだけで。
《まあそれはそれで良い。何故なら、我の手で貴様を葬ることが出来るのだからな。ククク……》
巨大モグラの体がのそっと動く。
「ブルーノ下がって! どうやら、話し合いじゃ無理のようだわ!」
ベラミが前に躍り出て、
「ホーリネス・レイ!」
間髪入れず魔法名を唱える。
手の平から光の矢が発射され、巨大モグラの体を——
《ククク。なんだ、それは。全く効かぬぞ》
——貫かず、巨大モグラの腹に当たってモフンッと消滅した。
「えっ……?」
ベラミが唖然としている。
スキルを授けられてから——ベラミのこんな顔を見るのは初めてかもしれない。
《我が体には魔法は効かぬ。生まれながらにして、魔法無効の結界が体に彫られているのだからな》
「そ、そういえばさっき体を掴まれた時にも、力が急になくなったような感覚があったわね……やっぱり、そうだったの……」
ベラミがよろよろと一歩ずつ後退する。
魔法使いのベラミにとって、魔法が効かない相手は天敵中の天敵である。
だからこそ愕然とし、次なる一手を指せないのであろう。
《これで我の正当防衛だな。そちらか最初に手を出したのだから。覚悟せよ——》
巨大モグラが左手で拳を握り、それを俺達に向かって振り下ろしてきた。
「ベラミ!」
固まっているベラミの体を抱いて、転がるようにして攻撃を回避する。
ずしーん!
先ほどまで俺達がいた場所が凹んでいた。
こんなのくらったら、一溜まりもないぞ!
《ハハハ。逃げよ逃げよ。クルクルと我の前で踊れ》
「お父様、カッコ良い!」
巨大モグラは余裕の笑みを浮かべている。
「ま、待ってくれ! 俺はあなたと戦うつもりはないんです!」
《問答無用だ》
再度、拳が振り上げられる。
——どうやら話が通じる相手ではないらしい。
とはいっても、聖剣も忘れてきたしこちらから攻撃を加えることも出来ない。
しかし。
攻撃を加えられないなら、相手の動きを封じてしまえばいいだけのことだ。
「花よ……咲け!」
俺の手を天井に掲げ、そう叫んだ。
【スローライフ】!
《むっ……なんだ?》
巨大モグラの動きが止まる。
ニョキ。
ニョキニョキニョキニョキ!
天井を突き破り、巨大モグラに襲いかかったのは白い触手のようなものであった。
その触手は巨大モグラの体を完全に拘束した。
《な、なんだ! この触手は! どのような魔法を使った! ——いや、魔法は我には通用しないはず……》
触手に縛られ、脱出しようと藻掻こうとする巨大モグラ。
《この力は……どうして千切れることが出来ない!》
だが、身動きすることすら出来ない巨大モグラ。
「それは触手じゃない……花の根だ」
《なっ……貴様は一体なにを言っているのだ!》
ここにくる前、子どもモグラは花の種を地上にまいていたのだ。
俺は【スローライフ】を発動することによって、任意のタイミングで花を咲かせることが出来る。
もちろんだが、花には根がある。
そう——この触手のように見えるものは、ただの花の根なのである!
「俺のスキルでかなり強化されているんだがな」
昔、キングベヒモスを倒す際に薬草で同じようなことをしたことがある。
それの応用で巨大モグラを拘束したのだ。
「さて、形勢逆転だな」
《グッ、グッ! こんなもので我を倒せるとでも思っているのか!》
「そうだ。こちょこちょこちょ……」
巨大モグラの足裏まで近付いて、手でこちょこちょする。
《フッ、ハハハハハ! 待て! 我の体は敏感で……ハハハハハ! ちょ、止めろ! ハハハハハ!》
「お、お父様! く、クソ! こんなので!」
大口開けて笑い出した巨大モグラ。
ちなみに子どもモグラも根で拘束しているので、助けに入ることが出来ない。
やがて……。
《こちょこちょには勝てなかったよ……》
と服従の意を示してくれた。
「分かってくれたら、良いんだ」
一件落着だ。
《クッ、我がこんなものには負けるとはな。殺せ!》
「なにを言ってるんですか」
本来、相手は魔族なので情けをかけるつもりはない。
しかし元はといえば俺(正しくはベラミ)が悪いので、これ以上事を荒立てるつもりはなかった。
「あっ、他の人間とか殺したりしているとなったら別かもしれませんよ」
《な、なにを言っている! サウザンド・アビス・エンペラーであることはそんな無駄な殺生はしない。ただこの地下帝国でおとなしく過ごしていただけなのだ……》
「それは良かったです。じゃあこれからもあなた達は地下。俺は地上でおとなしくスローライフしましょう」
《かしこまった。すろーらいふがなんなのか理解出来ぬが……》
ん、待てよ?
もしかして……。
「最近の地震ってあなたのせいですか?」
《地震か……? 我が地下帝国を拡張しようとすると、確かに地上が震えることはあるみたいだが……最近、その工事をしている関係で、もしかしたら地上に被害が出ているかもしれぬが……》
「お前が俺とリネアの邪魔をしたのかぁぁぁあああああ!」
《な、なにいきなり怒り出してるのだっ?》
それだけは見逃せねえ!
俺は巨大モグラに「あんまり拡張とかしないでください」とお願い兼説教をした。
結果——渋々といった感じだったが納得してくれた。




