66・おっさん、こんな時にも農業する
「…………」
あれ。
もっと喜ばれると思ったが、ベラミは俺から視線をぷいっと外した。
「おーい、ベラミ?」
「…………」
「ベラミったら」
「……なんで助けにきたのよ」
ぼそっと。
そうベラミが呟いた。
「はあ?」
「あなた弱いんだから、こんなとこ来ちゃったら死んじゃうかもしれないじゃない。それなのにどうして——」
もしかして俺のこと心配してくれてるのか?
…………。
いや、ないな。
昔のベラミならまだしも、今のベラミが俺のことを心配してくれるわけもない。
「俺なら大丈夫だ」
「なによ。魔法の一つも使えないくせに。ライオネルみたいに剛力があるわけでもないのに」
「だが、俺にはスキルがある」
「そのなんの役にも立たない【スローライフ】?」
ベラミが下を俯いたまま、小さな声でそう言う。
昔も俺は思っていたさ。
【スローライフ】が役立たずって。
《なによ、この女! 折角助けに来たってのに! その態度はなに?》
女神がぷんすかと怒っている。
「まあまあ——とにかく、ここから脱出するぞ」
「嫌よ。あんたの力を借りなくてもアタシ一人だけでなんとかなるわ」
「この期に及んでなにを言ってる」
「アタシは! 【魔導の達人】スキルを持った一騎当千の魔法使いなのよ? あんたみたいなおっさんの力を借りなくても、こんなところアタシ一人で脱出出来るわ!」
「——!」
ベラミが怒ったようにして早口で捲し立てる。
やけになったのか、小石をこちらに投げつけてきた。
ちくちくと痛い。
しかし今はそんな些細な痛みなど気にしている間ではない。
俺は檻の前に立つ。
「ベラミ——」
「な、なによ」
檻の中(鉄柵になっているので、間から腕一本くらいならなんとか入る)に手を入れ——、
「なにを言ってるんだ! そんな強がりを言って、死んでしまったらどうしようもないじゃないか!」
とベラミの頭をぽんと叩いた。
「……え?」
叩かれた瞬間、ベラミは驚いたように目を丸くした。
……ベラミをこうして叩くなんて何年ぶりだろうか。
しかしこいつの『危うさ』は一回叩いて修正しないといけないのだ。
「ん? どうした。そんなに強く叩いたつもりはないが……」
「…………」
ベラミが口を閉じ、体を固まらせる。
ツインテールの房を手で撫でながら。
「……懐かしいわね」
「え?」
「昔、似たようなことがあって……ブルーノに怒られたの覚えてる?」
「そんなことあったけな」
「ほら。アタシが一人で森に行った時よ」
ああ、そのことか。
ベラミを探し出して見つけたまでは覚えているが、さっきみたいに頭を叩いた記憶はない。
「だったら、俺達はあの頃から一歩も成長していないのかもな」
「ふふふ、そうかもしれないわね」
なにがおかしかったのか。
俺達二人は顔を見合ってぷっと吹き出した。
……よし。笑える余裕も出てきたからもう大丈夫だ。
「じゃあこっからさっさと出るか。ベラミ。お前、魔法使えばこんな檻内部からぶっ潰すことが出来るだろ?」
それを今までベラミがしてこなかった方が不思議である。
「……無理よ」
とベラミが悔しそうに俯いた。
「この鉄格子には魔法無効の結界がかけられているみたいで……どれだけ魔法を放っても壊れてくれる気配がないのよ。鉄格子に触れた瞬間、魔法が消滅してしまう」
「なんと」
ベラミが使う魔法程の威力を消滅出来る力。
サウザンドなんとか。
魔族と名乗るだけのことはあるらしいな。
あの子どもモグラを見ていたら、とてもそんな力を持っているとは思えないが。
それでも——ベラミなら、最大出力の魔法を放てばその『魔法無効』ごと吹っ飛ばせると思う。
だが、それをやってしまえばベラミ自身に被害が出るかもしれない。
「だったら力尽くで鉄格子を破壊するしか?」
「どうやらそうみたいね……でもそんな荒行。ライオネルくらいしか出来ないわよ」
確かに。
そうこうしている間に、俺の存在に気付いてさっきの『巨大な手』の主がやって来るかもしれない。
早急に解決しなければ。
「うーん、なんかないか……」
とズボンのポッケをごそごそしていると。
「おっ、これは……」
それを掴み、手をパーにする。
「黄金のリンゴ……」
「あんた、なに言ってんのよ」
ベラミが不思議そうな視線を注いでくる。
「ただの種じゃない。そんなのでこの鉄格子がなんとかなるとでも?」
落胆したようにベラミがそう疑問を口にする。
確かにこれはただのリンゴの種だ。
いや——正しくは『ただの』リンゴの種ではないか。
「これならなんとかなるさ」
その黄金のリンゴの種を地面(ここは地面の下なので、正しくは地面の中かもしれないが)に植える。
「生えてこい!」
ニョキニョキニョキッ!
あっという間に、黄金のリンゴが実った木が生えてきた。
薄暗い地下迷宮内がパッと明るくなった。
「あんたのその訳の分からない力は分かったわ。でも——そりゃあ、ちょっとはキレイだけど——リンゴの木なんて生やしてどうするつもり?」
「黙って見てれば分かる」
俺はその中の一つを手に取って、がぶっとかじる。
うーん、瑞々(みずみず)しくて美味しい。
一かみするごとに、リンゴの果汁が口内に広がった。
「よし、ベラミ。ちょっと離れてろ」
「一体なにをするつもり——キャッ!」
俺は鉄格子を両手で掴んで、それを一気に広げた。
ぐにゃぁっ!
そんな感じで鉄格子が曲がり、ベラミ一人分くらいなら楽々脱出出来る隙間を作った。
「上手くいったみたいだな」
「あ、あなたいつの間にそんな力をっ?」
「話は後でする。とにかく今は早いとこ脱出しよう」
そうベラミの手を取った矢先。
ゴゴゴ!
地が震えた。
なにかがこの部屋に近付いてくる?
どんどんその音は近付いてきて、やがて——。
《ククク……飛んで火にいる夏の虫とやらか》
ドゴォォオオオン!
そんな音を立てて、壁が破壊される。
破壊された先からやって来たのは——とんでもなく巨大なモグラであった。




