65・おっさん、ベラミを捜す
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油断した。
さっきの魔族の親なんだから大したことないと踏んでしまった。
しかし、その手に掴まれた瞬間——体から急速に魔力が消失していくのが感じられた。
魔法を発動しようにも、上手く魔力を練ることが出来ない。
おそらく、その魔族の体自体が魔法無効のなにかが施されているのだろう。
「……アタシ、このまま死んじゃうのかな?」
ここはどこだろう。
おそらく、魔族が作った地下帝国である。
そこの牢屋に囲まれた狭い一室で——ベラミは膝を抱えて座っていた。
なにもすることが出来ないので昔を思い出す。
あれは十六歳のなる前。
ベラミがまだ六歳くらいの頃だ。
スキルすら授かっていないが、幼馴染みであるジェイクやブルーノと将来の夢を語り合っていた時。
ふと好奇心が湧いた。
『あたしでもモンスターを倒せるんじゃ?』
——それは子どもながら愚かな考えだったに違いない。
しかし将来はパーティーを組んで、魔王を倒しに行くという夢があった。
ベラミは幼い頃から負けず嫌いであった。
一歩でも先に——ジェイクやブルーノ達よりも行きたかった。
ベラミは誰にも喋らず、近くの森に出掛けた。
最初はなかなかモンスターが出てこなくて拍子抜けだった。
それもそのはず。
彼女が住んでいた街の近くは、あらかた冒険者達によってモンスターが駆られており、そう滅多なことでは遭遇しないのだ。
だが、それは絶対ではない。
『う、うわぁ! モンスターだ!』
でかいハチのようなモンスター。
そのモンスターの姿を見た瞬間、ベラミは「抵抗しよう」とか「倒そう」なんて考えが吹っ飛んでしまった。
ただモンスターから逃げることしか出来なかった。
そして迷い込んだのは森の深奥。
帰り道も分からなくなって、ベラミは膝を抱えてただ座り込んでいた。
『このまま、あたし死ぬのかな……』
不安で押し潰されそうになる。
そんな時であった。
『ベラミ。ここにいたのか』
ひょっこりとベラミの前に顔を現した少年。
幼き頃のブルーノである。
『探しに来てくれたの?』
『そうだ。ベラミが森の方に向かっていってるのを見て、心配になってさ』
ブルーノを見て、ほっと一安心。
体の力が抜けきるような感覚があった。
しかし同時に——恥ずかしさ。
一人で森に行ってモンスターから逃げて迷子になって、そして幼馴染みの男に助けられる。
その頃から、人一倍プライドが高かった彼女の口は思ってもいない方向に動いてしまった。
『ふ、ふんっ! 余計なおせわよ! ブルーノに助けてもらわなくても、ひとりで帰れるんだからね!』
強がりを言ってしまった。
するとブルーノは一瞬驚いた顔。
そして右手を上げ——。
『なにを言ってるんだ! そんな強がりを言って、死んでしまったらどうしようもないじゃないか!』
と彼女の頭をポカーンと叩いたのであった。
「ふふふ、そんなこともあったわね」
だが、それは昔のことだ。
どうして今、そのことを思い出したのかは分からない。
もしブルーノが昔と同じように頭を叩いてきたら、彼女は憤慨し魔法で八つ裂きにするだろう。
「まあ、ブルーノが今のアタシを叩いてくるわけもないけど。実力も違うわけだし」
ああ——それにしても、一生この檻に閉じ込められるのだろうか。
それとも、アタシをどうしようか——あの魔族は考えているのであろうか。
「このまま、アタシ死ぬのかな?」
そうぼそっと呟いた時であった。
「ベラミ、ここにいたのか」
——檻の前にひょっこりと顔を現した男。
その男は無精髭を生やし髪はボサボサ。冴えない三十路のおっさんである。
しかし彼女の目にはその男が、勇者や王子様よりもカッコ良く見えた。
★ ★
穴に入ってからは、俺の推論通り——通路のようになっていた。
っていうかまるで入り組んだ迷路だ。
しかも中はどういう構造なのか、前が見えるくらいには明るかった。
例えるなら『地下迷宮』という言葉が似つかわしいか。
「さっきの巨大な手……つまりあのモグラのお父さんがこの地下迷宮を作ったのか?」
ならば、相手はかなり強大な敵である。
魔族であるということもさることながら、ダンジョンを作り上げてしまう程の力を持っているからである。
気を引き締めなければ。
「ベラミはどこにいるんだ……」
正直にいって、中はかなり広く——人一人を捜すとなったら、困難を究めるだろう。
しかし——俺はなんとなく、ベラミがこっちにいるんじゃないかな、ということが感じ取れた。
「幼馴染みの勘というヤツかな」
ああ、そういや昔似たようなことがあったな。
あれはまだスキルの儀も受けていない子どもの時だった。
あの時からベラミは人一倍プライドが高かった。
『あたしだったら、近くの森にでも一人でいけるわ!』
俺達が住んでいる街近くの森には(少ないが)モンスターもいて、子どもが行くのは十分危険な場所であった。
街の大人から「決して近付くな」と言われていた程だ。
他のジェイクやライオネルは「はいはい」と言った態度であったが、俺の場合——ベラミに危うさを感じていた。
こいつ、本当に行っちゃうんじゃないかって。
その予感は的中した。
ベラミが一人で街の外に出て行ったのだ。
俺はすぐさまベラミを追いかけた。
どうやら森の方へ行ったらしい。
しかし、森に入った瞬間——ベラミを見失ってしまった。
「あの時もなんとなくベラミがいる方向が分かった……」
所謂『幼馴染みの勘』というヤツで、ベラミを見つけ出して事なきを得る……っていうことがあった。
今の状況はあの時と似ているのだ。
あの時とは——立場も変わっているけれど。
「なんでこんな広いダンジョン作る必要があるんだよ……」
モグラが言っていた『地下帝国』という言葉はあながち間違ってなかったらしい。
《あんた、どうしてあの子を助けるのよ》
「ん?」
久しぶりに女神の声が頭に響いた。
《だって、あの子——さっきあんたに酷いこと言ってたじゃない。わたしだって腹が立ったわ。いくらなんでもお人好しすぎない?》
「んー? なんでだろ。しいて言うなら、放っておけないんだよな。だってあいつ……守ってやらなきゃダメなヤツだし。弱いし」
いくら魔法の力があったとしても、ベラミは女の子なのである。
昔から油断して大事になったことは一度や二度じゃない。
そういう危うさがベラミにもあり、言うなれば今回はそれが形となった。
「それに、やっぱあいつは幼馴染みだ。あいつの考えていることはなんとなく分かるし、悪気があって言ったことじゃないんだ。思ったことを口に出しちまうだけなんだ」
《……優しいのね。まああんたがそうしたいっていうなら、好きにすればいいわ》
拗ねたような女神の口調。
「そうするよ」
だが、その前にベラミを発見しなければならない。
そろそろ不安になるんだけどな?
と思っていたら、
「いた!」
とある一室。
檻の中で膝を抱えて座っている一人の少女がいた。
「ベラミ、ここにいたのか」
ベラミだ。




