貴族の女は言葉で戦うらしい
ジェイに手紙を出してから、返事が来るまでには数日かかった。
その間、舞踏会の話は学園で少しずつ形を変えて広まっていった。最初は「ドレスが破れたらしい」だったものが、次の日には「殿下が上着を貸した」になり、その翌日には「リリア様は殿下に特別に気に入られているらしい」になった。
いい流れだ。ここでアルフレッドが私を気にかけるところを見せれば、もっと面白い話になる。
そう思っていたところへ本人が来た。待ち人来たるとはこのことか。
「リリア嬢。少し時間はある?」
授業が終わったばかりの廊下だった。アルフレッドは私の返事を待ってから、廊下の端の方へ移動する。生徒たちの視線がこちらへ向いた。
「舞踏会の後に話せなかったから。あのあと、何か困ったことはなかった?」
「いえ、特にはありません。替えのドレスも用意していただきましたし。殿下にもお助けいただきました。ありがとうございます」
「いや、当然のことだよ。何もないのならよかった」
アルフレッドはそこで話を切らず、私の袖口へ目を落とした。
「ドレスは仕立屋に見せた?」
「まだです。裂けたところは残してあります」
「そう。原因が分かるといいね」
彼がそう言ったところで、廊下の向こうからレティシアが歩いてきた。私たちに気づくと、彼女は自然な足取りでアルフレッドの隣に立つ。
「殿下、次の授業へ行かなくてよろしいの?」
「ああ、もう行くところだよ」
レティシアは私へ微笑んだ。
「リリア様もご一緒にいかが?同じ棟でしょう」
断る理由はない。私は二人と並んで歩いた。アルフレッドが私の歩幅に合わせているのに気づき、レティシアが少しだけ彼の方を見る。
「殿下は、どなたにも気遣いがすばらしいわ」
「そうかな」
「ええ。昔からそうですもの」
レティシアの声は柔らかかった。アルフレッドとの長い付き合いを、わざわざ私に聞かせる言い方だった。
「それは素敵ですね。先日もお気遣いいただきました。レティシア様もドレスの替えなどをご用意いただいてありがとうございます」
「気になさらないで。無事にお召し替えできたと聞いて安心したわ」
レティシアはそれ以上、舞踏会の話を続けなかった。けれど教室の前で別れる時、アルフレッドは私に「またあとで」と言った。
ほんの一言。それでも、見ていた生徒たちには十分だった。ざわざわと噂がまた広がっていく。原作のゲームではヒロインは貴族らしからぬ行動をやり散らかして全生徒に嫌われて悪口を言われたりしていたが、私はそこまで非常識な行動をしていないので今のところ何もされてはいなかった。王太子の目もある以上、簡単には手を出せないのだろう。どう動くべきか決めかねている、というかただ静観する人が多かった。今のところは、だが。
昼休み、食堂で席を探していると、セシルの友人たちが私に気づいた。
「リリア様。こちらへどうぞ」
不自然に空いていた席を示される。ふーん?なるほど。ついにきたかというべきかな。断るほどのことでもなかったので大人しく座った。食事が運ばれてくると、向かいの令嬢が扇を閉じた。オーレリアだ。
「舞踏会では大変でしたわね。まさかあんなに派手に破れるなんて」
「そうですね」
「でも、殿下がすぐに来てくださってよかったわ。あの場で上着をかけていただけるなんて、なかなかないことだもの」
彼女は同意を求めるように、隣の友人を見た。セシルを筆頭に数人の令嬢がくすくすと笑う。嫌な笑い方だった。
「ええ。助かりました」
「それにしても本当に偶然だったのかしら。殿下の目に留まるには、ずいぶん都合のいい事故だったわね」
再びさざめくように笑いが漏れる。私はフォークでジャガイモを串刺しにした。貴族ってのは嫌がらせする時までお上品らしい。スラムならもっと直接的に罵倒が飛んでくるし、無礼なやつは文字通り引っ叩いてやり返すのが王道だった。
ここでは拳の代わりに言葉で殴り合うらしい。まあそれがそっちの流儀だというのなら構わない。受けて立つ。
「オーレリア様は私が自分でドレスを破って、殿下が助けに来るよう仕向けたとお考えということですか?」
「あらぁ、何もそこまでは言っていませんわ」
「では、何をおっしゃりたいのでしょう」
令嬢たちの笑顔が少し崩れた。オーレリアは周囲を見た。食堂は少し静まり返っていた。生徒たちが、今は彼女の口元を見ている。誰かの噂話に便乗するのと、その噂を自分の言葉として口にするのは違う。
「常識的に考えて、自分であそこまでドレスを破くなんて常軌を逸した行動を取る人がいると思いますか?それも、殿下に助けてもらうためというだけの理由で。しかも本当に助けてもらえるかもわからないのに?」
「いやだわ、私はそんなつもりでは…」
「ではどんなおつもりですか?」
言いながらナイフで肉を切り分けた。ひきつったオーレリアの顔を見ながら咀嚼する。いい眺めだ。目下の男爵令嬢に噛みつかれて驚き半分いらだち半分というところか。
「私はただ、そういう噂が立つのも仕方ないと思っただけよ。特に最近のあなたの行動は目に余るものがあるのも事実だと思うわ」
「噂を立てているのはあなたでは?」
シン、と静まり返る。オーレリアは顔面をぴしゃりと引っ叩かれたかのような表情で固まった。こんなに直接言い返されるのは初めてで驚いてしまったようだ。まあ貴族は遠回りが好きだからねぇ。しょうがないね。何事も経験だ。
食堂のざわめきはゆるやかに続いている。けれど、周囲の席の生徒たちは話をやめていた。
「ちょっと、オーレリア様に対してなによその物言いは!失礼なのではなくて!?」
1番最初に我に返ったのはセシルだった。沈黙に飽きた私が付け合わせのブロッコリーを口に放り込んだタイミングで噛み付いてきた。
私は焦らず咀嚼し終わり、水で口を潤す。
「人の災難をいいことに憶測で嫌味を言ってくる方がよっぽど失礼なのではなくて?誰が何を思うかは自由ですけれど、何を口にして何を控えるかが品性だと思いますわ」
「なっ…!」
「それから、ドレスのことは仕立屋に見てもらうつもりです。私も、あんなふうに裂けた理由が気になりますから」
セシルとオーレリアの目が一瞬だけ揺れた。
ほんのわずかな変化だった。気づいたのは私だけかもしれない。
「食事が冷めてしまいますわ、この話はここで終わりに致しません?」
誰も何も答えなかったが、これ以上話すことはない。私は皿へ視線を戻し、力強くステーキを切り分けせっせと残りを口に運んだ。非常に美味である。
数分後、アルフレッドが食堂へ入ってきた。彼は少し離れた席で友人たちと食事を始めたが、こちらを見つけると目が合った。
「リリア嬢」
食事を終えた彼が、わざわざ私の席まで来る。
「午後の授業、同じ棟だったよね。一緒に行こうか」
「はい」
私が立ち上がると、向かいの令嬢たちは視線を伏せた。アルフレッドと並んで食堂を出る。背後のざわめきが、扉を閉めてもついてくるようだった。
「さっき、何か言われていた?」
「まあ少し…。ですがたいしたことではありません」
「そう」
お上品な箱入り娘どもを軽く捻ってやっただけだ。大したことではない。彼はそれ以上聞かなかった。けれど、廊下の人目が途切れたところでもう一度私の方を見た。
「困ったことがあったら僕にも教えて」
「ありがとうございます。助けが必要な時はご相談させてもらえたら嬉しいですわ」
「うん、いつでも。リリア嬢なら大歓迎だよ」
言い方は穏やかだった。
しかしさっき食堂で私のところに来たことも、今こうして並んで歩いていることも、周りから見れば目立つ。
アルフレッドが親切なのは知っている。レティシアにも、ほかの人にもそうなのだろう。でも、私が彼の隣を歩けば噂は私の方へ集まる。彼はそのことに気づいているのだろうか。
教室へ着くと、アルフレッドは扉の前で立ち止まった。
「またね」
「はい、殿下」
彼が去るのを見届けてから中へ入る。窓際にいたレティシアが、こちらを見ていた。
彼女は何も言わなかった。私も何も言わず、自分の席へ向かった。




