45、根底
協力は得られない。情報すら得られないのではないか。焦りがルークを襲う。
なにか、なにか手は。
焦燥に駆られるルークの耳に、食器の音が届く。縋る気持ちで向けた視線の先にいたのは、美しい金色で
「エマちゃん!」
「...........え?わたし?」
訝しげな碧瞳がルークを映す。
奥の席で優雅に紅茶と菓子を嗜んでいたのは、金糸に空色の瞳を持つ少女。この場で唯一の人間であるエマだ。
「お願いだ!説得を」
「え?なんで」
「サラは同族であなたと同じ聖女です!よしみとして、彼らを説得して下さい!」
「同族って.....そうだけど、」
「ならっ」
「わたし(いまは)聖女じゃないし」
ついに目までイカれたのね。
辛辣な言葉が胸を抉る。戸惑いこそ見せたが、エマの姿勢は崩れない。ゆっくりと紅茶を口に運び、冷たい瞳でルークを見ていた。
「人命がかかっているんだ」
「そうね、」
「サラだけじゃない、聖女たちはみんな連れて行かれた。お願いだ!彼らを説得して欲しい」
「嫌よ」
「仲間がどうなってもいいのか?!」
「仲間はあなたでしょう」
情に訴えかけても、返ってくるのは溜め息ばかり。仲間意識が欠如しているのか、それとも魔王の影響か。同情する意思が微塵も感じられない。
「のに、する気もちはないのか....?」
「は?」
聖女の性質は善だ。
助けてくれ、と乞われて無碍にするような者はいなかった。だがエマはどうだろうか。
口から漏れ出た言葉は悔しさゆえか。ポロポロとルークは言葉を漏らす。
「どうして、金髪なのに」
「なに?聴こえないんだけ」
「仲間を庇護する気持ちはないのか」
「いやだから、仲間じゃ」
「貴方は聖女だ!その髪色こそが、そのなによりの証拠でっ」
「.......ねぇ、本当にやばいって」
一方的に声を上げるルークに、エマがたじろいだ。だが瞳にあるのは同情ではない。困惑。奇人を前にしたかのような表情に、ルークはさらに言葉を吐こうと口を開いた。
「眼科行った方がいいわよ」
気遣うような一言と共に、金色が視界に広がる。エマが髪を掻き上げたのだ。腕を伝うのは美しい稲穂のような金髪。銀髪とは似ても似つかない髪色に、口は次第に閉じていった。
「ストレスが眼球に来てるんだって、白内障とか心配だし、薬とか」
「すでにキメテいるかもしれんぞ」
「洒落にならんこと言うな」
ポカリと魔王が叩かれる。
親子のような友人のような。不思議な雰囲気を持ちながらも、親しげな空気を崩さないふたり。
ルークは無意識に拳を握っていた。
彼女は本物の聖女なのに。
正義の使徒と呼ばれる己ではなく、なぜ魔の化身である男と笑っている。
浮上した機嫌が急降下していく。
「まぁ、最初に行くべきは病院じゃなくて教会だけどね」
「いまさら無理であろう」
「軽減はされるでしょ?」
「いいや、無理だな。すでに契約はなされている。核ごと砕かねば除去できぬ」
「あらぁ.....」
「前は抑えられていたのだがな。誰かさんが庇護を剥いでしまったからな」
「わたしのせいだっていうの?」
「いいや、己が選択の結果だろう。エマを怒らせた奴が悪い」
ふにっ、と頬を白い手が摘む。
柔らかそうなエマの頬を、無遠慮に掴む事を許されている存在が妬ましい。
なぜ己は歯牙にすらかけられない。
俺をダシにいちゃつくのを止めろ。
不平が不満が首をもたげる。
前もそうだった。お前は最初から最後まで、俺を見ようとも....?。
前?前とはなんだ。エマに出会ったのは最近だ。前なんて。
「前もどこかで......?」
「見てみよ。ついに存在しない記憶を生み出したぞ」
「やだ、本当にキメて....?」
「結界を破壊するくらいだ。イカれているとは思っていたが、まさか本当にキメていたとはな」
エマに近づくでない。
ふたりは立ち上がると、ゆっくりと後退する。猛獣を相手取るような動きに、傍観していた獣人たちも各々距離を取る動きを見せ、ルークは我にかえる。
「ちがっ、在記してないから」
伸ばした手に肩を揺らしたのはデイビッド。なんでお前が反応する。
「早く病院行きな。あっ、別に今度は幼馴染だったとか言い出しそうで怖いとか思ってないから」
「早々に視界から消えるといい」
「村が焼かれて離れ離れとか、前世で自分を庇って死に別れたとか、魔王に攫われて洗脳....は言われたな」
「確定だな」
「自分で壊した結界を「きみのためにやったんだ!」とか言われかねない。早々にお帰りください」
「待って待って、俺はそんなーー
待て、今なんと言った?
ーーー自分が壊した?」
なにを、結界を、壊した?誰が自分とは誰のことだ。エマが、いいや違う。彼女にとっての自分は俺だ。
「俺が、なんだって?結界を?」
「そうよ。あなたが..........もしかして、なにも知らないの?」
こてりと首を傾げるエマ。
嘘を言っている様子はない。ただの世間話のような口ぶりで話す彼女に、ルークの心臓が嫌な音を立てた。
「結界を壊したのは盗賊だ。聖女を、仕組みは分からないが、聖女を使って結界を」
「それだけで壊れるわけないでしょ」
「でも、実際に」
「私が作った結界が、聖女で壊れるわけないじゃない」
彼女の言い分は最もだった。
水属性の魔物に水魔法をぶつけても、大したダメージは与えられない。吸収されたしまうからだ。それと同じ。
背中を嫌な汗が伝う。
「お、れの適性は光だよ」
「知ってる」
「なら!」
「でも、ヒビを入れたのはあなた」
どうやって。
喉が詰まって声が出ない。
知るのが怖い。
勇者は全ての属性の魔法が使える。自分の適性は光魔法であることに変わりはないが、それは使いやすいというだけ。
闇魔法をルークは使える。
魔族と同じ悪しき属性を、彼は使えるのだ。
“あいつは魔族との混血“
心無い連中の声が聞こえる。
「はぁ、はぁ.....」
“闇魔法が使えるんだろ?きっといつか人間に仇なすに違いない“
違う。そんなことしない。お前らが、そんなことを言うからーー。
「ヒビを入れたのは、あなたの」
「違う!」
「え、」
「違う、違うちがぅちがう違うちがう」
答えを聞くのが怖かった。
“だからあいつの両親もーー“
言わないでくれ。頼む。違う、俺の両親はちゃんと人間だった。俺が俺だけが異端で
「ルーク!!!」
「ーーーーっ、ーー?ある、と」
「こっちを見ろ!ちゃんと息を吐け!」
真っ黒だった視界に緑が灯る。
凍える身体が強く抱きしめられ、暖かな体温に荒い呼吸が整っていく。
どうやら息を吐くことを忘れていたようだ。
己が苦しかったことを認識した途端に、強張った身体から力が抜ける。
重い重い。身体が鉛のようだ。
「はぁ、は、はっ、」
「あんたら、こいつになにして」
アルトの怒鳴り声だけが聞こえる。
背中を摩る感触は柔らかいのに、誰かに向けられた言葉は針のように鋭い。
アルト、アルト、なんで怒ってるの。俺のせいかな、おれの.....あれ、なにを考えていたんだっけ。
途切れ途切れの思考はまとまらない。酸欠の影響か、記憶は曖昧で視界も朧げになっていく。
「......る、ある、」
「ルーク?!どうしました?!」
「あると」
彼の服を握りしめる。
嗅ぎ慣れたムスクの香りに、意識はゆっくりと薄れていく。
「.....っ!早くここから出ましょう」
「..........ん」
力強くアルトに手を引かれ、ルークは部屋を後にした。
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