43、虚空
「サラ!」
叫んだ時にはもう遅い。
異変に気がつき、走り出した時にはもう骸骨は空間に吸い込まれていた。
伸ばした手はサラを掴むことなく、虚空を掻いて落ちた。カラリと彼女の杖が地面を転がる。
「くそっ」
サラが吸い込まれた場所に手をかざす。
なにもない。
獣人村の門のように魔法で隠されているわけではない。ただ存在しない。
「空間移転か」
決まった場所に移動するポータルとは違い、望む場所へと移動できる特異の魔法。
強力ゆえに禁書に封じられたはずの魔法がなぜ。
「聖女喰いです」
「アルト」
「小屋にいた聖女は根こそぎ持って行かれた。盗賊連中も半数も残ってません」
「盗賊も?」
聖女喰いは聖女だけを狙うはず。
訝しげな顔をするルークにアルトは、ただ「焼かれた」とだけ答える。
「他は」
「縄が切れてる連中は逃げたと思いますよ。腰が抜けてなければですけど」
「そっか、うん」
仲間でなければ用はない。
虚空に手を伸ばす。
あるはずの物を探して空間に手を添えるが、精霊たちは応えない。対極の属性ゆえか、それとも熟練度の低さゆえか。
焦る気持ちをグッと堪える。
ゆっくりと手を下ろした。
解析・分析はふたりとも専門外。同属性の熟練者であればと思うが、獣人は総じて魔法が不得手。あとは、あとは
「エマちゃんか」
協力は絶望的だ。
「聖女喰いの行く先に検討は?」
「ひとつだけ」
「ならそこに.....いや当てずっぽうで行くのは、盗賊から情報は?引き出せない?」
「ルーク」
「盗賊の根城は?近くにないかな、地図とか情報があればそれで....あ、探知!アルト確か探知魔法が」
「ルーク!」
「ーーっ」
「落ち着いてください。焦りは禁物だって、あんたも分かってるでしょ」
「だって!だって.......っ、目の前で消えたんだ。手を伸ばしてくれたのに、俺はそれを掴むことすら......」
「ルークが悪い訳じゃないでしょう」
「だとしても、勇者なら助けなきゃ。あの時、ちゃんと手を取ってサラだけでも」
「ルーク」
「.......ごめん」
ごめん。
深く息を吐く。顔を覆って、深く。
聖女喰いの情報は極端に少ない。居場所もそうだが、捕らえた聖女をどうするのか。それすら情報が無い。
名の通り食べるのか。売るのか。それとも、他の娯楽に消費されるのか
サラの顔が脳裏をよぎる。
温室育ちのお姫様が、耐えられる環境ではないと焦りすぎた。
「ごめん、それは言ったら駄目だった。冷静になるから、ちょっと待ってね」
吸って、吐いて、下を向く。
転がったサラの杖を拾い上げ握りしめる。
いま、不安なのは攫われたサラだ。外にいる自分が冷静さを掻いてどうする。
吸って、吐いて、上を向く。
狭まっていた視界が少しだけ広がる。
「はぁ.......盗賊から情報引き出せそう?」
「無理だと思いますよ」
「逃げちゃってるか」
「はい、それに、向こうも仲間のことでいっぱいいっぱいみたいなんで」
「そっか半分.....」
「はい、長を連れて早急に脱出でしょうね」
「分かった。彼らは止めておこう。やっぱりテックの所に行って」
「りょーかい。ルークは?」
「俺は獣人たちに聴いてみるよ」
「閉鎖的な連中ですよ?無理じゃないすか?」
「レオくんみたいに外に出てる子も居るみたいだし、長はその辺詳しそうじゃない?」
「そりぁ、まぁ」
アルトが渋るのは、獣人たちが人間に友好的ではないからだ。今回の騒動でそれは顕著になったはずだ。
悪いのは盗賊だが、聖女が居なければ侵入されなかったのも事実。
嫌悪の対象である人間を、獣人たちが区別してくれるとは思えない。
「聞くだけ聴いてみるさ」
「........無理はしないで下さいね」
視線の先をルークが追う。先には騒ぎを聞きつけた獣人たちの姿があった。
壊れた小屋を見て悲鳴や怒声が飛んでいる。聖女を憂う声はない。拾えるのは小屋の破壊と侵入者に対する怒りだけ。
最初から見込みは薄い。
それでも。
「きっと善意に種族は関係ないよ」
「.........」
「傷付いた獣人を癒したのはサラだ。感謝してる子もきっといる....でしょ?」
「.....あんたが、そう言うなら」
「うん」
脳裏に浮かぶのはエマとレオくん。
人族でありながら魔族に手を貸し、悪事を働くエマ。
獣人でありながら敵対している人族に友好的だったレオ。
手を取り合うのに種族は問わない。
ルークは固く杖を握りしめた。




