41、お迎え
「ならさっさと拘束を解いてくれ。早いとこ親方を迎えに行きたい」
「ほいよ、ちょっと待てーー
小さな異音を耳が拾う。
それが大きくなるまで僅か1秒。
振り返る間もなく小屋を襲った。
研ぎ澄まされた生存本能がアルトの身体を後ろへと引かせなければ、彼の身体は今頃粉々に砕けていただろう。
重圧が耳を支配して、眼前では盗賊が黒い巨体に押し潰された。
紫色の炎が視界の端で揺れる。触れた彼らは、声を上げることもなく灰へと還った。
「おうおうおう?なんか、引いちまった」
「きっとゴミだよ」
炎の向こう。厳つい二輪の巨体の向こうから、幼い声がした。
「は」
息を詰める。
消えた。消えた。小屋も檻も人間も、目の前から全てが消失していく。
燃えたのか、いいやあれは違う。飲まれたのだとアルトは思った。
脳が警笛を鳴らす。本能がアレには勝てないと訴えかけてくる。
「いいいいいいいいいやぁああああああああふっぅうぅぅぅううううう」
「あ、あんまり騒がないで」
甲高い声がこだます。
頭の悪いイカれたパンピーのような声が、脳を揺らす。イキった若手が路地裏でボコボコにされる前の、そんな日常的な声が心臓の鼓動を早くする。
なぜ、なぜ。そんなことはいい。
一刻も早くアレから逃げるべきだ。
詰まりそうになる喉をアルトは抑えた。
「おっとベイビィ、なにか引いちまったみたいだぜぇ?」
「き、ききっとゴミだよ」
「そうだな!こんなボロ屋にいるのは捕らわれのお姫様と.....ゴミくらいなもんだよなぁあ!」
視線があった。
アルトではない。カリアゲとアレの目だ。恐怖で身のすくんだカリアゲは、悲鳴を上げることなく燃えた。
声はない。叫びはない。息遣いすら紫の炎に巻かれて灰になる。
ーー目を合わせたら焼かれるのかよ!
彷徨わせていた視線が弾かれたように、地面へと向けられる。
確認できた人影は1つ。
1人はなにか乗っているのか、己よりも遥か上に姿がある。だがもう1人。甲高い声の主が見つからない。
ーー目的はなんだ。なんでここにきた。
情報が足りない。
だが視線は上げられない。
音を辿ろうにも奇怪な爆音で、声すら掠れ掠れにしか拾えない。
魔法の種類は、属性は、性別は。
顔をあげるだけでリスクが付き纏うこの状況で、どれだけの物を持ち帰れる。
ーーせめて、人数だけでも
硝煙と土煙の向こう側。
死の臭いが立ち込める檻の向こうに、アルトは視線を向けた。
魔眼のトリガーは目を合わせること。
見るだけで魔法が発動するなら、オレはもうこの世にいない。魔眼の確率が高い。
それなら、まだ勝機はある。
「早く救出し、して戻ろう........外は怖いよ」
「おーけーおーけー!」
目を凝らした先から気弱な声と、無駄にテンションの高い声が飛んでくる。
後者は確実に男だが姿が見えない。
声はふたつ、人影はひとつ。
どこだ、どこに隠れていやがる。
「おいおいおい、聞いてねぇぞ!なんでアイツがここに居やがる!」
「3日前にドーレイ国に居たんだろ?!情報屋はなにをやってる!」
「あそこから獣人村まで来たっていうのか.....?」
「そんなわけねぇだろ?!ドーレイ国の反対側だぞ!」
「でも相手は『聖女喰い』だぞ!なんか特別なま、ほぅ.....でぁ、ぇ.......?」
「ソリコミ!?」
怯えて顔を上げたソリコミが、炎に巻かれて消えていく。痛みはない。本人にすら燃えたという自覚は訪れない。ただ身体が燃えた。
その現実だけが、ソリコミを襲う。
なんて素敵な安楽死。
土煙の向こうで笑う声がした。
「くそっ、くそくそくそ!おいお前!早く俺たちの縄を解け!このままじゃ、全員仲良くお陀仏だ!」
「無理な相談ですね」
「情報は渡しただろう!」
「状況が変わりました。下手に動かれると、オレが死にかねないんで」
「狙いは聖女だ!俺たちは眼中にねぇんだよ!理解ってんだろ!?」
聖女喰い。
場所、時間を問わずあらゆる場所に現れる神出鬼没の化物。
狙うは聖女のみ。眼中にあるのは聖女のみ。目的は聖女のみ。
生かして、捕らえて、連れ去る。
その過程に誰が居ようと、何があろうと見向きもされない。死のうが生きようが『聖女喰い』には関係がない。
だから聖女は生きている。
だから盗賊は燃えた。
だからアルトたちは生きている。
認識さえされなければ、アレにとって己らは空気と変わらない。
「さっさと縄を」
「黙れって言ってんのが分からねえのか」
喚き散らすモミアゲの口を塞ぐ。
飄々とした口調はなりを顰め、盗賊は思わず息を呑んだ。
「下手に動いて認識されたら燃えるっなんで分かんないんすか」
「ーーーーっ」
「目的が聖女なのは理解してますよ。だから、さっさと持っていって貰うのが1番安全だって分かりません?」
「・・・・、・・・・」
「理解したなら黙ってろ。馬鹿に巻き込まれて死ぬなんてごめんなんでね」
必死に頷くモミアゲの口から手を離す。状況を理解した他の盗賊たちも、息を潜めて下を向いた。
そうだよ、それでいい。
「み、みみ、見つけたよぉ」
「オーケー、でかしたぜ相棒!」
「檻に入れられて、かかわいそう。早く連れて帰らなくちゃ」
「おうよ!ナイスでくぅぅぅぅううるなお家にご招待ってなぁ!」
甲高い声と共にロープが発射される。ただのロープではない。
紫色の炎を纏ったそれが檻に飛んでいくと、まるで生きているかのように巻きついた。
「じゅ、準備できたよ」
「感謝するぜ相棒!それじゃあ光の速さで帰宅するとしようぜ。俺たちのマイホームに、な」
「うん!」
「飛ばすぜ!しっかり捕まってな!」
ギュルルルル、と回る回る。
奇怪な破裂音がして、勢いよくそれが青空の向こうに飛び出していく。
身の丈ほどもある大きな黒い二輪。操縦者に不釣り合いなほど、ガタイのいいフォルム。タイヤから伸びるエナメル質な漆黒の外装が、紫の炎を纏って空を駆ける。
バイクだ。
あの奇怪な音の正体はエンジン音。声が上からしたのは、バイクに乗っていたからか。
気づいた時にはもう遅い。人間では到底追いつけないスピードで、バイクは走り出していく。
檻を引きずって。
「っ!待ちやがれ!」
背を追って走り出す。
声は2つ。操縦者はひとり。もうひとりの影が見当たらない。
森の中を走る走る。
木々の隙間を縫うように、相手に己の姿を認識させないように一定の距離を保ちながら走り抜ける。
捕えるつもりはない。
聖女の安否に関心はない。
欲しいのは情報だ。
万が一、億か一、聖女喰いと対峙した時の情報がいる。オレが生きるために。ルークを生かすために。
「せめて、声の主だけでも」
エンジン音で声はもう聴こえない。
だが、会話をしているのか口が動いていた。いる。やはり2人いるはずだ。
一体どこにいる。
妖精、小人、それらしい姿を目は捉えない。ヘッドライト部分に付けられた骸骨のぬいぐるみだけが不自然に揺れているだけで、それらしい種族もいない。
焦りがアルトの呼吸を荒くする。
冷静さを欠いて酸素を奪っていく。
早く早く早く。
あと数分もしないうちに獣人村の端についてしまう。
早く早く、情報を。
オレじゃあ『聖女喰い』に勝てないから。
「ーーーぁ、し」
「ーはーーーーーーーしゃ」
人の気配を耳が拾う。
有力な情報を得られないまま里に降りてきてしまった。潮時か。
アルトが足を緩める。
これ以上の追跡は無理だ。あとは適当に後ろを追って、聖女奪還に失敗したとアピールするだけでいい。
「お?おお?おいおい!今日は随分と御盛況だなぁ!元気な聖女ちゃんまでいるじゃねぇか!」
「え?!本当に」
「都市伝説じゃあねぇ!野良の元気な聖女ちゃんだ!」
「え?え、どどどうしよう」
「そりゃあ勿論」
「勿論?」
「攫ってやらねぇぇとなぁぁぁぁあ!行くぜ相棒!」
「う、うん!!」
聖女を感知することが出来るのか。
アルトが目を見開く。
最悪の展開が頭をよぎた。
村にいまいる元気な聖女など、ひとりしか思い当たらない。銀髪に揃いの瞳をしたーーーー。
「ーーーー逃げろ、サラ!」
「え?」
叫びは届かない。
見慣れた銀髪が風に攫われた。
「サラ!」
伸ばした手は届かない。




