39、裏切り
崩れ掛けた扉を潜る。
一歩進むたびに床が嫌な音を立てた。
この馬小屋は久しく使っていないと聞いた。床が腐っているのだろう。カビの臭いが鼻をついた。
シダだろうか。壁はびっしりと植物の根で覆われ、年月をかけて森と同化したことが伺えた。
そこに異物が2つ。鎮座する真新しい檻だけが、この空間では浮いていた。
「どうも」
檻の中で喚く男たちに声をかける。
捕らえた盗賊はギロリと声の主、アルトを睨みつける。軽薄な挨拶をする間柄ではない。警戒するのも当然だ。
「みなさん起きてます?」
「なんのようだ」
「いやぁ、ちょっくら話でもしようと思いましてね」
「出所なら話さねぇぞ」
「俺たちにもプライドってもんがあるんでね」
「はっ、出所ねぇ」
「なにがおかしい」
話さないと豪語する盗賊の言葉を、アルトは鼻で笑った。語気を強める彼らを見下ろし、片手を振る。
「ちがうちがう。なに勘違いしてるんすか。オレが聞きたいのは仕事の話っすよ。割のいい仕事、いくつか持ってるんでしょう?」
「あ?」
「勇者一行なんて儲かりそうでしょう?でも残念、給料は安いし、仲間は金持ちのボンボン。毎日毎日、我儘な綺麗事に振り回されていい加減うんざりなんすわ」
吸いますね。
断ると懐からタバコを取り出す。手慣れた仕草で火を付けると、ゆっくりと煙を天井へと飛ばした。
枯れた姿に盗賊たちが笑う。とても煌びやかな勇者一行にいるとは思えない。上手に隠しているが、今のアルトから滲むのは自分たちと同じ血と硝煙の臭い。
盗賊の警戒心が緩むのが手に取るように分かり、内心で口角を上げる。
下町の奴らは情に厚くて助かる。
「給料ももらいましたし?潮時かと思いましてね」
「同業者か」
「似たようなもんすよ」
煙を輪っかにしてポンポンと頭上へ打ち上げる。器用なもんだ、と彼らは笑った。
「んで、あるんでしょ。いくつか紹介してくれませんかね」
「言うと思うか?」
「話してくれますよ」
地獄じゃあ通行料にしか使えない。
吹かしていたタバコが頭上へと投げられる。モヒカンがそれを追って視線を上げると、耳元で声がした。
ヒヤリと冷たい感覚。
鼓膜を揺らす蜜のある声と対照的な感覚に、ぞわりと背筋が際立つ。
息を呑んだのは背徳ゆえか、それとも首元に突き付けられたナイフのせいか。
「ーーっ」
「いくら金が大切なあんたらでも、命がなきゃあ意味がない」
「てめぇ!もっちゃんから手を離せ!」
「正直面倒なんすよね。憲兵まで連れて行くの。オレとしては、死んでもらったほうが都合がいい」
「........お前本当に勇者一行か?」
「合わないって?自覚してますよ。だからお仲間を募集中ってね」
降下したタバコは、いつの間にかアルトの手の中にあった。呑気にタバコを吹かしているが、そこに隙は見当たらない。殺す事に躊躇いも感じられない。断ればこの小さなナイフは間違いなく己の首を掻き切るだろう。なんの躊躇もなく。
ひゅっとモヒカンの喉が鳴る。
感じたことのない初体験に、頭がどうにかなりそうだ。
「一応まだ勇者一行なんでね。こういう非道な?尋問をしてるって、知られると怒られちゃうんすよ」
「へぇ」
「なんで筋書きはこうです。隠し持っていたナイフで逃走を図るも、報酬の分配で揉めて同士討ち」
「だから、そのナイフなのか」
「御名答」
アルトが手に持っていたナイフは、エマ奇襲時に使用された物と同じ形。盗賊が好んで使う市場では滅多に出回らない代物。
例え惨殺されようとも、凶器がこれではろくに調べもされないだろう。
盗賊の命は軽い。
「そんな脅しが効くかよ!」
「脅しかどうか、試してみます?」
モヒカンの首筋を血が伝う。
盗賊たちの持つ粗悪なナイフとは違い、アルトのナイフはよく切れた。手首を返す、ただそれだけの仕草で薄く首の肉を抉る。
「ーーッ!」
「モッちゃん!」
「情報も仕事も落とさないあんたらは、今のオレにとってゴミ同然なんすよ。壊そうが破棄しようが関係ない」
「てめぇ......っ!」
「選ぶ権利があると思いました?残念、最初から選択肢はひとつだけなんすわ...........死にたくなきゃ口を割りな」
その眼光に軽薄さはない。
盗賊にとって仲間以外の命が軽いように、アルトにとっても自分たちの命は軽い。同業者なのだと思い知る。
この男は口先だけではない。
ごくりと唾を飲んだのは誰か。モヒカンの限界が近い。気付いたスキンヘッドが口を開いた。
「なあ、もっちゃ」
「いいぜ」
「んは、って、おい!勝手に」
最初に提案に乗ってのはリーゼントだった。静観を貫いていた男は、愉快そうに目尻を下げてアルトを見ていた。
「獣人は仲間意識が強い。勇者がなんて言おうが俺たちは殺される」
「は?!」
「まじかよ」
「森の中に引き篭ってる閉鎖的な連中だぞ。同じ獣人ならまだしも、敵対してる人間相手に容赦するかよ」
「じゃ、じゃあオラたちは」
「良くも悪くも死ぬ。拷問が長いか短いかの違いしかねぇだろうな」
「よくお分かりで」
アルトに拷問されるか、獣人に拷問されるか。選択肢は2つに1つ。
提案に乗らなくても、オレを選ぶことをお勧めしますよ。
笑うアルトに盗賊たちは、真っ青になった。
「それなら、お頭は」
「情報を売ったら逃がしてくれるんだよな」
「情報次第ですけどね」
「わかった」
「おい、いいのかよ。もしかしたら親方に」
「そのためだろ」
「あ?」
「助けるためにここから出るんだ」
「・・・・・・・」
盗賊の頭は獣人たちと一緒だ。
温厚なルークたちもいるのでその場で拷問にはならないが、そんなこと彼らが知るはずもない。
正義に熱い気狂いと獰猛な獣人。
親方はどうなっているのか。もしかしたら今頃.....気が気ではないはずだ。
「まとまりました?」
「ああ、いい仕事紹介してやるよ」
仲間意識の強さを突いてみたが、案外上手く行くもんだとアルトは内心でほくそ笑んだ。
猛暑が続くので水分補給を忘れずに!
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