37、喪失
「待ってくれ!」
静止の声が背中から飛んでくる。
振り返ればそこには勇者と聖女の姿があった。さて、どうしよう。
▽立ち止まる
▽倒す
▼無視する
面倒くさそうなので無視することにした。
残念、回り込まれてしまった!
「なに、急いでるんだけど」
「え、エマ、ちゃん.....あの、」
「・・・・変質者?」
「違うよ!?」
開口一番に名を呼ばれ勇者に侮蔑の視線を向ける。変質者....この場合はロリコンか?は犯罪ではないが、声をかけたら犯罪なんだぞ。
それに、とエマは神経を疑う。
さっき殺そうとしたくせに、親しげに話しかけてくるのなんで。
「用件は」
「助けに来たんだ。早く一緒に逃げよう」
「一昔前に流行った誘拐?そんなのに引っかかる子どもは、もういないわよ」
「ちがっ.....誘拐されたんだろ?お家まで連れて行ってあげるから」
「うわぁ、ガチじゃん」
「引かないで、なんだよ」
完全に誘拐犯の台詞を吐く勇者に、エマは思わず後ずさる。親戚でもないのに家を知っている時点でアウトだ。
今代の勇者気持ち悪っ。
「勇者さま気持ち悪いです」
「サラまで!?なんで!」
「自覚がないところがさらにアレですわね.....」
仲間にすら一歩引かれる勇者。
嘆きの声を無視してサラが「よろしいですか」と声を出した。
勇者に任せると、話が進まないと判断したらしい。英断だ。
「エマさん、あなたは魔王に攫われたことになっています」
「へぇ」
「.....驚かないのですね」
「想定内だからね」
「では、同意上での行動だと?」
「同意ではないね」
庭先でクレーター作られたら、選択肢など無いようなものだ。同意どころか、半ば脅迫される状態でここまで来ている。
全然、まったく、これっぽっちだって同意などしていないのである。
旅は楽しいけど。
メロンとか食べられるし。
「なら.....!」
「もういい?(メロンを)待たせてるんだけど」
「戻る気はないのかな?」
「誘拐犯と戻る気はないかな」
「だったら、俺たちに協力してほしい」
「話聞いてた??」
「一緒に魔王を倒そう!」
「ねぇ、本当に聞こえてる?耳ついてるよね。飾りじゃあないよね?」
それとも、旧式と見せかけた新手の誘拐犯なのだろうか。
ある日突然、正義のヒーローから魔王を倒す旅に誘われる。子どもが好きそうなシチュエーションではある。
それはそれとして、現在進行形で誘拐され中の可哀想な庇護対象に言う台詞ではないが。幼児を血生臭いことに参加させようとするな。
「光魔法を使えるだろう?それも強力な。その力は戦力になるし、旅に同行してくれれば俺も心強いんだ」
「.......あ?」
こいつ、わたしを脅したのか。
勇者の好感度がマイナスに振り切れた瞬間だった。
光魔法が使える者は総じて国に管理される。使用者ならび保護者は申告の義務があるし、怠れば罰則対象となる。最悪処刑だ。
行けば執行猶予が付くが、旅が終われば奴隷にされることは確定。
どちらを選んでも地獄。
選択肢など最初から決まっている。
「いやよ、死んでもイヤ」
「死んでもって」
「わたしにメリットゼロ」
「勇者の旅にはお給料が出るんだ。当然エマちゃんにだって入るし、それに」
「金をやるから奴隷になれって?頭が沸いてるの?」
「奴隷じゃない。聖女だ。人のために使命を果たす聖なる乙女だよ」
はぁ、深いため息が出た。
王都からここまで聖女に触れる機会は、何度となくあったはずだ。対話すれば、いや、その顔さえ見れば、彼女たちの扱いなど早々に理解できるはずだ。それなのに。
害悪、口にした言葉は声にならずに喉の奥に消えた。
「.....協力はしない」
「魔王は悪だ。魔物をけし掛けて人間を襲う悪い存在なんだよ」
魔物が増えたのは、シオンが封印されてからだ。むしろ彼は手持ち無沙汰にスライムを潰して遊んでいたはずだが。
まじ無能。
勇者教育で洗脳されたイカれた人形め。
「光魔法が使えるのは天から祝福を受けた者だけ。エマさん、あなたは特別なのです。それに応えたいとは思いませんか?」
「わたし、急いでるから」
「魔物が減れば世界が平和になる。そうすれば、エマちゃんのご両親だって」
踵を返した瞬間だった。
勇者の言葉に眉が吊り上がる。押し込めていた魔力が、圧力となってエマの身体から漏れ出す。
赤。赤い怒りが、明確に形となって、勇者たちを威圧する。
「お母様が、なに」
気圧されたのか勇者は答えない。
口を魚のように動かすが、言葉は声となって現れることはなかった。
サラは真っ青になって、震える手で杖を握りしめていた。
「国に殺されることが本望だとでもいいたいの?実の娘が奴隷になることが、喜びだとでも?」
「それは」
「いいわ。決めた、いま決めた。お前はなにを言っても理解しないから、見せるわ。弱者側にしてあげる」
エマの言葉にサラが過敏に反応する。
滲み出る圧が、その言葉が、過去に見た書籍と重なる。
もし、あれが真実なのだとすれば。
引き起こされる最悪のシナリオを予感し、サラは静止の声を漏らす。
「.....まっ!」
「なに」
「お待ちください!それは......っ、お願いです!待って!」
「待たない」
「いけません!それでは」
「初めたのはお前たち。この結末もお前たちが招いた当然の結果。謹んで受け入れるといいわ」
「奪うのだけはー」
「わたしはお前を許さない」
剥がれ落ちた。
全身をナニカが剥がれて消えていくような得体の知れない感覚。背中に悪寒のようなものが走り、ルークは腕を擦った。
だがそれも一瞬のこと。
「ーーー、ーーー?なんとも、ない?」
「あ、あっーー、」
寒気も違和感も霧散し、後には残らなかった。不思議そうに両手を見るルークを、サラが真っ青な顔で見つめていた。
「己が罪故の結末だ。噛み締めるといい、大事な者が壊れていく様を」
「お。おまちくださ」
「分をわきまえよ。発言を許した覚えはないぞ」
「あ」
「偽物は偽物らしく、舞台の上でただ踊っていればいい」
「・・・・・・はい」
冷たく言い放つと、エマはさっさと歩いて行ってしまった。
引き止める者はいない。
ルークはエマの物言いに唖然とし、サラは萎縮し切っていた。
「急になんなんだ?」
「勇者様」
「どうしたの?サラ?」
「感じませんか」
「感じる?」
「なにも、なにも分からない?と」
「どうしたのそんなに怯えて。たかが子どもに睨まれただけじゃないか」
「そう、ですか」
もう、勇者様には無いのですね。
それっきり、サラがこの話題に触れることはなかった。
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