36、魅惑の果実
喧しい一行を無視して、杖をふりふり村を回った。馬車で来た聖女は出涸らし同然、お姫様は使えないし獣人は回復魔法が不得手。
もう、エマが重い腰を上げるしかなかったのだ。
「ふざけるな!誰が人間になど」
「死んだほうがマシだ!」
わんわん、きゃんきゃん。
吠える声を無視して適当に治療を施す。
やかましすぎる奴には最低限、止血だけして次へ。次へ。
「子どもたちを解放しろ!」
「俺を解放しろ。そうしたら、考えてやってもいいぜ」
「こいつ!?」
そうしてようやく治療を終えて、部屋に戻ったのだがまあ姦しい。
どうしてこう、静かに出来ないかな。
部屋を満たす怒声を無視して、エマはてこてこ入室する。
動いたらお腹が空いた。
なにか食べるものはないだろうか。
「戻って早々なにをしている」
「魔法使ったからお腹すいたの」
机の上のクッキー缶を手に取ると、シオンがいつの間にか隣にいた。蓋を開けようと奮闘していると、缶が攫われる。開けてくれるのかと思いきや、懐に抱え込んでしまう。
どうして。
「メロンは良いのか。冷やしておるのに」
「クッキーは前菜だよ」
「そうか」
納得したのか返却されたが、中を開けると10枚も入っていなかった。
シオンの口元を見れば食べカスが。
どうやら先に食べていたらしい。
なんだよぉ、人のこと言えないじゃんか。
エマはぷりぷりと頬を膨らませた。
「あんでもめへんの(なんで揉めてるの)」
「こら、はしたない」
「んぐっ.....食べカス食べるほうが、はしたないでしょ」
口の端に付いた欠片がシオンの口へと運ばれる。食べるな食べるな、と腕を叩くが一向に止める気配がない。
どの口がはしたないとか言ってるんだ。
「今ここで殺してもいいんだぞ」
「そんな脅しが効くとでも?俺たちを殺せば、二度とこの魔道具は開かない」
「お前の言葉は信用できない」
「なんとでも、試してみればいい」
「ルイよせ!本当だったらどうする」
サクサクサクサク。
クッキーを食べる手が止まらない。
相変わらず口の端を拭われながら、エマはことの成り行きを見守っていた。
どうやら、開ける開けないで揉めているらしかった。
「サラ、どうにか出来ないか?」
「わたしくの専門ではありませんの」
「そうか」
申し訳なさそうに眉を下げるのは、先ほどシオンを怒鳴ったお姫様。
打って変わってしおらしい。勢いをどこに置いてきたのだろうか。
彼女は国1番()と名高い聖女様。なんでも物理。力技でどうにか出来るだろうに、か弱い女でも演じてモテようと画策しているのだろうか。
政略結婚させられる前に相手をって話か。
なるほど生存戦略。
ボール1つ開けられないなど、勇者一行の回復担当としてはお里が知れるが、人生かかってるんだ仕方がない。
「治療は?」
「ぼちぼち、死んだ奴は戻さなかった」
「得策だな」
「あとは大人しければ軽症、喚いたら中傷程度には治したかな」
「なんだ止血程度で良かったのだぞ」
「はっは、まじ謀反起こされるぞ」
魔王とは魔族の王様のはずだが、民相手にそれでいいのか。
甚だ疑問は残るが、よそ様の土地だ。やり方が違うのだろう、と無理矢理飲み込んだ。
「エマさん」
「なぁに」
エマの帰還に気がついたのか、デイビッドが駆け寄ってきた。
「お食事中に申し訳ない。盗賊と聖女たちの行方が知りたくて」
「檻に入れてきたよ」
「一緒にですか!?」
「別々にだよ」
後ろで警戒する恩知らずとは裏腹に、懐っこい様子のデイビッド。素直に行方を教えてやれば、サラが素っ頓狂な声を上げた。
被害者と加害者を、一緒に入れるバカがどこにいるんだよ。
「なにか情報は取れましたか?」
「マントの人が「俺ならすぐに情報を吐かせて見せますよ」とか言うから、任せてきた」
「エマ」
あーん。
サクサク。
横から差し出されたクッキーを捕食。
「魔道具のことなどは」
「聞いてない」
「そうですか.....」
「わかる範囲で良いなら見るよ」
「っ!ぜひに!こちらなのですが」
「どれどれ」
デイビッドから手渡されたのは、中央にボタンの付いた古びた石のボール。
中身が空だと、物にぶつかった瞬間自動的にそれを吸い込む仕組みのものだ。
「捕獲用の魔道具だと思うのですが」
「えー!旧式じゃん懐かしい」
「きゅうしき?」
「結構(50年)前に廃盤になったのに、なんで持ってるの?」
こんな化石使うほど資材がないのか。
それともレトロブームってやつなのか。
どちらにしても、随分とクセの強いものを使っている。
「これ失敗作なんだよね。捕獲用に作ったんだけど、酸素が中に通らなくてさ」
「......は?」
「使えないから全部処分されたはずなんだけど、こんなのどこで」
「おい!」
「なぁに?」
へえ、と興味津々に魔道具を眺めていると、盗賊の親方に呼ばれて振り返る。余裕そうな表情は、随分と焦ったような顔に変わっていた。
「酸素が通らないってどう言うことだ。中身はどうなる」
「窒息するんじゃない?」
「おいおい、冗談にしても笑えねぇぞ。そんな世迷言で、俺が魔道具を開けるとでも思ったか」
「.....冗談ですよね?」
「冗談?どうして?」
エマが首を傾げる。
サッとデイビッドの顔が青くなる。親方の顔色も心なしか悪い。
「おいおい、嘘だろ。冗談だって言ってくれ!聞いてねぇぞちくしょう!」
引き攣った声で、やや乱暴に吐き出された言葉。騙された、と舌を鳴らす親方にルイが掴みかかる。
「どういうことだ。聞いていないだと?!」
「どうも何もそのままだよ!中身が酸欠で死ぬなんて、聞いちゃあいねぇのさ!」
交渉して値段を釣り上げるつもりだったのに、と親方が漏らす。
「あー、くそ。これは専用の鍵が無いと開かねぇんだぞ.....」
「鍵は!?」
「雇い主だよ」
「名は!」
「知らねぇよ!」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃねぇよ。いちいち調べて仕事なんて出来るかってんだよ」
胸ぐらを掴むルイに吐き捨てる親方。利益が出ないどころか、殺人の罪まで着せられそうになり苛立ちを隠しきれない。
「どうにか開ける手段はないのですか」
「物理的に開けるのは」
「リスクが高すぎる」
魔道具は魔法の込められた特別な物だ。決められた手順以外で使用すれば、何が起こるか分からない。
当然、中身が無事な保証もない。
ペロリと口の端を舐める。
だが開ける手立てが無いわけではない。
魔法使いなら誰でも知っている基礎中の基礎のはずだが、なぁぜ誰も提案しないのか。
彼らの考えはよく分からない。
「そろそろか」
缶の中身を食べ切ったエマ。その口を丁寧に拭っていたシオンが、ぽつりと呟いた。
そろそろ、とは。
一行が次の言葉を待つ中で、エマだけはそれを正確に理解した。
パッと、表情が華やぐ。
「メロン、冷えた!?」
「ああ、程良い」
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。白狐も待ってるだ」
「今はそれどころではないだろう!」
エマの声をルイの怒声が遮る。
灰色の瞳を吊り上げて、エマに向かって威嚇をやめない。
「むっ、なによ1番美味しい時に食べたいじゃない」
「低脳な人間には物事の優先順位も付けられないのか!同胞の命がかかっているのだぞ!」
「開ければいいじゃない」
「それが出来ないと何度も!」
「おいおい、そんなに怒鳴るなよ。相手は子どもだ。小難しい話なんて分かるかよ」
庇ったのは親方だった。
まさかの参戦にエマが驚く。
盗賊なんてやってるから、子どもにも冷たいと思っていたが違うらしい。そういえば、尋問の時も殺すつもりはないとか言ってたな。
あのな、と柔らかい声色で親方は話す。
視線は穏やかだ。
己を昏倒させた相手に向ける眼差しにしては優しすぎるな、とエマは心配になった。
「いいか、このボールは鍵が無いと開かない。でも俺たちは鍵を持ってないんだ」
「開くよ。『だってそれはただの玩具だもの』」
「嬢ちゃんがいくら強くても、家の扉は鍵がないと開かないだろ?それと同じでこれは開か、な.....ぃっ....は?」
くすねた安物の杖が振られる。
ただそれだけ。それだけで、魔道具はなんの抵抗もなく一斉にその口を開けた。淡い光が漏れる。光と共に魔道具から吐き出されたのは、獣人の子どもたち。
「ほら、開いた」
「開いたって、おまえ冗談もほどほどにーー開いてる、え?開いてる?」
ぐるりと女子どもを見渡して、知り合いが居ないのを確認。ならいいか、とエマはくるりと踵を返す。
「あ、洗脳付与されてないか確認しなよ。後が面倒だからね」
愉快そうなシオンの手をとって、驚愕に震える彼らを置き去りに扉を潜った。
「メロン、メローン。うふふっふふふ」
「ご機嫌だな」
「だってメロンよ?高級食材よ?滅多に食べられないんだから」
「先ほども食べたがな」
「2個食べても幸せは半減しないから、いいーの。それに今回はちゃんと冷えてるし?冷えてるし?」
「そういえば、今朝のは温かったな」
「そうそう、直前で冷やしたけど満足な出来にはならなかったから」
白狐も誘いましょ、と足取り軽く歩き出す。
頭はすでにメロンのことでいっぱいだ。置いてきた白狐を迎えに行って、冷え冷えキンキンなメロンを味わう。
うん、完璧な計画だ。これに美味しいお茶でもあれば言うことないのだが。
「茶であろう?取って来るから、先に行って待っておれ」
「さすがシオン!」
普段思考がリンクすると気持ち悪いことこの上ないが、こういう時は喜ばしい。
ひらひらと手を振って去っていくシオンの背中を見送って、エマは白狐の元へと踏み出した。
「待ってくれ!」
静止の声。
耳障りな男の声がエマを呼び止めた。
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