34、探し人
「魔王です」
怯えた声が告げる。
悲鳴をあげないのはプライドゆえか。
それとも、魔王と呼ばれた男がその力をセーブしているからか。
黒い外装に夜空色の長髪、長い睫毛が縁取るのは血色の瞳。
少女に笑いかける姿とは裏腹に、身が竦むような膨大な魔力を感じる。
闇だ。アレは闇そのものだ。
意識せずとも魔王の異常性は明らかだった。人ではない。人の形をした闇が、少女の前に。
「ーーーにげっ」
「シオンも降りてきたの?」
「ーーっ」
逃げろ、口にした言葉が途切れる。
軽口を叩く様子はあまりにも親しげで、眼前の光景を信じられない気持ちで見つめた。
「ああ、きみが虫歯菌に犯されると思うと、いてもたっても至れなくてな」
「言い方」
逃げろ、それはバケモノだ。
今にも叫び出した方がいいのに、憚られるほど彼らは睦まじい。
逃げろ、魔王なんだ。それは。
ーー本当に?
少女へ向ける甘い感情が、魔王へ向ける柔らかな眼差しが、ルークの思考に影を落とす。
ーー本当に?
アレは魔王か。
「これがNTR」
「わたしシオンのじゃない」
「エマの物はエマの物で、余の物もエマの物であろう?ならばその逆も然り」
「ははは、バカいえ。一方通行に決まってるでしょ」
「なるほど、これが片思い。ふふっ、きみはいつも新しい感情を余にくれる」
「ポジティブなの?」
悪意は甘言は虚言は。
聞こえない。見えない。男の顔にあるのは、そんな陳腐で耳障りの良い戯言ではない。本物だ。少女に向けられるどれもこれもが、飴玉のようにカラフルで甘い。
「勇者様」
サラも同じ印象を抱いたらしい。
震えはいつの間にか止まっていた。
様子を伺いながらも、ルークに回復魔法をかけ始める。
柔らかな光が身体を包むと、打撲と擦り傷だらけの身体が熱を持ち傷が塞がっていく。
魔王に動きはない。
魔法を行使してもルークたちに一瞥もくれることなく、少女との会話を楽しんでいる。
「攻撃の意思は無いみたい」
「眼中にないことを嘆くべきか、手負で追撃されない幸運を喜ぶべきか。悩みどころですけどね」
「はは」
アルトの軽口に緊張が混じる。
懐に忍ばせた腕は未だ抜けない。
油断をすれば、瞬きの間にルークたちの首は落ちるだろう。
魔王はルークよりも速い。
突きつけられた現実は、魔法を行使し重だるい身体にずっしりとのし掛かる。
「彼女が“エマ“さんでしょうか?」
「そうだろうね」
幼い身姿に輝く金色の髪、白い肌に映える空色の瞳。突き出た腹はさておき、戦闘直の高さまで、街で聞いた通りのものだ。
デザートクラブを一掃したのも頷ける手腕の持ち主。
彼女がエマで間違いないだろう。
「仲良さそうっすね」
「洗脳されている様子もありません。そうなると、やはり.....」
「自分から着いて行ったのかな」
「詳しく見ないと分かりませんが、でも」
「うん、そうは見えない」
高度な洗脳はかけられた本人ですら、気付くことが出来ないと聞く。
相手は魔王。無いとも限らないが、ルークは洗脳とは思えなかった。
高揚と絶望が胸を締める。
「まだ洗脳されてないって言いきれませんよ。話術が巧みな奴は、いくらでもいるんで」
あれなら、騙されやすそうだ。
アルトがエマを指差した。
魔王の圧に怯え縮こまっていた精霊たちが、エマの周りで踊っている。
少女が純真無垢であることの象徴だ。
「魔法を使わずともってやつですよ」
「それでは」
「確かめる術はありますが、解く術はありませんね」
「そんな!」
「........ひとまず接触してみよう。違和感があったら、アルトは分かる?」
「まあ、心得てるんでね」
「分かった。任せるよ」
方針は決まった。
ひとまずは協力を。盗賊から情報を引き出し、折を見てエマに接触する。
アルトの診断を待ってからでも、対応は遅くないはずだ。
「はい、お終い。そっちは?」
「終わった」
「情報を吐かせるから適当に縛っておいて、わたしは怪我人見てくる」
立ち尽くす獣人たちを尻目に、掃除でもするような気軽さで邪魔者は排除された。
ひらひらと手を振ってシオンから離れると、ルイにベルトを手渡し、そのまま歩いて行ってしまう。
「け、怪我人ならわたくしも!」
はっ、と我に返ったサラが駆け出す。接触のチャンスが巡ってきた、とルークも小さな背中を追いかけた。
洗脳か崇拝か、はたまたそれ以外のなにかなのか。
ルークには判断ができない。
いまは協力関係なのだと認識させ、次に会う約束を取り付けるのが先決だ。
アルトに見せるのはそれからだ。
「魔法による洗脳でありますように」
呟いたのは同情ゆえか、それとも。
己が胸に宿った感情にルークはまだ名前をつけることが出来なかった。
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