33、鼠の抵抗
「終わんな終わんな。打切りしないから」
軽口と共に少女が酒瓶を振るう。
酒瓶は親方を昏倒させた時点で注ぎ口だけとなっていたが、少女の手際に変わりはない。向かってくる盗賊たちの意識を一撃で刈り取る。見事な手腕にルークは簡単の声を漏らす。
「すごい、あんな重そうなのに」
彼女の一撃は見えない。
腕を振るう動作は目で追えるのに、酒瓶が頭部を捉える瞬間を目視できない。ルークが酒瓶を視認した瞬間に、酒瓶はすでに振り下されているのだ。
体格からは想像も出来ない俊速の一撃に、視線が奪われる。
「覚悟しおぼぉおお!?」
突撃したはずのスキンヘッドが吹き飛ぶ。
真後ろから襲いくるナイフを避けると、遠心力を利用して酒瓶でモヒカンの顎を下から捉える。
「調子にのっってぇえがああ!?」
自分の身長の2倍はありそうな巨体が、まるで玩具のように空へと上がる。
間を縫うように突っ込んできたアフロだが、足を掛けられ無様に転ぶと、上にモヒカンが落ちてきた。
「おごっ.....!」
「うぎゃぁあ!?」
仲良く地面にオネンネしたふたりに、少女からの視線は無い。代わりに足が降りてきて、助走前の台として踏まれて意識を失った。
「あ、意外とかるぃぃいぎぁあ!足圧ぅぅう!!!」
「隙ありぃいあぁ!?」
高台から飛んだのか。
空からカリアゲが落ちてくる。
その手には剣が握られ、まるで突き刺すように刃先を少女へと向けていた。
鋭い刃が頭上を狙うが、くるりと少女は避けて見せた。
「はああ!?空中で避けるとか、そんなのありかよぉごぉおおおおお!?」
剣を握るカリアゲの手を踏み付け、一気に背中へと駆け上がる。襟首に手をかけて再び空中に身を晒すと、そのまま一回転。
派手な音がして顔面からカリアゲな地面に叩きつけられる。
土煙が辺りを覆う。薄い土色の向こうで、伸びたカリアゲの姿が見えた。
「お、おい!それ以上近づくんじゃねえ!こっちには人質がいんだぞ!」
スキンヘッドが吠える。
怯えた彼は人質の首にナイフを強く突きつけると、少女に向かって怒鳴った。首筋から血が垂れるが、彼はすでに冷静な判断が出来ていない。
いけない。
ルークは思った。
近づけば人質の身が危険だ。
「きみ!動かないでくれ!彼はいま正気じゃない。何をしでかすか」
「そうだ、大人しくしてろよ・・・お、オラァ、女だろうが関係なくころぉガッ!」
スキンヘッドの言葉が不自然に途切れる。
振り返れば、彼は白眼を向いていた。
額には丸い痕。足元には緑の筒。
酒瓶だ、酒瓶の注ぎ口が転がっていた。
「投げたんすか、あの距離から」
唖然とした声がアルトから漏れる。見つめる先には、見事な投球フォームを決めていた涼やか表情の少女。
焦りなど、微塵も感じられなかった。
くるりと無事な酒瓶が回る。
一歩踏み出しただけで、盗賊たちは悲鳴をあげた。
「こないの?」
無邪気な一言がより恐怖を煽る。
すっかり意気消沈したのか、盗賊たちに先程の勢いはない。
じりじりと後退を続けていた。
「ゲホッ、ゴホ、あ」
敵の注意が人質から完全に逸れた。
助けるなら今しかない。
咳き込み、自力で動けない身体を素早く抱き上げる。盗賊から離れた安全地帯までくると、ド派手な少女ーーカエラに声をかけた。だが、反応が薄い。
薬かなにか盛られたのだろうか。
「サラ!」
「はい!」
「意識が混濁してる。薬を盛られた可能性があるから、浄化と回復を。俺はあの子に加勢しーーーっ!危ない!」
ほんの僅か目を離した。
その一瞬の間に、盗賊たちは腹を括ったらしい。一斉に少女へと駆け出していた。
少女ひとりに大人が10人ほど。
まだ幼い少女になんと卑劣な。いくら彼女が手練といえど、ガタイのいい男数人を捌くのは無理だ。
「風よ、俊足の身技を。他者を寄せ付けぬ絶対の速さを我にーー俊足の風」
口早の詠唱と共に風の流れが変わる。足裏に旋風が実現すると、ルークは強く蹴り上げた。
勢いで地面が抉れる。土煙と共に浮いたルークは、低空飛行のままロケットのように少女の元へと飛んでいく。
早く早く。彼女の元に。
無骨な刃に襲われるその前に。
「多勢に無勢だ!俺たちは勝てる!俺たちは負けない!かかれ!かかれ!」
「うおおおおおおお!」
眼前で盗賊が空を舞う。
身体の隙間を縫うように攻撃を回避し、急所を殴打していく。
ひとり、ふたり、と地面に沈むが酒瓶にヒビが入った。
3人、4人ときて底が抜けた。
7人目で酒瓶が完全に割れた。
まずい。まだ距離がある。追いつかない。速さが足りない。
8人目を注ぎ口で昏倒させて、9人目と10人目が同時に少女に迫る。
彼女の手にはもう何も無い。
「ーーーっ!」
刃に力を込めろ。手を伸ばせ、もっと身体を大きく、届け、届け、あと少し、あともう少しで。
モヒカンが鈍器を振り上げる。挟み込むように少女の後ろには、ソリコミがナイフを構えている。逃げ場は無い。
歯を食いしばった。
限界まで手を伸ばし刃をモヒカンに向けるが、あと少し距離が足りない。
鈍器が少女に迫っている。
無理矢理に魔力の質力をあげるが、まだ届かない。あと一歩が足りない。届かない。また、また間に合わなーー。
「騒ぐな唾が飛ぶ。エマが虫歯になったらどうしてくれる」
ーーー圧が空間を支配する。
瞬間、ルークの身体に重力が戻る。無理な体制のせいでバランスを崩し、勢いよく地面に転がった。
「ゲホッ、ごほっ......っぅ」
魔法が消えた。
行使していた魔法が、泡のように。
「勇者様!」
「ルーク!」
駆け寄る仲間たちの声にも反応できない。
反動に加え、叩きつけられた身体が悲鳴をあげている。地面に肘をつき、引き攣る顔をあげた。
激痛に歪む視界で少女を映す。
あの子は、どうなった。無事なのか。
「あ、ばか!」
鈴のような元気な声。
ばくばくと煩い心臓が安堵したのが分かった。生きている。あの子はまだ。
「る、ルーク様」
「ごめん、回復魔法お願いできるかな。目がよく見えなくて.....サラ?」
返事はない。
人違いだったか。
駆け寄ってきた気配は確かにサラの物で、香水も嗅ぎ慣れたもの。隣にいるのはサラのはずだ。
「サラ?どうしたの?」
「分からないのですか」
声が震えている。
「ごめん、霞んでて良く見えないんだ。状況を説明してくれる?」
「います。あいつが」
「あいつ?」
「いるんです。すぐ目の前に」
霞んだ視界の先で、サラが震えているのが分かった。
「サラ、サラ落ち着いて、なにがいるの?あいつじゃあ分からないよ」
「あいつが、倒しべきわたくしたちの敵が、目の前に」
「俺たちの敵....?」
盗賊か。
いや、この怯えようは盗賊ではない。
では魔物か。
サラは魔物を見慣れているはずだ。
それではなんだ。ルークたちの共通の敵で、サラがここまで怯えるような相手とは、まさか。
思い当たる人物がひとり。
いや、人ではない。獣がひとり。
「魔王です」
震える声が確かに告げた。
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