32、盗賊の視点
ドサリ。
小さな土煙が上がる。
そのすぐ隣に場違いに可憐な少女が、赤い飛沫と共に舞い降りる。
白に青の刺繍の入った愛らしいワンピースを纏った金髪の天使。
心臓が鼓動する。
彼らは見惚れて、そして戦慄した。
身体に見合った幼い小さな手、そこには緑色に輝く酒瓶。
割れた酒瓶が握られていた。
「おっしまい」
鈴のような声が鼓膜を揺する。
突然の出来事に声は失われ、現場を理解しようと脳がフル回転する。
親方が倒れた。殴られてやられた。空から舞い降りた天使に、盗賊の頭目が昏倒させられた。それも酒瓶で。
「え、お、おやかた?」
「おや、おやかたああああああああ!!!?」
「てめぇ!どこのどいつだ!」
最初に我に返ったのは盗賊だった。
各々の武器をエマへと向け、警戒体制を取る。瞳は混乱に彩られていた。未知の存在にその瞳は混乱で満たされ、得物を握る手は恐怖から小刻みに震えてる。
親方が一撃で沈められた。
年端もいかぬ幼児に。
虫も殺さぬような純真無垢な存在に。
脳が彼女の仕業ではないと囁く。対照的に本能は少女を異常だと喚いた。
守れ、守れ、あれを庇護しろ。
殺せ、殺せ、お前が殺されるぞ。
本当に?
「.....な、なぁ、止めようぜ」
「そうだよ、なにかの間違いじゃ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞ!絶対に武器を捨てるな....目ぇ離したら死ぬぞ」
後輩の狼狽える声を先輩が一喝する。
騙されるな、あれは異常だ。幼体の姿をしているだけの、化け物。侮れば死ぬ。瞬きのまに己の軽い命など、狩り取られてしまう。やらなければ。やられる前に。
「そこ、動くんじゃねぇぞ!」
悲鳴を恫喝に、震える身体をナイフを握る力に変えた。吠える、吠える。
恐怖を悟らせてはいけない。
この世界では、弱い者から狙われる。
一瞬も目を離すな。
「ふぅ......ふぅ.....っ」
隙が見えない。
逆に隙だらけに見える。
日々命のやり取りをするリーゼントは、己の力量を重々承知していた。
勝てない。
あれには天地がひっくり返っても。
エマが魔道具の付いたベルトを拝借しても、彼らは動けなかった。
勝てない。理解している。それでも。
血が出るほどナイフを握った。
先輩たちのただならぬ雰囲気が、後輩たちにも伝わっていく。
「おい」
「......わかってる、親方だけでも」
「お前ら、俺が合図したら一斉に走れ」
「え?」
「俺たちは盗賊だ。でもよぉ、受けた恩を仇で返すほど腐っちゃあいねぇ」
「親方を取り返すぞ」
「ーーはいっ!」
親方は家族だ。
子どもの頃から彼に育ててもらった奴も多い。親のような兄のような人。己の命が惜しくて見捨てられるほど、小さな存在でない。
くるりと酒瓶が回る。
恐怖で心臓が馬鹿みたいに煩い。
でも、それでも、俺たちは、俺は。
音がなるほど歯を食いしばる。
割れた酒瓶からワインが一粒垂れ、地面に落ちた。
ーー開戦の合図だ。
「走れええええ!」
リーゼントが走り出す。
天使の皮を被った悪魔の所へ。がむしゃらに走って懐に潜り込む。狙うは首。俊速のナイフがエマの首へと吸い込まれていく。
獲った。
確信が胸を占める。口元が無意識に弧を描いた瞬間だった。身体が浮いた。
「ーーっがはっ!?」
それは一瞬の出来事。
浮いた次の瞬間には、身体が地面に叩きつけられていた。背中を衝撃が襲う。内臓が飛び出そうになっても、口元を抑えるが余裕などない。
なにが起きた。
なにも見えなかった。
動いたことすら認識できていない。
「ゲホッ!ゲホゲホ......あっ」
視線の先には親方と、自分を繋ぐように銀色の欠片が散乱している。
親方からもらったナイフが。
日々手入れをし続けた相棒は、見るも無残に砕け散っていた。
「はぁ、はぁはぁは.....ヴッ」
親方。手を伸ばした。
這うように地面に転がる恩人へと、その手を伸ばした。少女へと向かっていった仲間が次々空へと舞う中、ズリズリと痛む身体を動かす。
無様でもなんでもいい。彼だけは。
「おや.....かた....」
彼女の足元で力なく横たわる親方に手を伸ばす。全身が鉛のように重い。
「まだ動けるのね」
甘い声がして影がさす。
無慈悲な天使がこちらを覗いていた。晴天の瞳、光を反射する金糸にふくよかな小さな身体。握られた酒瓶から滴る赤を目にしても、リーゼントはこれを美しいと思った。
見惚れるほどに、止まってしまいたいほどに。
「ーーっ」
それでも、彼は砂を掻いた。
止まるな、止まるな、親方の元へ。
あと少し、あと5センチ、あと指の先だけでーー
「はぁ、はぁ.......かた、おや、か.....」
ーー指先はただ砂に汚れて落ちた。
「り、リーゼントぉおおおおお!」
「畜生!リーゼントがやられた!」
「ちくしょう!ちくしょう!」
エマの目の前で倒れたリーゼント。彼の伸ばした手は親方に届くことなく、ぐるりと瞳が回って夢の世界へと旅だつ。
最初の一撃が今ごろ効いたらしい。
頑丈だなぁ、とだけエマ。
だがリーゼントの行動が、盗賊たちの仲間意識に火をつけた。
「仇を取るぞ!」
「うおおおおおおお!」
「いや、殺してないから」
冷静なツッコミも彼らの耳には届かない。
彼らは走り出す。
死んだ(仮)仲間に、親方に報いるために。
「だから、生きてるって」
武器を片手に走り出す。
今日を生きるために、明日を仲間と生き抜くために。彼らは勝てる見込みのない戦いに挑み続ける。
「俺たちの戦いはこれからだ!」
ご愛読ありがとうございました。
先生の次回作にご期待下さい。
「終わんな終わんな。打切らないから」
エマが酒瓶を振るう。
空高くモヒカンが舞い上がった。
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