29、侵入者
3日目、爽やかな起床だ。
襲来の無い穏やかな起床。傍らで肩肘をつき寝顔を覗き込んでいた変態を床へとリリースしてから、あくびをひとつ。
今日は穏やかな1日になりそうだ。
「お、はよ」
「はい、おはよう」
寝ぼけ眼の白狐がやってきた。
昨日の一件から発語を始めた彼女。
発音は拙いが、よい傾向だ。
手短に身支度を済ませると、テーブルに着く。昨日献上されたばかりの果物を並べて、合掌。
「いただきます」
「い、いたらき、ます」
「シチューは?」
「食べる」
「エマは特盛で、お前は.....具はよしておくか」
床の模様を見つめてジッとスカートの中を覗こうと奮闘していたシオンが、いつの間にか隣に座っていた。
手にはシチューの鍋。
甘いミルクの香りに腹の虫がきゅーと鳴いた。出所が気になるが、仕方がない。空腹の前にヒトは無力だ。
ありがたく皿を受け取る。
なにかの肉を一口。
ううーん、美味。
「おかわりもあるからな」
「うん」
この3日は果物を中心とした生活だったせいか、肉の味が身体に染みる。
魚?肉とは別物だろう。
さて、本日は最終日。
予定も無いし、今日はここでゆっくりしよう。どうせ結果は変わらなーー
「ぇぇええええまぁぁああさぁああああん」
喧騒の訪れに目を瞑る。
ーーーさようなら、平穏な日常。
おかえり、騒がしい魑魅魍魎。
土煙と共に舞い込んできた桃色を、エマは悟った瞳で出迎えた。
「お久しぶりです」
桃色に白のグラデーションが揺れる。
隠密に適さないド派手なフリルが、小さな弾丸となって窓から飛び込んで来た。
ロッティだ。
カエラの姉が末の妹を連れて、泣きながら室内に着地する。
「聴いて!聴いてよエマさん!酷いんだよ。もう本当に酷いんだから!」
べしょべしょの顔面が喚き散らす。
両手をぶんぶんと振り回して、泣き喚く姿はアンを連想させた。
「監禁されたの!」
「うんうん、え?監禁?」
「はい、隊長の命令で自宅に」
罪状は「人間に肩入れしたことによる洗脳の疑い」だそうだ。
不当な扱いを抗議したが、仲間を含めて白い目をされたとロッティが嘆く。
「弁明しても「人間を庇うのか」「洗脳されてる」って、そればっかり!もう意味わからなくて!」
「長が気付いてくれなければ、どうなっていたか.......」
「本当だよ!」
ぺそぺそとロッティが涙ぐむ。
独断で行われた行為をデイビッドは許さなかった。ルイを叱咤し、監禁を解かせたが、双方に不満が残る結果となったようだ。
デイビッドを酷い剣幕で罵ると、ルイは姿を消してしまったという。
相変わらずの洗脳ぶりに、思わず苦笑いが漏れる。ふたりはそれを返答と取ったようだ。
「姦しい。そろそろ要件を話せ」
「護衛と介抱です」
「お食事お持ちしました!フルーツの盛り合わせです!」
「脅すな脅すな」
手には大きなバスケット。
中にはリンゴとみかんとバナナと、メロン。メロンだ。メロンが2つある。
メロンだ。メロンパンではない。
果肉100%の魅惑の果実がそこにあった。
できれば早々に退出してもろおて、お部屋でゆっくりしたいなぁ。
エマは願望を喉の奥に押し込める。
人類みなメロンの奴隷なのだ。
ありがたやーとメロンをかかげた。
「長とは和解したの?」
「いや、むしろ喧嘩したかな」
「えー?そんな様子じゃなかったよ」
コナーが慣れた様子でリンゴの皮を剥く。うさぎ型にされたそれに、白狐の耳が揺れ動く。興味津々だ。
「無礼を働いたから、なるべく丁重に謝っておいてくれって」
「えー?」
メロン、めろーん。めめめめろーん。
皮が硬くて全然切れない。
隣でメロンと格闘していると、シオンがメロンを攫った。彼の手には黒紫炎龍モデルナイフが握られている。
それ宝剣じゃなかった??
メロン平気?全身で汁を浴びたりしない?
一抹の不安をよそにメロンは綺麗に5当分され、皿の上に置かれる。
あ、わたしのちょっと大きい。
「ドMなんじゃない?」
「嫌過ぎる新情報。村で1番偉いひとが被虐趣味あるとか、知りたくない」
「子どもたちのことで、ともおっしゃっていましたが」
「あーそっちね」
なるほど、子どもたちが弁解してくれたのか。
「世間の厳しさをレクチャーしただけだよ」
「喜んでたからオールオーケー」
「それでいいのか諜報部員」
「だって、エマさんだもん。変なことなんて教えないでしょう?」
「厚過ぎる信頼・・・」
こわっ、と残りのメロンを抱き締める。
数日で無二の親友みたいな好感度になっている。姉の好感度パラメーターがバグってえらいことになっているぞ。
大丈夫か、とコナーを見る。
「大丈夫です。問題ありません」
笑顔のコナーが頷く。
これは本格的に心配になる。
本当に監禁だけだった?
催眠アプリとか使われてない?
こわごわ、とメロンを抱き締める。心の拠り所になりつつあるので、メロンのお持ち帰りは確定した。
「それぐらい分かるよ。1回も手を出されたことないんだもん」
「心配になります」
「そうそう!」
「敵意剥き出しで不法侵入した場合は、問答無用で成敗して下さい」
「そうだよ!物騒なんだから」
「不法侵入した奴らがよく言うわ」
メロンを一口。
ひと噛みすれば、ほどよい冷たさが歯を伝い、上品な甘さが口いっぱいに広がる。美味い。美味すぎる。
もう一口、もう一口。フォークを刺す手が止まらない。噛むたびに幸せが口内を支配し、目尻が自然に緩む。
膝の上に鎮座したメロンが、誇らしげに見える。これが高級品の味。
「そうだけどさ......ね?」
「はい」
「無防備っていうのかな。可愛いけど、危ないよね。いろいろと」
「そうですね」
伺うような言葉だ。
視線はうろうろとエマの手元と膝の上を行き来しては、ふたりして口の端を歪める。こてりとエマが首を傾げる。
追加のメロンが欲しいのだろうか。
「やらんぞ」
一口ならいいよ、そう口にしようとしてシオンに阻まれる。
なんでお前が言うんや。
「魔王様がいらっしゃるうちは、取ったりしませんよ」
「はい、エマさんには魔王様くらい過保護な方でないと」
「それから強強でないと」
「ええ」
エマの首がさらに傾く。
メロンの話だよな。
「ほら、そういうところですよ」
「そういうところ?」
「ふふ、エマさんには魔王様がとてもお似合いですって話」
「シオン如きにはわたしくらいの畜生がお似合いって話・・・?なにそれひどい」
わたし、こんなに美少女なのに。
涙で瞳を潤ませて、目は大きく、相手を見上げるように小首を傾げた。
唇は意識して閉じて、フォークに手は添えるだけ。きゅるんきゅるんな顔を即座に作りロッティを悩殺しにかかる。
「へっぇ?!あ.......っっ」
ロッティの顔が赤く染まる。
男女美平等の悩殺パンチは、獣人にも有効らしい。茹蛸のようになったロッティがコナーに回収されるのを見届けると、シオンに勝ち誇った顔を向ける。どんなもんだい。
「愛い」
「ふふん、そうだろうそうだろう」
「だが、余以外を誑かすのは許さぬ。仕置きだな」
「仕置きなんて怖くな.....あー!メロン食べた!わたしのメロン!」
無惨にもメロンのひと欠片が、シオンの口に吸い込まれていく。馬鹿野郎、と彼の腕を殴るが効果はいまひとつ。
「馬鹿、バカ!おたんこなす!顔面極振りのお金持ち!城持ち剛腕んん!」
「これ悪口?」
「褒めてますね」
「うわぁあん!性格ドブ川の粘着質ストーカーが全部を台無しにしてるくせぃい!」
「悪口だった」
「悪口でしたね」
「ふははは、聴こえておるぞ!」
むにむにと頬を揉まれる。
痛くは無いが鬱陶しい。
やめろ、と手を振り払った。
「事故物件のくせに!事故物件のくせに!」
「粘着質なストーカーはエマ限定だ」
「安宿の......そうなの?」
じゃあ、事故物件じゃないね。
呟いた一言に沈黙が訪れる。物言いたげなロッティとコナーの視線が、エマに注がれる。
「なに?」
「.........ない」
「うん?」
「.......じられない。信じられない。いまのは赤面して嬉しがるところだよ!?」
「赤面?怒りで?」
「なんで?!」
「こっちがなんで?」
粘着質なストーカー被害に遭う方はいなかった。安堵はすれど、赤面などするはずがない。
わなわなと震え、じっとりとした視線を向ける面々にエマは首を傾げる。
「いつもこうなので?」
「ああ」
「おいたわしや」
「よい、これも愛い」
「魔王様・・・なんて健気」
ほろりとロッティが涙を拭った。
ますます意味がわからない。
「そういえば、子どもたちは?怒られてなかった?」
「興味を失うの早すぎません?」
いいですけど、とロッティ。
怒られはすれど常識の範囲内だ、と続ける。知らない人について行ったことを、咎められるくらいで済んだという。エマは胸を撫で下ろした。
「食事を済ませて合流する流れですが、少し遅い気がします」
「そうなの?」
「うん、また魔法教えてもらうんだって張り切ってたよ」
「全然懲りてないじゃん」
「あの子たちの親御さんは、子どもが無事ならokってお家が多いから」
アンの家は「お母さんも行って良いかしら」と言われ度肝を抜かれたらしい。
村から出たことない分、外の世界に対する関心が高いようだ。
悲壮感漂う感じで「あいつらみたいになっちまう」って言ってたのに。
ヘアの所は厳しいのかもしれない。
「なにかあったのかな?」
「迎えに行く?」
「うーん、いま村に行くのはなぁ」
「村でなにかあるの?」
「ギスギスしてる。隊長と長のせいで」
「ああ......。なら、無理に連れてこなくていいよ。そのうちにーーー」
不自然に途切れた会話にふたりがエマを見る。気配がする。強い、いや違う。多い。まとまった光魔法の気配がすごいスピードでこちらに向かってくる。
ーーいけない。
「ふたりともすぐに村に戻って、たぶん侵入者が」
ドンッ。
重たい音と爆発音。
かき消された声は、耳に届く前に甲高い鐘の音にさらわれて消える。
カンカンカン、カンカンカン。
白狐が耳を塞ぐ。
痛いほどの警鐘が鳴り響く。
「救急警報だ!」
ロッティが叫ぶ。
1も2も無く走り出すふたり。小さくなる背中を目印に、エマたちも村へと駆け出した。
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