26、過去のキズ(デイビッド視点)
両親の顔は覚えていない。
5歳になるまでは一緒に住んでいたが、もう声も思い出せない。
最初に捕まったのは末の妹だった。
助けようとして両親が。そうして、最後に俺が捕まった。
家畜より酷い環境で育った。
藁の無い冷たい床の上で、布切れ一枚で冬を越した。食事は満足に与えらない。同じような子どもが冷たくなっていく。
獣人も人間も関係ない。
この檻の中では等しくゴミだった。
怒声が日常だった。
暴力が支配していた。
ゴミが腐敗する臭いで鼻は早々に効かなくなった。視界はいつも赤かった。
買われてからも扱いは変わらない。
少しばかり食事は豪華になったが、虫がカビたパンになるだけ。
気にいらないことがあれば殴られる。
気持ちが悪いと、耳を引きちぎられそうになったこともある。
首輪に繋がれて、毎日冷たい床で死んだように生きていた。
ある時、客が来た。
好色家で有名な男だった。
買主は男の機嫌取りのために俺を差し出すと、部屋を後にした。
「カワイイネ」
気色の悪い声だった。
肩を撫でる手は虫が這っているように思えた。服に手がかかる。骨の浮いた肋を執拗に撫で、ズボンに手をかける。わざと見せつけるように、ゆっくりとした手付きに嫌悪感を抱いた。
暴力よりも暴力だと感じた。
自分は壊されるのだ。
漠然とだが、初めてそう思った。
殴られるよりも、蹴られるよりも、罵倒されるよりも、なによりも酷い暴力を受けるのだと。
「...............だ」
「ウン?」
「いやだ」
「スグニキモチヨクナルヨ」
「.......たすけて」
「ダイショウブ。ナレテルカラ、スグニキモチヨクナルカラネ」
助けて。
男の手が局部に触れようとした。
その時だ。窓ガラス破れた。
「ナ、ナンダ?!」
ハラハラと落ちるガラス片を纏うように、小さな身体が舞い踊る。それは身体に見合う小ぶりな手で、身長の倍ほどもあるハンマーを振り被ると、躊躇いもなく振り下ろした。
「よっと!」
グジャッ。
男が潰れる。
あまりにも呆気なく壁と一帯になった。
血で汚れた床に少女が舞い降りる。美しい金糸が風に揺れて美しい。月明かりが、彼女のためだけに降り注いでいるような感覚に捉われた。
突然の蛮行は悪に映らない。
「かみ、さま」
「ん?ありゃ、目撃者がいたけど.......うーん、これはノーカンだよね!」
言葉の意味は分からなかった。
麻痺した脳みそには、彼女の一挙手一投足がただ美しいモノとして残るだけ。
助けてくれた。
神様が自分の所に来てくれた。
それだけで頭はいっぱい。
「うっし、逃げるぞ!」
「あっ」
手を取られ走り出す。
窓から飛び出して夜空の向こうへ。そうして、星々が輝く外の世界に連れ出された。
この日から俺は生き物になった。
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