↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜邂逅編〜
75/117

24、教育



柔らかな日差しが降り注ぐ昼下がり。

急ぎの書類が片付き、魔王様と遅めの昼食を終えた頃だ。食後の紅茶に舌鼓していると、彼らが飛び込んできた。



「お前たち、入室の許可を」


「長!」


「あいつ!人間が!」



“人間“という言葉に耳が跳ねる。

入室の許可も取らない無礼な態度に、憤るメイドの言葉を手で制する。

腕の中にはぐったりとしたカエラ。

緊急事態だ。話を促せば、彼女は吠えた。



「人間がカエラの手を!」


「........なにかされたのか?」


「凍らせたんだ!」


「なんだと!?」



机が揺れ、ソーサーに茶色い水溜りができる。デイビットはそれに構うことなくカエラに駆け寄ると、彼女の手を取った。

だがーー



「可哀想に、すぐに氷を溶かして....?」



ーーー氷などなかった。


右手、左手。順番に手を取り確認するが、氷など付いてすらいない。魔力の気配はするが、それも人間のモノより獣人の気配が色濃く感じられる。



「.......どこを凍らされた」


「だから手です!」


「そんなもの、どこにも無いじゃないか」


「あったんです!」


「凍らされて、証拠隠滅のために溶かされたんです!」


「お前はなにを言っているんだ....?」



凍らせた者が、証拠隠滅のために氷を溶かすはずがない。それなら最初から凍らせたりしないし、必要がない。

我々を床に這いつくばらせたように、少し威圧すればそれで済む。



「早く人間を罰して下さい!」


「全身凍らされて、カエラはこんなに弱ってるんですよ!?」


「全身?手と言っていただろう」


「手が先で全身を凍らせたんです!なんで、分からないんですか!?」



分かるわけがないだろう。

言葉をグッと飲み込む。

窓辺で優雅に紅茶を嗜む元凶の一味は、今回は傍観に徹するらしい。

内心で溜息を吐く。

彼女は冷静ではない。ひとまず落ち着かせて、ゆっくりと話を聞くことにした。






**************



女たちの話は支離滅裂だった。

先に手を出したのはカエラで、手を凍らせたのは白狐だと言う。

人間はその氷を溶かしただけ。

女たちを逃げぬように拘束こそしたが、それとて片足に蔦が絡む程度。

全身を凍らせたのも白狐で、人間はそれを全て解術したのだと言う。

だがその口で罵るのは白狐ではなく人間で、命の恩人ではなく悪人だと罰を求めた。



「教育の賜物だな」



魔王様からの皮肉に返す言葉が無い。

全ての罪は人間に集約する。

カエラが人間を殴ったのも、

白狐がカエラの腕を凍らせたのも、

カエラが全身を凍らされたのも。

すべて、すべて、人間が悪い。

イカれている、とデイビットは思った。



「白狐が嫌がる事をしたのは、お前たちの方だろう。なぜ人間を責める」


「あの子が肉を嫌がるのは、人間が洗脳しているからです!食べないように躾けられて、餓死するよう仕向けられているからです!」


「餓死をさせたいなら、なにも食べさせないはずだ。白狐は他の物は食べていたはずだが?」


「騙されてはいけません!人間は狡猾な生き物。自分に罪が及ばぬように、食べていると思わせるための策なのです!」



頭が痛い。

異常だ。女たちは狂っている。

この異常性を異常だと認識できなかったことが、最も異常だった。

自分もおかしくなっていたのだと、デイビットは気付いてしまった。

赤い瞳がこちらを嘲笑う。

助け舟は来ない。



「.....カエラを医務室に、お前たちも部屋で休むといい」


「人間に罰を!!」


「今回のことは完全に自業自得だ。人間を罰する理由にはならない」


「ですが!」


「村が焼土に変わる様を見たいのか!」


「っ!」


「相手は魔王様のツレ。問題にすればカエラの腕一本じゃあ足りない。お前の命で償う覚悟は?」


「.......っ、っ!」



女たちはなにも言わなかった。

デイビットの言葉に、ようやく紅茶を傾ける男が誰なのか思い出したらしい。

彼は魔王なのだ。

快、不快で生きている化物。

こんな村など指先1つで簡単に滅せる。

理性的な方だから、喧嘩程度なら目を瞑って下さるだろう。子猫の戯れだ。

だが、一方的なら?

御身の隣に立つ事を許した者を、一方的に嬲ったとなれば話は違う。

今度こそ、獣人は全滅する。

これは確定事項だ。



「もう一度だけ言う。家に、戻りなさい」


「...........はい」



ことの重大さに気付いても遅い。

会話は聞かれた。魔王様はこの村に愛着を持たれないだろう。

あの人間に次なにかあれば、きっと。



「冷静だな」


「一応、ここを納めていますので」


「残念でならない」


「それは、どちらの意味で?」


「さあ、どちらだろうな」



残念なのは、民の質か。

放火の大義名分の損失か。

どちらにしろ彼には粗末なことだ。

デイビットはメイドに机の上を片付けさせると、片膝をついてシオンに頭を下げる。



「此度のご無礼、どうかお許しを。白狐に対する献身がゆえの行動です。どうか、お目溢しを」


「貸しにしておく」


「はっ」



高い貸しがついた。

忘れていた痛みに胃を摩る。

気分転換でもしてこい、という魔王様の意向に従い部屋を後にした。


“森で良いモノが見られる“


すれ違い様に言われた言葉が反復する。

悪い予感しかいないが、王に逆らう気にもなれなかった。

いまは、ひとりになりたい。

隣人が狂人であった事実は、デイビットの心に重くのしかかって離れない。

教育の賜物。

村の大半は幼い頃から世話してきた者で、女もそうであった。狂ったのは偏った人間教育のせいと言われれば、言い返すことは出来なかった。

だが、だとしても。



「人間を善だとは教えられない」



人間は同胞を食い物にする獰猛で、狡猾な生き物だ。見てきた。

いくら外見を取り繕うとも、内側には醜い化物をいくつも飼っている。味わった。

ボロ雑巾にされた記憶は、今でも頭にこびりついて離れない。

肌に這い回る感触、刃物の冷たさ、頭に響く怒声、首に残る首輪の感覚が、色濃く染み付いて離れてくれない。

もう300年だ。

300年も経つのに。



「聖女(かみさま)......俺は間違っていませよね」



食事も喉を通らない。

己に対する嫌悪感が拭えない。

毎夜、悪夢に魘される。

それくらいなら。狂った方がきっといい。良いんだ。目を瞑ることすら出来ない人生になるくらいなら、いっそのこと狂っているほうが。



「だから、大人(わたし)がいる」



声がした。

少女の声だ。甘くて強い声。聴き馴染みの良い涼やかな声色。人間の声なのに不快にならない、不思議な声。



「うわぁ!」


「すごい!すごい!」



声を頼りに辺りを見渡す。

開けたそこに人間(エマ)はいた。



「ーーっ!?」



周りには子どもたちがいる。

なにを教えているのか、熱心な視線を向ける彼らに背筋が凍った。

洗脳される。白狐のように思想を弄られて、都合のよい玩具にされる。

湧き上がる怒りがデイビットを支配した。

首をへし折る。

両手を地面につけ重心を下げる。飛びかかろうと足に力を入れた時だった。

視界に泡が過ぎった。



「知恵をあげよう。術を授けよう。より良い未来に生きていけるようにね」


「ーーーっ!?」



“生きていけるようにしてあげる。知恵を術を授けよう“


聖女(かみ)の言葉が頭を過ぎる。

同じ声色、同じ物言い、同じ慈しむような温かい音頭を持ったそれ。

幼児だった己に見せた戯れの魔法。攻撃性のない逃げることに特化した子供騙しの魔法が、現実に広がっていた。

小さな背中。揺れる金髪。シャボン玉の中で一際輝くサファイアの瞳。

なんども夢に見た光景がそこにある。



「どう、して」



彼女は死んだ。

300年も前に。



「ずる賢くなれ若人よ」



同一人物ではない。他人の空似だ。

あり得ないと否定する一方で、足が前へ前へと進んでいく。止められない。

我慢ができない。

もしかしたら、を否定できない。

人間は転生するという仮説が、頭の中に浮かんでは消えていく。

はやる気持ちで彼女の前に出た。



「ーーー、あ」



あの日のように名前を呼ぼうとして、振り返った彼女の瞳に口を継ぐんだ。

吹雪の夜がそこにはあった。

生物の生存を許さない冷たい瞳。子どもたちに浮かべていた笑顔は消え、口角だけを上げる繕った顔をしている。

心臓をわし掴みにされた気がした。

息が止まる。



「........さて、ここまでにしよう」


「えー!?」


「もっと教えて欲しいノヨ!」


「こら、大きい声で言ったらダメ。確実で練習するように」


「ぶー」


「ぶー」


「あはは、可愛い」


「またね、先生」


「また教えてね、先生」


「誰にも言うんじゃないよ」


『はーい』



子どもたちが通り過ぎていく。

手を振りながら親しげに、デイビットをすり抜けて村へと走っていく。

彼女は手を振りながらも、ジッとこちらを監視し続けていた。

喉が詰まるような感覚が襲う。



「こんな所になんのよう?監視?それとも、カエラのことかな。どっちにしても、子どもたちを攻めないでね。わたしの相手になってくれただけだし」



言葉が出ない。

記憶の中にある春の日差しのような柔らかな視線は、いまや敵意と疑念に満ちていた。

当たり前だ。それ相応の態度を取った。信頼などゼロに等しい。



「白狐のこともそう。なにを聴いたのかは知らないけど、罪を着せるようなら容赦はしないから」


「まっ」


返事は届くことはなかった。

伸ばした手は無意に空を切る。

ただ去って行く後ろ姿を、見ていることしか出来なかった。












いつも、いいね・ブックマーク・評価ありがとうございます!


初めての方も

気にいりましたら、ブックマーク・いいね・下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価をよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。