23、講義
講義は滞りなく行われた。
語られるは非道の歴史。
歴史書に記されることのない裏切りと殺戮の100年を、エマは偽ることなく話した。
かつて友と呼んだ隣人を、己が欲のために虐げた人間。
報復を方便に惨殺を繰り返した獣人。
互いが互いの欲のために、武器を向け合った100年間。神の慈悲が届かなかったカラッポの100年間。最も穢れた100年間を、つらつらと語った。
「獣人は力に秀でていた。でも人間は数に秀でていた。個の力は軍には敵わずに、獣人はその数を減らしていったの」
その過程で奴隷にされる者もいた。
誰が言ったのか。金持ちのステータスだと、奴隷を買うものが増えた。
見目麗しい者、力の強い者、能力に秀でた奴隷は高値で売買されている。
そこにヒトも獣人も違いはない。
力の弱い者は搾取される。
「でも、それを助ける者もいる」
「それは誰?」
「人間よ」
奴隷商を懲らしめる者もいた。
悪どい主人から奴隷を救う者もいた。
奴隷制度を破棄する国も出てきた。
それにより、獣人と共に手を取り合い暮らす国も出始めている。
「種族は関係ないのよ。誰でも悪人にも善人にもなれる」
レオが苦い顔をした。
大人たちの顔が浮かんだのだろう。
可哀想に。飴ちゃんをあげよう。
「レオの判断は正しい。誰かの言葉だけを鵜呑みにしてはいけない。己の目で見て、他者の視点に立ち、双方から意見を収集する。そうして初めて物事を理解できる」
「双方に」
「この話ですら、わたしの主観だ。立場が違えば言い分も変わるから、信用はしないこと」
「嘘をついてるってこと?」
「どう思う?」
「.......付いているとは思えない」
「うん、わたしは嘘を付いてはいない。でも大人は?わたしの話をどう解釈するかな」
「たぶん、甘言だと言うノヨ」
「.....あ、だから双方に立つのか」
飲み込み早いなぁ。
おそらく地頭がいいのだろう。優秀、優秀。と、正解者に飴を上げた。
ついでに頭を撫でてやる。
「常に疑えとは言わないけど、盲目的に信頼することは止めた方がいい。誰も幸せにはなれない」
「......うん」
とはいえ、とエマは続ける。
話の本題はここからだった。
「きみたちはまだ子どもだ。判断しろと言われても、難しいこともある。だから、とっておきの方法を教えようと思う」
「とっておきの方法?」
「“逃げる“」
子どもたちの瞳が驚きに見開かれる。
予想外の言葉にアンが飴を飲み込んでしまい、ウィスカが慌てて背中を叩いていた。
「ゲホッ......双方に立つって言ったノヨ」
「そうね。でも、まだ早い」
考えることも大切だ。
立ち向かうことも大切だ。
だけど彼らはまだ子どもで、庇護されるべき対象だ。
敵わないときは逃げなさい。
おかしいと思ったら逃げなさい。
敵前逃亡は立派な戦略である。
アンの背中を摩りながら諭していく。
「子どもの仕事は学ぶこと。その学びを生かして、本当に信頼できる大人を見つけること。判断はその後でいい」
「.......難しいノヨ」
「だから、大人がいる」
手に泡を発生させる。
傍目に見ればただのシャボン玉だが、これは立派な目眩しの魔法だ。
子どもでも使える初級魔法の応用で、少量の魔力で最短3秒で発生させられる超逃亡特化型の魔法。
「うわぁ!」
「すごい!すごい!」
「知恵をあげよう。術を授けよう。より良い未来に生きていけるようにね」
今はまだ手の中にあるだけだが、これの効果範囲は“己の声が届く場所“。
歌に乗せることで範囲は拡大し、泡は瞬きの間に人間の身長を越える。
「術って魔法のこと?」
「そう、覚えておいて損はしないわ」
「で、でも」
「僕たちにも出来るかな?」
「わたしたちは獣人だから、魔法が得意じゃないノヨ」
手を鳴らす。
一斉にシャボン玉が弾けると、割れた泡から花が落ちてくる。ひらひらと踊るように花は落ちて、やがて地面に根を張った。
足で地面を鳴らせば、根は地面から飛び出してエマの腕に絡みつく。
「出来るわよ。だって初級魔法しか使ってないもの」
「え!?」
「魔力を歌に乗せなさい。少量の魔力で、広範囲に魔法が広げられる。すべては知恵よ。工夫次第でどうにでも出来る」
難しいのは百も承知だが、覆せないことなどない。こちとら無尽蔵の魔力タンクに、魔法一本で挑み続けてきたのだ。
出来ないとは言わせない。
聖女こそが証明だ。
すべては知恵、努力、そして根性。
「ずる賢くなれ若人よ」
エマが口角を上げる。
その顔は年老いた賢者にも、庭を駆け回るクソ餓鬼にも見えた。
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