19、同族(カエラ視点)
カエラが可哀想な感じなので、苦手な方はご注意下さい。
「氷の.....守り」
幼い手先から冷気が立ち上る。
薄く開かれた口から気霜と共に吐き出された呪文は、指を瞬く間に凍らせた。
「え......?」
痛みはなかった。
あっという間に凍って、冷たさすら感じる暇は無かった。感覚が消えた。手先の感覚が一瞬にして。
なにが起こったの。
視覚で認識した情報を脳が拒否する。
理解できない現実を前に、思考が停止して真っ白になった。
戦闘経験なんて意味をなさない。周りの息を呑む声に、自分の状況が致命的な物になったのだと把握した。
「カエラ!」
「..........え、なんで?」
同胞の焦った声に反応して、咄嗟に利き腕でクナイを取ろうとした。
右腕が動かない。
なんで動かないんだっけ。
そっか、右手は、もう右腕は凍ってしまったから。だから動かないんだ。
「どうして、」
「動いて!カエラちゃん!」
どうしてって、白狐が凍らせたから。
情報を飲み込んだ時には手遅れだった。パキパキと音を立てて氷は侵食し、右肩までを覆っていた。
重さで重心がぶれる。視界が悪い。息が乱れる。感情は追いつかない。
それでも、生き延びるために身体は反射的に危機回避行動をとった。足に力を入れ、最も危険な区域から離脱するために、地面を蹴ろうとした。
だが、それすら叶わない。
「ーーっ!?」
足は動かなかった。
靴が地面に固定されたような感覚。視線を下に走らせれば、氷は既にカエラの足を捕らえていた。
「いやっ.....なんで、取れな」
焦ってもがくと、氷は意外にも簡単に靴から剥がれ落ちる。
取れた。
魔法を使ったのは白狐だ。いくら膨大な魔力を持っていてもまだ未熟な子ども。コントロールが出来ずに、強度が低かったのか。
この機会を逃すわけにはいかない。
残った左手でクナイを取り出すと、カエラは残った氷を砕いた。
同時に、全力で地面を蹴る。
飛翔するように空へと跳び上がると、白狐から距離を取るため同胞たちの方に向かった。
「ーーーっ!!」
「カエーーるな!」
まって、なにか叫んでーー
「こっちに来るな!」
「カエラ!後ろ!」
「ーーーえ?」
足を掴まれた。
反応できたのはその時だけ。
唐突に重力がのし掛かり、気付いたときには眼前まで地面が迫っていた。
「カハッ.....!」
身体が地面に叩きつけられる。
肺の空気が一気に押し出され、息が出来ない。咄嗟に頭は庇えたが、それだけだ。全身が痛い。
違和感のあった足には、蔦のような氷が巻き付いていた。
これに掴まれて、引っ張られたのか。
冷静な自分が分析している。
反面で感情はぐちゃぐちゃで、身体に力が入らない。全身が凍った小鳥が見える。早く逃げないと。次は自分がこうなる。はやく、はやく。
「カエラ立て!早く!」
「足、足が動かないの。お願い、たす、たすけて」
同胞の叱咤に思考が少し戻ってくる。
そうだ、自分には同胞がいる。
幸いにも互いに手を伸ばせば、届きそうな位置にいる。助けてくれる。
カエラは、必死に手を伸ばした。
同胞なら助けてくれる。見捨てたりしない。ここから逃げて早く長の所に向かって、それで白狐を暴走させた人間を倒して貰うのだ。
それでハッピーエンド。
ハッピーエンドのはずだ。なのに。
「どうして?」
手を伸ばす者はいなかった。
誰も、誰ひとりとして、誰からも。カエラの手は握り返されることは無かった。
彼らの瞳にあるのは恐怖と哀れみ。
前者は白狐に後者はカエラに向けられていた。まるで罪悪感でも抱いているかのように、カエラを見ながら後退していく。
「どう、して、どうしてよ!え、なんで下がるの?なんで......手を取ってよ。わたし、このままだと死んじゃうのに、なんで.............ッッッ!?」
泣き叫ぶような救援要請、
決死の覚悟で伸ばした手、
答えたのは冷たい怒りだけだった。
冷気はもうカエラのすぐ近くまで迫っていた。ヒヤリとした冷気に視線を走らせれば、左腕に透明な蔦が絡み付いていた。氷で出来たそれは、まるで侵食するように服を凍らせていく。
きっと、次はわたしの身体を。
「いやぁぁぁあ!!」
左腕を氷へと叩きつけた。
粉々になった氷を腕で踏み付けて、白狐から離れることに必死になる。
死ぬ。死ぬ死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死にたくない。
頭にあるのはそればかり。
だが、思考とは裏腹に下半身はすでに氷の鎖に捕われていた。
足が動かない。逃げられない。氷が、もうすぐ目の前まで迫ってくる。
「離して!離して!いやよ!いやいやいや!助けて助けて助けて!!死にたくない死にたくない!」
腕の氷を砕こうと爪で引っ掻くが、欠けるだけで意味はない。叩いても左手が痛むだけだ。
そうだ、クナイ。クナイで砕けば。
「これでー!」
再びクナイで足の氷を刺すが、刃先が弾かれて表面が欠けるだけ。
「なんで、なんでなんでさっきはこれで壊れたのに?!」
強度が増している。
このままだと本当に。
じわじわと恐怖が全身を蝕む。
どうすればいい。どうすれば己は助かる。なにを捧げればなにを犠牲にすればなにを。
自問の時間は長くは無かった。
死神はカエラの真後ろに迫っていた。
「あっ.......」
振り返ると、白狐が立っていた。
フーフーと荒い息づかいに、威嚇するように低い唸り声のようなものが混じる。真紅の瞳はギラギラと鈍く光っていた。
まるで己を食い殺そうとする肉食獣のようで、カエラは竦み上がった。
わたしが、助かるには。
「.........す....い......しまっ!お願いします、お願いします!もう無理に食事を押し付けたりしないから!もう人間と引き剥がしたり、嫌がらせもしないから!だからお願い!」
カエラは頭を下げた。
叫ぶように己の罪を懺悔し、白狐に赦しを乞うた。助かることで頭がいっぱいで、守る予定もない約束を口走る。
それが功を奏したのか、白狐の動きが鈍くなった。
「ーーっ」
カエラの悪い癖が首をもたげる。
この子はまだ子どもだ。必死に頭を下げれば、同胞相手に罪悪感で手を止めるはず。
後ひと押しだ、と口を開いた。
「お、お願い、殺さないで。お願いお願いだから。わ、わたしたち同胞でしょ?同じ種族なんだから、だから」
殺したりしないよね。
媚びへつらい笑いかける。
逆効果だと理解したのは、そのすぐ後だった。魔力が膨れ上がる。速さを増した氷の進軍に神経を逆撫でしたのだと、ようやく理解した。
「フーッ!フーッ!」
瞬きの間に氷は腹を登って喉まで届くと、まるで締め上げようとするように何重にも首へと巻き付いた。
「ひぃっ.....あっ、カハッ.....いやだいやだいやだ!なんでもする!なんでもするから!なんにでもなるから、わたしを、ころ......ぃ、」
顔が凍っていく。
口元を氷が覆い鼻に届くと、息が出来なくなった。苦しい。苦しい。必死に踠こうにも身体はもう動かない。
苦しい。死ぬ。もう、息が続かない。
怖いどうしてなにがダメだったの。
分からない、分からない、もう、なにも........か、ん......え.......な......。
「はい、そこまで」
強制的に止まった思考。
鈴の鳴声がして、白狐の手に小さな手がそっと重ねられる。
柔らかな魔力が周りを包み込むと、この場を支配していた氷が粉々に砕けた。
最後に見たのは、水蒸気となって空へと昇る氷と、憎らしい人間の笑顔だった。
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