18、反撃
パチパチと燃ゆる音。
火の粉が煙と共に空へと舞って、芳しい香りを鼻腔へと運んでくる。まぶした塩が油を吸う。溢れた黄金色の液体が、枝を伝って流れた。
炙られた鱗がしだいに焦げて、見る者の食欲を誘う。完成まであと少し。
待ちきれないのかケイレブが唾を飲み込む。狼たちも今か今かと、涎を垂らして待っていた。
「まだだよ、まだ、もうちょっと......よし!」
エマの声にケイレブが手を伸ばす。串を手に取ると、こんがりと小麦色に染まった川魚に大きな口でかぶり付いた。
はふはふ、と熱を逃す。
パッと瞳が輝いた。
千切れんばかりに尻尾を振って、キラキラとした瞳でエマを見る。
「美味しい!」
「落ち着いて食べな。誰も取ったりしないから」
ケイレブを宥めて、冷ました魚を狼たちに振る舞う。食い付いたのを確認してから、エマも魚に喰らい付いた。
じわりと油が口を満たす。
はふはふ、と熱を逃すと香りが鼻を通り抜ける。塩がよく効いている。弾力のある白い身は、噛むたびに幸せの味が口の中に広がった。
「しあわせぇ.....」
久方ぶりのたんぱく質に、エマの頬は綻んだ。持ってきてくれた鳥さんには、感謝してもしきれない。
*************
密かに思いを固めた後、ケイレブは「餌!」と叫んで何処かへと駆けていってしまった。唖然と狼がその背を追いかける姿を見送る。自由すぎる。
「餌!」
数分後、数羽の鳥を小脇に抱えて彼は帰って来た。お面のような顔をした鳥だ。
「餌!食べる!」
その鳥をか?
なんてことを言うのだ。
(うさぎの)子どももいるんだぞ。
戦々恐々としていると、ケイレブは大きい葉っぱを下に敷くと、お面取りの腹を高速で摩った。
「ガァア!ゲェエ」
「うっわ、エグいって」
お面鳥が口をかぱりと開く。咥えていた魚が下へと落ちて、皿代わりに敷いていた葉っぱの上に広がった。
パッと顔を上げたケイレブが繰り返す。
「餌!」
「あ、はい」
これがテメェの餌だ。
満面の笑みで出されたゲ.....食事を断る選択肢は無かった。
だってめっちゃ笑顔。
悪意のあの字も無い。
頬が引き攣る。
咥えただけ。飲んでない、噛んでない。つまりノーカン。魚がちょっと生温くなっただけ、原型を留めているから魚は魚。洗って焼けば、極上のゲ.....たんぱく質。そうたんぱく質。いける、やれる、食べられる。
「.....ありがとう、うん、お魚嬉しいから、あり、ありが.....ちょっ、ちょっとま.....湿気っぽい湿気っぽい!お尻めっちゃ湿気っぽい!」
ケイレブのついでにお面鳥を撫でると、お尻を顔面に押し付けてきた。
え?新手の威嚇?
「嬉しい!感謝!」
「あ、これ感謝の印なの?」
魚取られて感謝するなよ。
この森の子はチョロいなと思いながら、真っ白なふわふわお尻を手で受け止める。羽毛が湿気っている。冷たいし磯の香りする。
お前、海にいたのか。
「お面くん、海から来たの??」
この近くに海なんてあったかな。
お尻をシャバシャバと撫でながら、エマは首を傾げた。
「........狡い!」
じっとりとした視線。
視線は撫でる手を凝視していた。
隣でお座りしていたケイレブだ。視線の主はもちろん彼だ。隣で大人しくしていたが、我慢の限界は早かった。
お面鳥の羽毛に手を埋めると、エマの膝から下ろして転がした。
空いた膝には当然ケイレブ。頭を乗せて横になると、エマの手を掴んで頭へと誘導する。お望み通り撫でてやると、蜜のある黒髪が膝に広がる。
「きゅーん......へっへ」
「バウ!」
俺も!と白狼が反対の脚に顎を乗せ、パタパタと尻尾を振った。
えぇ、警戒心とかどこに置いてきた。
そんなんじゃあ攫われちゃうぞ。
「太郎、嬉しい。俺も嬉しい」
「わたしは心配」
「心配?」
「そう、お菓子貰ったら誰にでもついて行っちゃいそうで心配」
白い狼は珍しいから、密猟されたり毛皮を剥がされたり剥製にされたりしそう。怖い怖い。
「怖い、無い」
「どうして?」
「ご主人だけ、太郎と次郎もご主人だけ」
「次郎?」
くふくふ、と嬉しそうに甘く瞳が細められる。日焼けした頬が薄く色づく。撫でられる手に頭を押し付けて、黒髪をくしゃくしゃにしていく。満足そうに息を吐くと、その手を取って口元へ持っていった。
犬歯が覗く。
あ、と思った時にはもう遅い。指は口の中にあった。ケイレブに人差し指を喰われた。
痛くはない。甘噛みだ。
甘えるように、あぐあぐと指を噛む。
ゴロゴロと喉の鳴る音を耳が拾う。
「待ってた。ずっと、一緒に待ってた。だから嬉しい」
「ずっと?」
「うん、ずっと、ずっと前から。会いたかった、我が主人様」
「それって、」
「グルルル」
唸り声。
跳ねるように警戒体制を取ったケイレブと、狼たちが一斉に唸り声をあげた。視線の先には獣人村。
侵入者でも現れたのだろうか。
結界はまだ完全には壊れていないが。
それとも村の獣人を警戒して?
答えを求めて視線を向けた先に居たのは、ここ数日で見慣れた白。
垂れたままの白い耳、銀色の髪を靡かせた小さな彼女が走っていた。
「白狐?」
「知り合い?」
「うん、一緒に来た子」
わぁ、走れるようになったんか。
獣人の回復速度に驚きと感動を噛み締めていると、石鹸とミルクの香りが飛び込んできた。
「どうした?具合でも」
グゥゥウグルルルルルルキュー。
爆音が言葉を遮る。出所は腹だ。白狐の腹の虫が悲鳴をあげていた。
「......っ、ふ、ふふあっはははは!そう、お腹、お腹空いたのね!」
豪快に空腹を主張する腹の虫に、エマは耐えきれなかった。
まあ、随分と元気になった。
笑うエマを不思議そうに白狐が見つめる。表情まで豊かになって。嬉しくて可愛くて、ゆっくりと銀髪に指を通した。
甘い匂いに混じって炭と油の匂い。
エマは白狐がここに来た目的を理解した。
また肉を出されたらしい。
「りんご食べよっか」
「ーーー!」
きらりと白狐の瞳が輝く。
何度も頷く彼女の姿に、腹底で怒りが顔を覗かせた。御首にも出さずに、魔法でリンゴを3つ割ると、落とさぬように小さな手に乗せてやる。
1つはエマ、もう1つはケイレブに。
「いいの?」
「うん、食べな」
「......あり、ありがと!」
赤い果実に齧り付く。
よほど腹を空かせていたのだろう。咀嚼するペースが早い。手の中の林檎は、あっという間に種だけになってしまった。代わりの林檎を割って手渡す。
2つ、3つ、4つ。
これは昼食にまったく手を付けてないな。
テーブルに並ぶ肉の山が想像できて、エマは呆れてしまう。
煮た野菜や麦粥なら手をつけただろうに。
カエラが居ながらこれか。いや、居るからこそのこれなのか。
「明日からは木の実持たせるね」
「......!」
こくこくと頷く白狐。
頬についたカスを拭ってやった時だった。ケイレブがまた低く唸った。
「いた!」
「こっちにいました!」
声の主は村の方から走って来た。数人の女性を引き連れて、鬼の形相で向かって来る。先頭はカエラだ。
「お前!またお前が!」
桃色の髪を振り乱して半狂乱で叫び散らす。桃色の瞳は、いや、後ろのそれらも憎悪に濡れている。
カエラはエマの前に立つと、躊躇いもなく腕を振りかぶった。
ああ、周りが見えていない。
エマの後ろには白狐がいる。避ければ彼女に鋭利な爪が届くという判断すら出来ていない。
これはもう駄目だな。
エマは静かに目を閉じた。
パンッ!
乾いた音が森に響く。
息を飲む声と、荒い息遣い。
振りかぶったカエラの手は、エマの軟い頬を捉えていた。まろい肌が赤く色付く。
「お前が!お前がこの子を洗脳してるから!だから食べないんだ!!」
カエラが吠える。
「彼女は肉食だ!それなのに果物ばかり食べさせて、栄養失調で殺すつもりなんだろう!」
「外道!なにも知らない子どもを洗脳するなんて、これだから人間は!」
「早く洗脳を解きなさいよ!どうせ魔法で操っているのでしょう!?」
身に覚えのない罪を吐き散らす女たちに、ケイレブが毛を逆立てる。周りにいた動物たちも、エマを守るように体勢を低くし唸り始めた。
女たちは一瞬怯んだが、それすら憎悪に変えてエマを怒鳴りつけた。
「またそうやって洗脳して......!」
「わたしたちをなんだと思ってる!人形じゃないんだぞ!」
「動物たちまで.......可哀想に」
「人間は!これだから人間は!」
「同胞の洗脳を解け!」
再び腕が振り上げられる。
エマはそれを冷めた目で見つめていた。じんじんと痛む頬を撫でる。
これで正当防衛になる。
「人間の分際で、生意気な目をするな!」
激昂したカエラが腕を振り下ろす。
煩わしいな、一度腕を落とすか。
魔力の濃度を上げて風を呼びーー
「氷の.....守り」
ーーー小さな手がそれを遮る。
舌ったらずな小さな声。
真後ろで急速に練り上げられる魔力の気配。
眼前で氷付けにされるカエラの腕。
それは、瞬きの間の出来事。
「フーッ!フーッ!」
ギラギラと目を見張るような殺気が、カエラに牙を向いた。
いつも、いいね・ブックマーク・評価ありがとうございます!
初めての方、気にいりましたら、ブックマーク・いいね・下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価をよろしくお願いします!




