16、蜂蜜
右手にはハケ、左手に蜂蜜缶を携えてエマは一心不乱に木を汚す。
周辺の木々はすでに黄色に染まり、辺りは甘い匂いが充満していた。
ペタペタ、ぺたぺたた。
また一本、木が蜂蜜に染まる。
トロリと重みで下へと垂れて、蟻たちの餌となっていく。
ペタペタ、ぺぺたった。
甘い蜜を狙う無数の瞳が、こちらを監視していた。
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甘いは美味い。美味いは甘い。
甘くて美味しい蜂蜜を生物は求める。
人間も、動物も、虫も。そう虫。カブトムシ。小学生たちのアイドル。不屈にして最強のアイドル的存在の大好物(だった気がする)。彼も蜂蜜の虜だ。
木々に塗りたくっていれば、大量に集まること間違いなし。
完璧。完璧すぎる計画だ。
「しめしめ」
明日になれば、この場所はカブトムシの天国となるだろう。恰好の狩場の完成だ。
だがその中心には大嫌いな人間がいる。
大人たちは口々に言うだろう。
「あの森に近付いたら駄目よ」と。
獲りたい。でも近づけない。こんなに近くにいるのに、近寄ることすらできないなんて。
ジレンマ。不条理が胸を締め付け、網を片手に泣き喚く子どもたち。
中央には、悠々と紅茶を飲む嫌いな存在ランキング殿堂入りの人間。
彼らは地面を叩いて悔しがるだろう。
俺が、俺たちがもっと強かったら。
己の不甲斐なさに涙し嘆くのだ。
「ふ、ふふ、ふふふふふふへへ」
本日15本目の木に蜂蜜を塗りつける。
極上の嫌がらせだぜ。
エマは不敵な笑みを浮かべた。
おかしい。
林檎を食べながらエマは思う。
白い毛皮を背もたれに首を傾げる。
カブトムシって白だっけ。
もふもふで柔くて全長2メートルくらいあって、四つ足でワンと鳴いたっけ。
「わん!」
「カブトムシ......?」
「太郎、オオカミ」
「おおかみ」
太郎くんは狼らしい。
どうりで犬っぽいはずだ。
木 蜂蜜 集まるもの で検索をかけると田舎は“虫“だが都会は“狼“が出てくるらしい。
都会ってすげぇな。
「都会の狼って白なんだ」
「太郎は白」
「へぇ、都会ってすげぇな」
都会の狼は白いらしい。
遺伝子も高級なのか。田舎とは大違いだ。肉ではなく蜂蜜で集まってくるところが、またセレブっぽい。
田舎の狼たちは飢えた獣だが、都会の狼たちは優雅に蜂蜜を嗜むようだ。
現に隣にウサギがいても、鼻の先で突くだけで食べたりしない。
都会は優雅だ。
「りんご、美味い?」
「うん」
ちゃかちゃか足音。
新たに灰色狼がバスケットを咥えてやって来た。
果物をたくさん詰めたバスケットだ。
ゆ、優雅ぁぁあ〜。
灰色狼はエマの近くにそれを置くと、前足で太ももにちょいちょいと触れた。
食べろ、と言うことだろうか。
「ありがとう」
「うっふ」
灰色狼が伏せの体制をとるので、頭を撫でてやる。意外にも毛並みはサラサラで、マドラ思い出した。
あいつ元気かな。
ご飯食べ過ぎてないといいな。
「俺も!」
隣でくつろいでいた男が頭を下げる。
頭上の黒耳が垂れていた。
撫でやすくしてるのかな。
おしおし、と蜜のある黒髪を撫でてやる。パタパタッと尻尾が揺れた。
都会には白い狼もいるし、蜂蜜派だし、バスケットで果物持ってくるし、獣人の男が一緒の群れに入れるらしい。
都会ってすげぇな。
無事に帰れたら、田舎に住むママンにも教えてあげよう。
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続きは今日中に投稿予定です。




