14、従属
シオンは激怒した。
かならず、かの邪智暴虐の長を除かねばならぬ決意した。
シオンは政治が分かる。
シオンは魔王である。
300年前は魔法を嗜み、勇者一行との殺し合いを楽しみに生きてきた。
ゆえに、己の快・不快には人一倍敏感であった。
ダブルベットは無い。
ダブルベットは長の部屋にしか無い。
貸し出しは不可。手に入れるためには長を除くしか方法はない。
「いや、諦めろよ」
「ならぬ、エマが潰れてしまう」
「別々に寝れば良いじゃん」
「それこそ、認められぬ」
「でしたら、別々のお部屋に」
「誰が口を開いて良いと許可した」
「ヒッ!も、申し訳ございません!」
深々と頭を下げる案内人の女は、数時間前より随分と従順になっていた。
自業自得だ。
己の諦めの悪さゆえにシオンから悪印象を抱かれた彼女は、言葉を発する度に圧をかけられ続けた。
やれ、人間は別室に。
やれ、人間に食事など不要。
やれ、人間の寝床は床で十分。
いっそわざと怒らせているとしか思えない発言に、エマはもうコントでも見えているような心持ちになっていた。
「じゃあ、シングルくっ付けるか」
鶴の一声で、部屋にはシングルベッドが2つ用意された。運んできた獣人たちの苦々しい顔を堪能しつつ、エマは渡された布団をシオンに渡した。
早朝、エマを見るなり全速力で駆けてきた白狐からの熱烈なボディーアタックをどうにか受け止める。
会心の一撃。
細腕から出る万力に、腹と背中が嫌な音を立てる。少女の身体にこれはキツイが、白狐は抱っこちゃんのまま離れる様子がない。
仕方がないと魔法で身体を強化し、コアラと化した白狐を連れて朝食の席へと足を向けた。
「あー、どっこいしょおぉ」
「おっさんくさいぞ」
「自分とほぼ同じ大きさの子ども抱っこしてるのよ?おっさんにもなる」
椅子に座ったが白狐は離れない。
席に促す声が聞こえる度に、服を掴む腕に力が入る。エマの服は白狐の手の形にしわっしわだ。
魔法で編んだものだからいいけどさ。
破れそうで怖いから、そろそろ白狐に色々言うのを止めて欲しい。
「エマ」
隣から肩を叩かれる。
救世主か!?
隣を見るとシオンが笑顔を向けていた。期待値が上がる。差し出されるままにナニカを受け取れば、それは粥だった。麦粥。まごうことなき麦粥。
「........そうか、そうだな。お前はそういう奴だったよ」
魔王だもんな。
救世主とか、笑っちゃうよね。
スプーンで粥を掬い白狐の口元に持っていく。かぱりと開いた小さな口が、スプーンを口内へと迎え入れる。
どちらも慣れたものだ。
もちゃもちゃと咀嚼する白狐。口の端についたカスを拭ってやりながら、開いた口に粥を食わせることを繰り返す。
「こちらもどうだ?」
離れた席からデイビットが言った。
絞り出すような声だ。笑顔は引き攣っている。先程まで唖然とこちらを見ていたにしては、平静を装えている。
差し出された皿には肉が乗っていた。
大きくて脂身の多い肉だ。
欲しがるかと手を止めるが、白狐はただ次を催促するように袖を引くだけ。
「美味いぞ。タレで焼いたんだ」
「..........」
「牛は気分ではないか。それなら、豚はどうだ?これの味付けは塩だ」
「..........」
「牛も豚も気に召さないとなると、鳥か?子どもは皮が好きだからな」
「..........」
新しい皿が出される度に手を止めるが、白狐は反応を示さない。それどころか、頭をエマの鳩尾に擦り付けてくる。
最終的に「どうして止めるの?」と上目遣いで見つめられてしまえば、観念するしかエマに選択肢は無い。
「いつもそれか?」
「...........」
「もしや口が聞けぬのか?」
「..........」
「どうなのだ人間」
「さて、どうだろうね」
「貴様っ!」
「よせ、食事の席だぞ」
「だがーーーっ!?」
曖昧な答えに馬鹿にしていると感じたのか、ルイがエマへと怒鳴りかかる。
懐に隠した暗器を手に取ろうとして、パコンと胸に小さな木の実がぶつかった。それは服に赤い痕を残して、床へと落ちていく。
「..........っ」
白狐だ。
盛られていたベリーをルイに向かって投げつけたのだ。
表情は相変わらず見えない。だが、心なしか憤っているようにも見える。
「こら、食べ物を投げたら駄目だよ」
「.............」
「ふふっ、怒ってはないよ。守ろうとしてくれたんでしょ?すごく嬉しい。ありがとうね」
旋毛にキスを落とす。
パタパタと尻尾が揺れる音がした。
あらぁ〜いつの間に尻尾振れるようになったの??可愛いわね(デレデレ)。よしよし、オジサンがなんでも買ってあげようね〜〜。
相変わらず表情は乏しいが、感情の起伏がはっきりしてきて嬉しい。最高に可愛い。撫でる手が止まらない。
「..........っ!」
落差に耐え切れなくなったのだろう。
ベリーを投げつけられたルイは、苦虫を噛み潰した顔をして部屋を出ていった。
デイビットは静かにそれを見ていた。
「随分と仲が良いようだ」
「そう見えるのなら、そうなんじゃないかしら」
デイビットが笑顔のまま口を閉じる。苛立っているのが手に取るように分かったが、煽るのを止める気は毛頭無い。
「なあ、白狐よ。ここに住まぬか?」
「...........」
「今すぐに決めろというわけではない。助けられた恩もあるだろうし、色々と準備も必要だろう」
「...........」
「悪い話では無いと思うぞ。ここにいれば望む物を食せるし、広い部屋で暮らせる。なにより、同族がいる。なぁ、悪い話ではないだろう」
白狐は答えなかった。
聞いていないの方が正しいか。
耳裏を擦るエマの手を、目を細めて堪能していた。僅かにだが喉も鳴っている。
今日は随分と甘えただな。
「.......来たばかりで判断は難しいだろう。今日も村を見て周るといい」
「...........」
ついついと袖を引かれた。
エマも同行しろということか。
「もちろん、良いーー」
「人間殿は、仲間が怖がるからな。村への同行は遠慮しておう」
「ーーーけど、駄目だってさ」
言葉を遮るデイビット。
よほど白狐と引き剥がしたいようだ。ここで白狐の要望を通さないのは、逆効果だと思うが彼の意向なら仕方がない。
白狐が不満そうに尾を揺らした。
「案内人にはカエラを呼んだ。慣れた相手の方が、緊張せずに済むだろう」
「え、」
それは悪手だ。
思わず声が漏れたが、デイビットは得意げに鼻を鳴らしただけだった。
白狐が暴走した原因がカエラだと、コナーから聞いていないのか。
おずおずと、だが誇らしげに現れたカエラにエマは己の目を疑った。
「よろしくね」
「...........」
「食事は終わった?それなら、早く行きましょう。紹介したい素敵な場所がここには沢山あるの!」
カエラを見て、それからシオンに視線を移す。目で会話でもしているのか、シオンと無言で見つめ合った白狐はエマの腹に顔を数度押し付けると、名残惜しそうにカエラについて行った。
「どゆこと」
「秘密だ」
ここぞとばかりに人差し指を唇に、片目を閉じるシオン。壁際で控えていた給仕たちが一斉に頬を染めた。
エマはにっこりと笑った。
湧き上がるのは高めの殺意だ。
相変わらず顔だけは良い。ゆえに残念でならない。笑顔の奥から滲みでるウザさ100%汁のせいで、面の良さが相殺どころかマイナスに傾く。
「酷死呪文って、わたしでも使えるかな」
「こらこら、殴るでない。グーで殴るのはいかんぞ」
お礼にムシャクシャした気持ちを脇腹を殴ることでお返しすると、手を取られて握り込まれてしまう。
お前こそ手を握るな。少女の手を握るとか極刑に値するぞ。
「貴様!不敬だぞ!」
「どの口が言ってだ」
「なんだと!?」
「あ、やべ」
戻ったルイから罵倒が飛んできたので、反射的にバットで打ち返してしまった。
いけね、と口を抑える。
先程とは別の理由で顔を真っ赤にする獣人たちに、血管は忙しそうだなと思った。働きすぎて切れそうだ。
「いつも、こうなので?」
「余とエマの関係を指すのであれば、そうだな。いつもの光景だ」
「なんと無礼な!」
「人間の分際で!」
「無礼?分際?貴様らこそ、誰に口を聞いているのか理解しているのか」
あ、とエマが思った時には遅かった。
シオンは悠然と椅子に腰掛けたままに、部屋の面々を威圧する。
彼らの身体を何倍もの重力が襲う。
瞬きの間に増した圧に、給仕たちは膝を吐き這いつくばる。息すらままならないのか、ひゅーひゅーと高い音を耳が拾う。どこぞの隊長であるルイでさえ、シオンの前に膝を付いていた。
「エマが余の物であるように、余もまたエマの物である。エマへの侮辱は余に対する侮辱と相違ない」
「......で、ですが」
「ほお、まだ意見するか。その根性は認めてやろう。だがこの程度で泣き喚き膝をつく矮小な存在が、彼女に意見できると本気で思っているのか?」
「.....なにを、言って」
「嘆かわしい。目の前の光景すら見えないとは。きみが情けをかける必要はあるのか、甚だ疑問に思う」
「情け.....?」
「のお、エマよ。もうよいのではないか?」
「えー?白狐のこともあるからなぁ」
「ーーは?」
「いきなり外すのは......ん?どうかした?ああ、もしかして倒れた方が良かった?」
ルイの視線がこちらに向く。
目を丸くし、現実を疑う獣人たちに首を傾げる。
趣味の悪い演目を肴に紅茶を嗜んでいたのだが、参加した方が良かったらしい。
それでは、とエマは微笑んだ。
「ああ、なんて情けないのかしら。丈夫で高貴な獣人様が聞いて呆れてしまうわね」
手摺に手をつき、肘に頭を乗せて、脚を組む。
その出立は、魔王にそっくりであった。
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