8、帰還と報告
コナーが獣人村に着いたのは、夜の帳が下りる頃だった。侵入者を拒む罠の隙間を縫って、木々の上を進む。首に付けられた鈴を鳴らし、門番に帰還を知らせる。
「お帰り」
「白狐のことで報告に戻りました」
「了解。長には連絡入れておく」
「ありがとう」
見張が遠吠えをあげる。
連動するように軋む音がした。
門が開いたのだ。
だが、門の存在を目視することは出来ない。確かにそこにあるのに、門を見たことは一度も無い。
魔法で作られた特別な門で、お手製の鍵でしか開かない結界のような役割を担っているのだとか。
詳しい話は長しか知らない。
開いた門の先には霧が立ち込め、そこを抜ければ慣れ親しんだ村の光景が広がっている。
コナーは門番に手を振ると、長のいる村の中心へと急いだ。
*********
「ーーー以上が報告になります」
簡潔に告げられた報告に、男は顎に手をやった。後ろで控える己の右腕は、憤りを露わにしている。今にも飛びかかりそうな形相だ。
「ご苦労様。手紙をしたためておくから、今日は戻って休みなさい」
「はっ」
頭を下げたまま下がったコナーを、手を振って見送る。気配が消えたことを確認すると、詰めていた息を吐いた。
「るぅいぃー?」
後ろを振り返ると、案の定、鬼の形相を浮かべている右腕ーールイがいた。
狐特有の釣り上がった目付きが、怒りで鋭さが増している。怒鳴らないように我慢していたのだろう。口角は歪に歪んでいる。
コナーが頭を上げなくてよかった。
心根の割に顔面が凶悪な友人の好感度が、ガタ落ちするところだった。
「コナーは報告に来ただけだ。怒りをぶつけても仕方ないだろう」
「ぶつけていない」
「その凶悪な顔でかい」
「.......」
自覚はあるらしい。
黒い耳が力なく垂れていた。
この素直さが、表情筋に1ミリでも行けば“鬼将軍“と怖がられることも減るだろうに。不器用な男だ。
「デイビット」
「はいはい、余計な話はもうしないよ。これからは真面目な話をしよう」
すみれ色の瞳に攻撃性が戻る。
己の朱色の瞳も同じだろう。
保護予定だった白狐は魔王様の元にいる。他者からの干渉を拒み、同族との接触も拒否した。唯一の例外は魔王と連れの人間。酷い衰弱状態だったが、人間の治療により回復し始めている。
「もっと早く魔物に襲撃させるべきだった」
「1ヶ月も前からやってる。結界が壊せなかったんだ。どうしようもないだろう」
「だが」
「ルイ」
「......」
「心配なのは分かるけど、たられば言っても仕方ないだろう。今はどうやって、白狐と人間を引き離すかだ」
「今すぐに連れてくればいい」
「出来るわけないだろう」
お馬鹿さん、と小突く。
頭は良いはずなのに、人間のこととなると短絡的になるのは悪い癖だ。人間は狡賢い悪魔だ。騙され利用されないように、知恵を絞らなければならない。
「無理に引き離して、白狐の心象が悪くなったらどうする。保護できない」
「すべて演技だ。高値で売る算段だろう」
「魔王様の連れだ。白狐になにかするとは思えない」
「あの人は、我々のことなど歯牙にもかけないだろう」
「だとしても、白狐を助け治療しているのは事実だ」
デイビットたちの成せなかった偉業を成し遂げ、白狐を救出し、拒絶されず治療している。思惑はどうであれ、その事実は覆せない。無理に事を起こせば、魔王様と白狐の双方に遺恨を残すことになる。
「幸い、魔王様は白狐を手放したがっている。白狐を説得すれば、問題ない」
「......」
「ルイ。白狐にとって魔王様たちは、わたしたちにとってのあの人と同じ。命の恩人なんだ。分かるだろう」
下卑た笑い声が今でも耳にこびり付いている。同時に、あの地獄から救い出してくれた青も目の奥から消えない。小さな手に長い金髪。圧倒的な存在感で、その場を掌握した聖女と同じ。
恨みを買えばどうなるかなど、想像するのは容易かった。
「遠回しに行こう。自分から手を離すように仕掛けるんだ」
「........わかった」
ルイがゆっくりと頷いた。
納得はしていないが、恩人を消すことの難しさはルイとて理解している。
場所は違えど同じ境遇を味わった。
辛辣を舐めた分だけ救いの手は鮮烈に記憶に焼き付いて、今でもデイビットを支えている。
ルイも同じ。
白狐もそうだろう。
無理に引き離してはいけないのだ。
与えられる幸福が当たり前だと理解させて、もたらす者が増えれば恩人はその価値を落とす。
唯一だから異様に輝くのだ。
死んでしまえば、なおさらに。
「白狐が回復次第、こちらに来てもらおう」
「人間はどうする」
「隔離するさ。村中に声もかけておく、世話をする者はこちらで決めればいい」
「.......迎えは俺が行く」
「うん、お願い」
筆を取る。
魔王様宛への手紙をしたためる。
白狐を助けてくれたことへの感謝と、引き続き治療をお願いすること。回復次第、迎えを寄越すことと、迎える準備は出来ていることを綴った。
封筒に詰めて蝋で封をする。
「大丈夫だって、結局は別の生き物だって白狐も分かってくれる」
「.....そうだな」
「穏便に済まなければ、化けの皮を剥いでやろう。そうすれば白狐だって手を離すさ」
人間は人の皮を被った悪魔なのだから。
デイビットは、手元のハンドベルを鳴らした。
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