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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜邂逅編〜
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7、熱



「ほら、もう大丈夫だよ」


「はふ、はふ」


「びっくりしたね」



白狐を抱き締めて身体を揺する。

未だ漏れ出る微量の魔力が、静電気のようにピリピリと肌を刺激した。すこし痛い。

上気した頬に汗が垂れる。荒い呼吸が空気を揺らして痛ましい。

無理な魔力放出で疲れたのだろう。

小さな身体は、放っておけば今にも息を止めてしまいそうに思えた。

脆い。脆い。

獣人もこんなにも脆い。

だがそれが羨ましいと、エマは思う。

命の灯火がこんなにも弱く近い。それはふたりには無い感覚だ。

ああ、妬ましや。

つい白狐に手を伸ばす。



「.......っ、あんた!」



殺気だち短刀に手を添えるカエラの姿が、横目に写るが止まらない。手は顔に向かって伸びていく。

カエラが重心を下げ、エマに狙いを定めた。あと5センチ、3センチ、あと、あと少しで、その細い首に手がーー



「聖女よ」


「.....ちょっとだけよ」



ーーー手は届いた。

伸ばされた手は、甲を首の横に付けて熱を測るだけに止まる。

苦しさで浮かんだ涙を拭い、開閉を繰り返す瞼をくすぐって閉じさせた。

ただ、それだけ。



「なにしてんのよ!」


「寝かせただけよ」


「締め殺そうとしてたじゃない!」


「締め殺す?なぜ?」


「なぜって、してましたよね?!」



縋るようにシオンを見るが、彼はエマと共に首を傾げていた。

カエラから困惑した声が漏れる。

見当違いも甚だしい。エマは白狐を殺そうとなどしてはいない。



「じゃあなんで、」


「ただ、羨ましくなっただけよ。それだけ、ただそれだけよ」


「なにそれ、意味わかんないんだけど」



ドスドスと足音を立てて、桶をサイドチェストに置く。中の水が波立って、縁を濡らした。



「紛らわしいことしないで!」



怒鳴りつけると、またドスドスと床を鳴らして洗面所へと消えていった。



「最近の若者はキレやすいって本当だったのね」


「余も怒っておるがな」


「思わせぶりな態度に?」


「言わずとも分かるだろう。それとも、言わせたいのか?」



長指に顎を取られ、上がった視界はすぐにルビーに捕らわれる。

言わずとも分かる。

白狐に生命力を送ろうとしたのを、咎めているのだ。

シオンは生の放棄を認めない。己の手で終わらせるか、寿命で亡くなることを強要する。



「ちょっとなら、問題ないのに」


「問題ある。微々たる量であっても、きみから失われることは許さない」


「散々殺してきたくせに」


「それはお互い様であろう」


「なら、いいじゃない。今回もそれで、そういう関係なんだから」



聖女と魔王の歴史は血塗られている。

殺して殺されて殺して、互いを殺めた数など数えきれない。

いまの関係が異様なだけで、寿命を気にするような関係ではない。ないはずだ。はずだったのに。

ぐつぐつとマグマのような瞳が、エマを咎める。



「きみから壊したのにか」


「そうよ、当たり前じゃない」



たとえ前の私が壊したとしても、今のわたしはそれを否定する。

この命は、この命だけは自分の物だ。エマ以外に使い道を決める権利は無い。それがシオンであっても。

顎を抑える手を取り引き寄せる。

ぐっと顔を近付けた。



「わたし我儘なの。知ってるでしょ」



口の端を歪めて、挑発するようにエマは笑う。

それは小悪魔にも無邪気な子どもにも見えた。当時となにも変わらない表情に、シオンは息を飲む。見開かれた赤が、ゆっくりと閉じていった。

まるで懐かしむように、ゆっくりと。



「.......ああ、そうだな。そうであった。きみはとても我儘だ」



背に手が回ったのは一瞬だった。

覆い被さるように抱きしめられる。痛いのに苦しいのに、温もりが伝わるような腕の中だ。旅が始まってから初めての感覚に、エマは目を細めた。

これでは、どちらが子どもか分からない。

とくんとくんと響く心臓の音に耳を傾けながら、大きな背をエマは抱きしめ返した。



「我儘で奔放で、ゆえに残酷だ」



彼はなんと言ったのだろう。

最後の言の葉を、エマは聞き取ることが出来なかった。








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