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堕落聖女と変態魔王  作者: 竹輪
〜邂逅編〜
57/117

5、屋根裏の住人



実はずっと側に居た。

宿に入るずっと前から、それこそコンコ村を出るその瞬間から、彼女たちはエマたちを尾行していた。

白狐の散髪の時も、なにをするでもなく天井裏に潜んでいた。



「..........」


「..........」



言葉にはしない。

露骨に天井に視線をやらない。

気配も殺気も隠さない相手など、ふたりの敵ではないからだ。天井裏のネズミと同じ。必要がなければ、構ったりなどしない。

呆れはするが。

エマは肩を竦めた。



「また、お使い頼める?」


「構わんぞ」


「石鹸とご飯とそれから薬もお願い」


「風邪か?どれ、余に移すといい」



肩を抱き締め、顔を近づけるシオンの額を張る。

馬鹿野郎。使うのは白狐だわ。



「調合すればよかろう」


「お、殺す気か?」



魔法で弱ったのに、魔法効果の強い薬を飲ませるのは逆効果だ。

聖女の薬は万能薬。

ただの傷薬でも切断された腕が生えるほど、馬鹿みたいな効果を発揮する。

いまの白狐に使うのは、毒を盛った後に致死量の毒を盛るのと同じこと。

使えるわけがない。



「では、余が調合しよう!」


「随分と元気な殺害予告ね」



対照的に、魔王の薬は死の秘薬だ。

下剤の調合で人間を怪物に変えるほど、馬鹿みたいな効果を発揮する。

元気な白狐に使ったとしても、アンデット化は免れないだろう。

調合させるわけがない。



「大人しく、お使いに、行ってきて」


「つれないことを言うでない」



寂しいと指を絡められたので、そのまま内側に力を入れてやった。

いたたたたた、と高揚した声が部屋に響いた。

と、白狐が目を覚ます。



「どうした?つらい?」


「………」



近寄ると、赤い瞳がこちらを見る。

袖が引かれる。

ゆっくりと白狐は首を振った。

エマの顔が、パッと華やぐ。

問いかけに反応を示した。

これは大きな進歩だ。



「辛かったら言ってね。このおじいさんが、大抵のことはどうにかしてくれるから」



わたしもどうにかするし。

白い頬を撫でる。

言葉はない。様子を探るように、視線を逸らさない姿は小動物のようだ。

愛くるしいような、寂しいような。

安心させるように頭を撫でる。汗で張り付いた髪を除けてやると、瞼が上下し始める。

疲れているのだろう。やがて完全に瞼が閉じると、エマはくふふと微笑んだ。



「おやすみ、小さな戦士さん」



額にキスを落とす。

袖口から手が離れていった。

起こさぬようにベットから立ち上がる。サイドチェストの上から、水を手に取った。



「ぁぁあ......沁みるぅ」


「おっさんくさいぞ」


「おじいさんに言われたくない」


「お主もそう変わらんだろうに」


「残念でした。この身体はまだ10代ですぅ」


「中身がなぁ」


「残念そうにすな」



ロリコンめ。



「そうではない。熟れたきみも魅力的だが、外見がこれだとバランスがなぁ。どうにも手を出しづらくていかん」


「いま、切実にこの身体に感謝したわ」



つまりロリじゃなかったら、今頃アー♂でアー♂な展開がアー♂で確定だったのか。

おそろしい。なんて恐ろしいのだ。

さすが魔王。さす魔王。

常識はあるのに良識はない。いっそのこと、見境がない方が健全に思える。



「収まりは良いのだがな。庇護欲と独占欲が、同時に満たされる」



脇に手が入り、シオンとの距離が近くなる。

白狐とは違う赤瞳がエマを写した。胸焼けするほどに甘い。

膝裏に手を添えられ、腕の中に収まると、焼き芋の香りがした。

小さく欠伸が出る。

後頭部からスッーと吸引音はするが、まだ害はないので話を進めるとしよう。

上の害獣のこともあるし。



「白狐、どうしようか」


「獣人村に返せ」


「言葉が冷たい」



返答が鋭利すぎる。

叩く代わりに、人差し指を喉に置いた。なぞるように、下へ下へ。喉仏で指を止める。



「声がさ、出ないみたいなんだよね。声帯に問題は無いから、精神的なものかな」



出さないのか、出せないのか。

前者と後者の区別が、異種であるエマには判断しきれない。



「治療出来る?」


「身体の造りが違う」


「だよね」


「獣人村に置いていく」


「即決すな」



獣人は迫害の対象だ。

専門医の数は片手で足りるほど。外にいる彼らに出会える確率は、宝くじで1等を当てるようなもの。白狐のためにも、常駐している獣人村に行く必要がある。あるが。

天井に視線を移す。

本当に、連れて行っても良いものか。



「悩む必要はなかろう。やってみればよい。ちょうど迎えも来ている」


『ーーーー!?』


「膝をつけ、頭を垂れよ」



氷のような声が部屋に落ちる。

息が詰まるような威圧感と共に、畏怖が上から降りてくる。天井の裏からネズミが数匹、それは桃色と白色が混じった髪をしていた。ピンクを基調とした派手な服装に、背中には小さな翼。

3匹のネズミーーいや、3人の鳥の獣人が、魔王の前に跪く。



「名は」


「ぁ......」


「名は」


「.....か、カエラ」


「コナー」


「ロッティ」


「目的は」


「し、白狐でございます」


「保護、ために......まい、参り、ました」



跪き、頭を垂れる少女たち。

可哀想なくらい震えている。

顔に浮かぶのは恐怖だけ。

桃色の瞳たちが見つめるは床(ゆか)のみで、意識はすでに床(とこ)の上には向けられていない。



「いまさらか」


「い、いえ!我々は魔王様がいらっしゃる前から、コンコ村に!」


「結界が強固で中に入れなくて」



恐怖で舌が回っていない。

要約すると、彼女たち姉妹は命を受けて白狐を保護しに来たらしい。だが、結界が強固で潜入を断念。方法を模索中にエマたちが現れた、とのこと。

なら、もっと早く降りて来れたじゃん。なんでいま来たの。



「手柄だけが望みが」


「決してそのようなことは!」


「人間がいたからで!」


「ちょっと!」


「だって!」



一際小柄な少女ーーロッティが口を塞ぐ。塞がれたカエラは目に涙を溜めて唸ると、エマを睨みつけてきた。なぜ。



「よい、申せ」


「ありがとうございます」



シオンの言葉に片目を隠した少女ーーコナーが、カエラの腕を引いて頭を下げさせる。自分も深く頭を下げた。



「..........人身売買を、危惧したのです」


「ほお」


「魔王様に対して不敬であることは、重々理解しております!それでも、それでも人間は信用できなかった」



桃色の冷たい視線が、腕の中に注がれる。腰の短刀に、いまにも手が伸びそうだ。

獣人の人間に対する好感度が、あまりにも低い件に関して。

興味深いなと観察していると、腕の力が強まる。ついでに圧も増した。

虐めてやるなと上を向けば、不機嫌そうな御尊顔がこちらに向いていた。

なんだその目は。関心が己から逸れたからって、八つ当たりするな。



「余は顔を上げろと命じたか」


「も、もも申し訳ございません!」



さらに縮こまる姉妹。

殺気は霧散し、恐怖だけが彼女たちを支配していく。

眼前にいるのは絶対君主。

断頭台に頭を預けている気分なのだろう。

可哀想になってきた。

ここいらで、外に逃がしてやろう。



「シオン、もういいでしょ」


「そうか」


「もともと獣人村に預ける予定だったのが、ちょっと早まるだけだし」


「よいのか?」


「人間ならまず動かさないけど、獣人は大丈夫っていうんだから平気なんじゃない?」



そうでしょ、と見下ろすと動揺したように桃色が揺れていた。



「食事も満足に取れないし、身体の傷もまだ癒えてないけど平気なんだよね?」



いやぁ、獣人てすごいね。

エマは、けらけらと笑った。

感心したように、丈夫なんだねと続ける。



「それ、は」


「え、違うの?」


「獣人だからって、そんなに丈夫じゃ」


「だから売られるって警戒してたのに、降りてこなかったんじゃないの?」


「ーーーーっ!」


「万が一奴隷になっても死なない。そう判断したから、奪いに来なかった」



そうよね。

コロコロと鈴を転がしたような声が、小鳥の脳を焼いていく。魔王の腕の中で、少女の顔をしたソレが残酷な事実を紡いでいく。



「獣人って凄いのね。この状態から奴隷落ちしても、問題ないなんて。人間なら死んでる」


「ちがっ」


「命令で白狐を回収しに来たのに、魔王(シオン)に対時するなんて怖いし。下手したら、こっちが死んじゃうもん」


「ちがうんだって」


「あら、いいのよ。怖いのは当たり前」



自分は可愛いもの。

同意を得るように、首を傾げた。

視線の先の小鳥たちは、ひどい顔をしている。汗と涙とで顔を汚して、拭うでもなくエマを見ていた。

優しい声色でコーティングされた鋭利な現実が、柔い心の奥を無遠慮に突き刺す。

無意識のうちに目を逸らしていたモノを、ゆっくりと眼前に晒していく。



「誰も、あなたたちを責めたりしないわ。だって、相手は魔王様と憎き人間だもの」


「ーーーー!」



姉妹は白狐を前から知っていた。

馬小屋で凍える幼児を知って、放置した。

結界は理由にならない。

彼らは、ゴウトーの聖遺物を盗めた。それは、結界を突破する術を持っているのと同義。

たとえ、姉妹がそれを知らずとも。

知恵を託されなかった時点で、白狐の優先順位は低い。丈夫ゆえの怠慢だとエマは思うが、それだけ身体は頑丈に出来ているということ。

予想の範囲を、遥かに超える丈夫さだ。

薬の効き目も異なるに違いない。

早々に専門医にお任せしたい。



「ほら、どうぞ連れて行って」


「ーーーえっ?」


「聴こえなかったのか。連れて行けと言ったのだが」


「あ、あり、がたきお言葉です」



放心状態のロッティがふらふらと立ち上がる。

自慢の白髪が萎びていた。腰が抜けているのか、カエラなどコナーに抱えられている。

足が痺れたのだろうか。

エマの見当違いな思考を、シオンだけが理解していた。先ほどの言葉がすべて純粋な感心であることも、嫌味など微塵もない賛辞だということも。

すべて理解して、口をつぐんだ。

聖女(エマ)を知るのは、余だけで良いのだから。



「なにをしている、早々に失せよ」


「は、はい!」



シオンの思考など露知らず。

エマは足元の覚束ない姉妹に、労りの視線を向けていた。

今日はずいぶんと機嫌が悪いなぁ。

勢いよく頭を下げる桃色の旋毛を見守る。横たわる白狐を抱えようと、手を伸ばしーー



ーーーパンッ



「え?」



乾いた音。

赤い液体が床を濡らすのを、見ていた。






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