3、夢見
「いい知らせと悪い知らせ、どちらから聴きたい?」
「股ドンしながら言う台詞ではないな」
行きとは打って変わり攻撃的な出迎えに、シオンの頬が高揚する。急所の真下に足があるというのに、興奮からか息が荒い。
見上げる視線に侮蔑の感情が混じった。
それが余計に愉悦を誘ったのか、ギラギラと赤い瞳が怪しく光る。
溶けて、垂れる前にエマが口を開いた。
「悪い知らせからだな」
荷物から食料(油コテコテ串焼き)を引ったくる。大きく口を開けて頬張った。
「夢見が的中してた」
「ほお」
じわっと、濃いソースの味付けが口内に広がる。一口噛むと肉から油が染み出し、ソースと混ざって食欲を唆る。また一口、また一口と頬張る手が止まらない。
だが、美味しさはエマの憂鬱を洗い流してはくれなかった。
複雑です、と顔に書いたままベットを指さす。そこには“白い狐“が腰掛けていた。
「して、良い知らせとは?」
「女の子だった」
「ん?」
「女の子だった」
「主語をいれよ」
「白狐は女の子だった」
「嬉しいのか?」
「それは嬉しい!」
「そうか」
よしよしと頭を撫でられる。
普段ならムカつくが、特別に許してやろう。
献上品と白狐に感謝しな。
むふー、と鼻を鳴らす。
過疎化の進んだイーナカ村に、歳の近い同性は居なかった。1番近くて10は離れていて、友達というより保護者に近かった。
同性のそれも歳の近い友人ができそう。
それだけで、喜びは一入だ。
「それに可愛い!」
「そうかそうか」
それに可愛いのだ。顔がいい。
初めての友達候補が可愛い。それだけで、未だ灰色なエマの青春に色がつく気がした。面食いなだけともいうが。
「して、風呂には入れたのか?」
「髪しか洗えてない」
「では剥いたのか」
「むく...?」
「服を剥かねば性別は分かるまい」
シオンの視線が下に向く。
視線の先は茶狐改め、白狐の股座。
「隙間から見えた」
「なるほど」
子どものようにはしゃぎ回るエマをそっと避けて、白狐の前に立つ。
白狐に手を伸ばすと、ボロ布を捲り上げた。
「ーーーーっ!?」
許可も宣言もなかった。
躊躇うことなく晒された柔肌に、エマは声にならない悲鳴をあげた。
「うむ、女だな」
「なっなななな、なんてことしてるのよ!」
白狐をひったくる。
急いでボロ布を被せて、庇うように抱きしめた。暴挙に及んだ彼を睨め付ける。
シオンはきょとんとエマを見ていた。
「ロリコン、変態、強姦魔!!馬鹿、アホ、マヌケ、おたんこなす!」
「性別を確認しただけであろうに」
「女の子だって言ったじゃない!」
「確認したのは上だけであろう?そんな不確かなものでは、確認したとは言えぬ」
「じゃあ、わたしに下も確認しろってか!」
「余の息子以外をその目に写すことは許さぬ。相手のを切断するぞ」
「理不尽極まりない!」
確認して男だったら切断は、可哀想どころの話ではない。さすがは魔王。世の不条理を形にしたような男だ。
シオンがため息をついた。
「よいか、性別は、はっきりさせねばならん。きみは女なのだぞ」
やれやれ、と子どもに諭すような声で続ける。
「内側のものがどうであれ、身体が異なれば被害を被るのはきみだ。いつの世もな」
「それは・・・・」
「白狐が悪とは言わぬ。だがな、他が善である保証などどこにも無い。心を許してもよいと思う相手以外を、信用するでない」
「・・・・・・」
「生物としての区別を見誤るな」
「・・・はい」
「これから気をつければよい。それに、きみのその純真さを損なわぬために余がいる」
「それって」
「こういうことだ」
トントンッ、とシオンが首を叩く。
まさか。白狐の首筋を見ると、そこには魔力の気配がした。いつ付けたのか。
発動した形跡はないが、これは。
「もし、オイタをすればストンとな」
指を横に滑らせる。
つまり、エマを襲っていれば首が落ちていたと。口元は笑っているが、目は本気だ。ジョークではない。
「相手は子どもなのに」
「長幼は関係ない。やるかやらないか、それだけだ」
シオンに取って他はエマを害するか否か、それだけの区別でしかない。女子ども、白狐も例外ではない。譲歩する範囲が広いか狭いかの違いでしかないのだ。
昔とまるで変わっていない。
エマは震えた。
むしろ、前よりも酷くなった。故意であれ過失であれ、傷が付けば首を飛ばす気だ。例えそれが、保護した子どもだとしても。
「前はもっと寛容だったじゃない」
「ああ、そうだな。だからダメになった」
「ダメに..?」
「狭めたのはきみだ。人間の慢心と、きみの油断が招いたことだ。今度は手心を加えるつもりは無い。毛頭な」
まただ。執着とは別の色を含んだ瞳が、エマを見ていた。前には無かった色だ。
きっと、己が死んだ後になにかあったのだ。シオンの警戒心を高めた出来事が。
それを彼は語らないだろう。もっとずっと、それこそ原因が滅んだ後にしか。
「ねぇ、シオン」
「さて、話が長くなったな。そろそろ風呂に入れてやらねばな。風邪を引く」
「.....そうだね」
白狐から、くしゅんと可愛らしい音。
鼻を啜る音に我に帰る。
その話はまた今度でいいだろう。
冷めた湯を捨てて、中に水を入れ直す。
「シオン」
「ん?」
「それはそうと土下座はして」
純粋無垢な少女の服を捲った罪は重い。
それこそ、首を落とされてもおかしくは無いほどに。
促すように顎をやる。指を下に向けた。
有無を言わせぬ圧に、シオンは膝を折った。
白狐は、ぼんやりと天上を見ていた。
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