30、コンコ教会
教会は綺麗なものだった。
床で煌々と主張を続ける黒い炎さえなければ、普段と変わらなかっただろう。未だに勢いを弱めないソレに、聖水をかける。生き物の悲鳴のような音がして、闇の炎が消える。
遠くで、木が弾ける音がした。
「これは」
「聖遺物だね」
消化した燃えカスを足で転がすと、溶けたソレがごろりと顔を出した。水分不足のスライムにも見えるソレは、ほとんど原型を留めていない。
聖遺物だ。
容器ごと燃やされて、溶けたのだろう。
デブリンの時と同じ芸当。
やはり、魔王はここに居た。
「ここにいたんだ」
この惨状の引金を引いたのは、魔王で間違いなさそうだ。例えそれが、村人の自業自得の結果だったとしても。
「魔王しゃま、ここに居たの?」
「なんだ知らなかったのか」
「レオくん知らないよ」
「聖遺物がここにあることは?」
「せぇいぶつ」
「この溶けてるやつ」
「知ってるよ!なんかすごいビーム出せるやつ!」
子ダヌキーーレオくんは獣人の長....いや、村中からめちゃくちゃ可愛がられている。
俺もヒトのこと言えないけど。
レオくんの頭を撫でる手が止まらないけども。
「うん、この子は白だ」
「魔力もありませんし、白っすね」
聖遺物を破壊するには、それ相応の魔力が必要になる。レオくんが外見に似合わず剛力であったとしても、破壊することはできない。
魔王の残香もあるし、白狐も子ダヌキも白だ。
仲間の獣人が壊した線もあるが、彼らは盗んだ聖遺物を未だ破壊していない。魔王の残香を模倣できたとしても、コンコ村のだけを壊したとは考えにくい。
「白だったかぁ」
口調だけは柔らかく。
苛立ちは視線に現れて隠せない。安堵と共に鬱屈とした感情が手に現れた。レオくんを撫でる手に力がこもる。
魔王であった。
白狐ではなかった。
白狐であって欲しかった。
例えコンコ村の住人による自業自得だとしても、世間では些事だと言われるだろう。語られるのは勇者のことばかり。
今回のことも、おそらく。
国の管理不足だとは、誰も語らないだろう。
魔王が起こした不祥事は、全て勇者の責任。
世の善良な人々は、姦しく噂を広めていく。
「はぁ......」
聖遺物は消滅した。
聖剣に魔力を注げないし、結界も張れない。
救援は頼んだが死傷者は多数。有数の観光地が、1日で有数の自己物件になってしまった。物件じゃないけど。
勇者への当たりがまたキツくなる。
「やだなぁ.....」
全部、村人の仕業だというのに。
せめて、聖剣に魔力だけでも注ぎたかった。
ルークは気付かれないように深く息を吐くと、レオくんが手を握ってくれた。優しい。世の中の人間すべてがレオくんだったら良かったのに。
小さな手に頬を擦り付ける。
「痛いの?」
「痛くないよ」
「でも、お目々がうるうるだよ」
「うるうるなのはレオくんの方だね」
ルークの目は砂漠のように乾燥している。潤んで見えるのは、レオくんの瞳が涙を溜めているからだ。
ヒトの痛みで泣ける優しいレオくん。
この子を守らないと。
そのために勇者になったのだから。
黒真珠の瞳を拭ってやる。
己にヘイトが溜まるのはいい。いつもの事だ。上手くやれるが、このまま手を出さねば獣人にも目は行くだろう。
獣人を嫌う人間は多い。
コンコ村がどうなろうが良心は痛まない。だが、レオくんが悪意に晒されるのは、我慢ならない。
「大丈夫。レオくんは守るからね」
「うん!」
「サラ、情報操作はできるよね」
「獣人の情報を伏せれば、よろしいですか?」
「うん、お願い」
「テック!」
「もうやってる」
テックが、腕に付けた鈴を空に向かった大きく振る。
伝書鳩を呼び戻しているらしい。
白狐を聖女に変更。レオくんの存在は伏せて、聖遺物の破壊は魔王のままに。報告書から獣人の名前を消す。
住人は正常ではない。村人の話は支離滅裂で、とても証言としては採用できる状態ではないと書き換えた。
戻った鳩に新しい報告書を付けて、王都へと飛ばす。
これで、白狐の存在は聖女の虐待へと変わり、処罰は法が決めることになる。
鳩を見送って、息を整える。
善人には幸福を、悪人には不幸を。小さな善人のために、自分が出来ることをやらねば。
パンッと己の両頬を張る。
それが勇者なのだから。
「すぐに村を出よう。もたもたしていると、魔王が獣人村に着いちゃう」
魔王の狙いは聖遺物。
コンコ村から最も近い獣人の村が狙われる可能性は高い。なんとしても、魔王よりも早く村に辿り着かなくては。
「そう急がなくても相手は魔王の部下。問答無用で破壊するとは思えないが?」
「それに、案内人をまだ見つけてない。焦る気持ちも分かるが、一旦落ち着け」
「でも」
「コンコ村から獣人村まで半日も掛からない。いま壊してないって事は、まだその気が無いってことですよ」
「壊されたら、獣人が聖遺物破壊したってことになって、レオくんが脂身の強いモブおじに買われちゃうかもしれないだろ!?」
責任取れるのか!
まあまあまあ、と諭すふたりに噛み付く。
「まず売られるの前提なのがな」
「まだ若いのに、生々しい」
「獣人嫌いは多いくせに、買う奴多いの完全なバグだよ!ふたりとも知ってるでしょ!」
「まあ」
「そっすね」
「ほらあ!」
冬でもクリーム要らずのねっとりフェイスで、モブおじが脳内でにちゃりと笑う。太い指でレオくんの頬を撫でて、嫌がる彼を無理やり布団に引き摺り込む。涙で潤んだ瞳を荒い息で迎えたモブおじが拭って、桜色の唇に己の唇をーーーーー
「ヴッ......許せねぇ。レオくんの純潔は俺が守る.....モブおじ絶許」
ーーキス待ちモブおじに、脳内で鉄拳を叩き込む。
這いつくばったモブおじをふん縛ると、豚肉工場に輸送した。
「あんたの脳内でレオくんが酷い目に遭ったのだけは理解しましたけど、手が無いのに迂闊に動くのは悪手なんで我慢して下さい」
「そうだぞ。万が一の時は、レオくんだけは連れて行けばいい」
「デレデレですわね」
『だって、可愛いんだもん』
「分かりますけども」
「レオくんだって、俺たちといたいよね?」
同意を求めると、レオくんは欠伸で答えてくれる。
アルトの腕の中は、随分と居心地が良かったようだ。八重歯がちらちらと見える。
「レオくん帰る」
「え、帰っちゃうの......?」
「帰る!」
「可愛い。帰したくない」
帰らないでー!と小さな身体を抱き締める。
アルトごと抱きしめたせいか、変な声が頭上から聞こえた。
「白狐はいいのか?」
「居なかったら帰っておいでって、言われてるの。だからくん帰るの」
彼の仕事は偵察。
確保ではないので、深煎りは厳禁らしい。
引き際を弁えた賢い子ダヌキの喉を撫でながら、ルークは思った。
これ、レオくんに着いて行けば良くない?
「俺たちもついて行っていい?」
「だめぇ」
「だめかぁ」
「おじさん人間だからダメ」
「おじっ!お.......おじ......」
無邪気な一言がテックの瘡蓋を剥がす。
テック、お前の犠牲は忘れないぞ。
血を吐き蹲った彼を捨て置き、レオくんの懐柔に努める。
「そんなこと言っていいの?ここにいるのは1級聖女だよ」
「すごい?」
「凄いよ。獣人の苦手な回復魔法が出来る」
「すごーい!」
飴玉みたいなお目々がキラキラと輝く。
サラをちらちらと眺めては、尊敬の眼差しを向けている。
全人類これになるべきでは。
はわわ、と照れるサラにルークの口元も緩む。
もう永遠にこの癒しを浴びていたいな。
だが、そんな至福の時間は長くは続かなかった。
はっとなにかを思い出したレオくんが、悲しそうに眉を垂らしたのだ。
誰だ、レオくんにこんな顔させたの。
門の前に吊し上げるぞ。
背中の阿修羅を抑えながら、震える声で「どうしたの?」とルークは問うた。
レオくんはもじもじしながら「あのね」と。
「駄目って言われてるの」
「誰に?」
「おさぁ」
「おさ?」
「1番、偉い人」
「長か」
こんな顔させてたのは、俺、俺、俺俺俺俺、ァアー!真夏のォオオ極刑ィィィ。
裁判官、俺が犯人でしょ。今すぐに打首獄門に.....あっ、ちげぇな長だな。獣人族の長が人間絶叫という決まりを作ったのが、そもそもの原因だ。
長を極刑にしよう。
やはり、行かなくては獣人村に。
作戦変更、絡め手でいこう。
「レオくん疲れてない?」
「疲れてるぅ」
「村まで運んであげようか」
「いいのー?!」
「いいよぉ」
「やったぁ!」
うーん、可愛い!
騙されやすく心配になるほど可愛いな。
悪い虫がつく前に、俺が守った方がいいな。
両手を広げて万歳するレオくんを腕に抱いて、獣人の村へ足を向ける。
善は急げだ。
「わたくし、ときおり勇者様が恐ろしくなりますの。妙に手慣れて.....」
「迅速にことを進めるためなんすよ。手慣れてるわけでは無いんです。決して、けっして」
「長年の暗示は、心を壊しますわよ」
「ルークに童子趣味は無い、はず」
「綻んでますわよ。諦めて下さいまし」
サラとアルトがヒソヒソとこちらを指刺す。
井戸端会議中の奥様みたいな顔をしていた。
兄弟が沢山いたから手慣れてるだけだよ。
まったく失礼しちゃうよね。ぷんぷん。
「レオくん、お腹すいたぁ」
「お菓子食べる?」
「うん!」
「お菓子貰うときは、お願いしなくちゃ。なんて言うのかなー?」
「お菓子ください!」
「うーん、直球。こっちの方がいいかな」
こしょこしょと耳打ちする。
この言い方の方が沢山貰えるぞ、と教えると元気よく頷いた。
「レオくん、ぽんぽんぺこぺこなの。だからぁ、お兄ちゃんの、ちょうだい?」
「アウトですわ!!!!」
サラの叫び声が教会に響いた。
なんだよ、上目遣い可愛いだろ。
今年最後の投稿になります。
たくさんの方々に読んで頂き、とても嬉しかったです!
来年も応援していただけると幸いです!
それでは、みなさま良いお年をお迎えください!




