29、自業自得
「お見苦しいところをお見せしました.....」
てれてれと、顔を赤くするサラは可愛らしい。
平時であればダラシなく顔を緩めて、甘やかしていただろう。そう平時であれば。
「げんっきにぃ!はぁはぁ、なったみたいでおっ、なにより、だよ」
「そのぶん、これから挽回していきますわ」
「ゔんっ!おうえん、してるから....そろそろテックをぉ!止めてくれると嬉しい!」
無言でチョークスリーパーを決めてくるテックを、今すぐに引き剥がしてほしい。じゃないと、サラが挽回する前に召されちゃう。ア“ッ.....!?
**********
「光魔法が使えない土地ですか」
「厳密には分からないけどね」
いたたたっ....と、首を抑える。
まさかサラを泣かせたと誤解され、公開拷問されるとは。侍従揃って手が早い。
ようやく筋肉だるまから解放されたが、違和感が凄い。血流が戻ったせいだろうか、急にマフラーを外されたような肌寒さを感じる。
「北門の方はどうだった?」
「あっちも酷いもんですよ」
裏門から逃げようとしたのか、北側に村人が集まっていたらしい。北門には戦闘の跡があり、負傷者は多いが死者は数名程度。外傷から見て死因は、魔物に踏まれたことによる圧死。
「これだけの魔物に攻め入られて、死者が少数ってのは奇跡だが、無事とは言い難いな」
「どういうこと?」
テックが申し訳なさそうにルークの首を摩る。こらこら、どさくさで喉を擽ぐるんじゃない。
「死んじゃあいないが、ありゃあ駄目だな」
「精神的にってこと?」
「理由は分からんがな。まともに会話もできなかった」
話かけたがまともに返答できたやつはいない。
テックは頭を掻いた。
奥はこれよりも酷い状態のようだ。
「魔物に襲われたせいかな.....」
「いや、もっと別の理由だ」
「別の?」
「強い闇の残香が見つかった」
「それって!」
「関係してるかは分からない。だが、村人の身体中にアザや古傷があった。しかもそれを痛いと言いやがる」
ルークにも覚えがあった。
瓦礫の下にいた中年の男も同じ反応をしていた。
古傷しかない腕が痛いと。
「場所もまばらで切傷から火傷に凍傷まであった。それも治療された様子がない。あれは普通じゃないぞ」
「おまけに回復薬が効かないときた。村から離れた所で使っても、一向に効きやしない。お手上げですよ」
痛む古傷、様々な外傷、回復薬の効かない身体。
感染症の類ではないだろう。
日常的に暴行を受けていたにしても、村人全員が古傷を痛がるなんてあり得るだろうか。
「魔王の呪い、かな」
「さてな」
土地の特徴か、村人の特徴か、呪いか。
どれにしても、確かめようがない。
村人が正気に戻れば会話も出来るが、時間を有するだろう。魔法が効かない以上、助かるかどうか.....。
「テック、ゴウトーの教会に救援連絡できる?調査も含めて頼みたいんだけど」
「出来るぞ」
「お願いしていい?」
「了解した」
ルークたちが調べるにしても、限界がある。
餅は餅屋に頼むとして、こちらも調べられる範囲で協力するとしよう。
「サラ」
「はい!」
「たしか『気持ちの悪い魔力』って言ってたよね。それって呪いのこと?」
「呪いですか?」
こてりとサラが小首を傾げる。
泣き腫らしたせいか目元はまだ赤い。
「村人に光魔法が効かなかったやつは、呪いではない?」
「呪いではないですね」
「え、違うんすか?」
「違いますね」
「じゃあ、あれは....?」
「呪いではありませんわ」
じゃあ、なんだってばよ。
「その、説明が難しくて....。とても感覚的なお話になってしまうのですが、よろしくて?」
「お願い」
こほん、と咳払いを一つ。
言いづらそうに口の開閉を繰り返すと、サラは沈んだ顔を引き締めてルークたちに向き直る。
「違和感がありますの。ただ、それがなにか、どういうものなのか、言葉にするのがとても難しいのです」
「感知できない呪いってことは?」
「それはありませんわ」
「言い切るね」
「なにかは分かりません。ですが、これは呪いで無いと、理解できます。理解できてしまうのです」
「サラ?」
サラの様子がおかしい。
男を見るサラは落ち着きがない。
「呪いじゃないってどういうことか、説明できる?」
「......憶測になりますが、村人たちの悪意が具現化して浄化されたのではないかと」
「村人が?」
「身体にある闇の残香は、他人のモノではありません。自分のものです。原理は不明ですが、身から溢れ出る悪しき力に村人たちは飲まれ、浄化された......のではないかと」
「でも、あれは」
「はい、とても浄化されたとは.......」
「なるほど」
男を見てもその違いは分からない。
おそらく、聖女特有のものだろう。
聖女には特別な力が宿っている、らしい。
魔法も似ているようで、異なるのだと経典では読んだ。
星見の聖女がその代表例だ。
常人には分からない奇跡が、ルークたちには見えないモノを認識しているのだろう。
「それを取り除くことは出来る?」
「すでに済んだ後、わたくしではどうにも」
サラが力なく首を振った。
分からないことが多すぎる。
ゴウトーから聖女を待つしかないな。
「ドライヤードの香水付けてる男もいたし、田舎だからかな。ちょっと勝手が違うね」
「香水ですか」
「香水とは違うらしい」
「香水じゃないの?」
「装飾品の一種だそうだ」
「へぇ、よく知って..........え?」
聞き慣れた声に振り返る。
そこには、報告を終えたテックが立っていた。
小脇に子どもを抱えて。
まだ5歳くらいの茶髪の子どもだ。頭部から丸い耳、腰からはシマシマの丸い尻尾が、だらりと力なく垂れている。
獣人の子どもだ。
三十路のおじさんの脇で、くりくりと愛らしい瞳から大粒の涙を溢していた。
事案である。
パーティーメンバーに衝撃が走る。
ついに、やっちまったのかと。
「お、おおおお帰りテック」
「応援要請してきたぞ」
「ふぅん、ありありがとう。そそそそれでその子は?」
「彷徨いてたから捕まえた」
「確定だ!事案だ!」
「捕まえろ!人類の敵だ!!」
「そんな、テック....あなたを信じていましたのに」
「おいおい、誤解だ!俺はただ」
「同胞を助けにきただけなのに.....えぐっ、ボク、ボク食べられちゃうんだぁ」
「これは極刑では???」
「こんな幼児になんて惨い.....即刻、刑を」
「誤解だって!」
小さなお手々で溢れた涙を拭う姿は、大変庇護欲をそそる。人攫いから子どもを素早く奪い取る。
おちおちと、背中を摩ってやった。
「落ち着いて、もう大丈夫だからね。極悪ペドフィリア野郎は、お兄さんたちがナイナイするからね」
「にゃいにゃい」
「うっわ、かっっつわいいな。おい」
獣人の子ども可愛いな。
こりゃあ、変な趣味の野郎が増えるわけだ。
ルークは妙に納得してしまう。
とはいえ、お手を触れるのは完全NGだ。
イエスロリショタノータッチ。彼ら彼女は聖域の存在なので、我々下界の民は触れることすら烏滸がましい。
「よしよし、お兄さんとあっちでお話ししようね」
「お話しだけ?たぬき鍋にしない?」
「狸なの?」
「うん!」
「鍋にはしないよ。ところで、カチカ◯山って知ってる?」
「うわぁぁぁあん!」
「こら!遊ばないの!」
上目遣いが可愛くて、つい虐めたくなってしまった。
これが世に聞くキュートアグレッション。
新たに芽生えた感情を噛み締めていると、アルトが子ダヌキを攫ってしまった。
あっ、もふもふが....。
「おら、落ち着け」
「うゔっ、お母さん」
「誰がお母さんだ」
「お母さん、村の外はボクにはまだ早かったよぅ。村に戻るぅ」
「はいはい、戻してあげますから話を聴かせてもらえますか?」
「いいよ」
腕の中で子ダヌキをあやす姿は、手慣れすぎて母親と見紛う。
アルトはママだった....?
存在しない記憶に脳を汚染されながらも、一生懸命に状況を説明する子狸の話に耳を傾ける。
「あのね」
子ダヌキの話を簡単にまとめると、こんな感じだ。
自分は獣人の里から派遣された諜報員。
同胞ーー白狐が奴隷にされていると情報を得て、コンコ村に偵察に来た。結果は黒。
救出の算段を立てるために一度里に帰還。
強力な魔力反応を感知し急ぎ戻ったが、結界は消失。大量の魔物に蹂躙される場面に遭遇した、とのことだ。
「虐待なんて話は上がってきてませんわ」
「俺も聞いたことないかな。アルトは?」
「オレも知りませんね」
「嘘じゃないもん!」
「テック、揉み消しました?」
「いいえ、これはしてませんね」
「ですわよね.....」
腕利の護衛、濃すぎる光の残香、銀髪の悪魔。
子ダヌキの話が本当なら辻褄は合う。
だが、そうなるとこの惨状を引き起こしたのは白狐ということになる。
「これは、お前の同胞がやったのか」
「わかんにゃい」
「そうですのぉ」
アルトから貰った棒突き飴を舐めながら、子ダヌキがニコニコとサラと戯れている。
あそこだけ花が咲いているように見えるな。
母親と娘と歳離れた弟。
俺がこの家の大黒柱だった気がしてきた。
パパとして真相を解明というなの仕事を終わらせて、子どもと遊ぶとしよう。パパとしてね。
「子ダヌキ」
「なぁに?」
「銀髪の悪魔に聞き覚えある?」
「あくまぁー?」
「.......銀と白、確かに似てますわね」
「白狐がやったってことか?」
「北門で戦闘後に暴走したのかなって」
「馬小屋確認してきましたけど、あの様子じゃ無理だと思いますよ」
ルークの疑問にアルトが答える。
馬だってもっと良い環境に住んでいる、と。
「コンデション最悪で、ここまでの魔法を使ったらその辺りに転がってるだろ」
「それもそうか」
魔力が暴走すると身体の負荷を無視して、魔力が切れるまで暴れる。北門で暴れたなら、北門の近くで倒れているはずだが、ふたり共に姿は確認できなかったという。
子ダヌキも首を振っていた。
「北門は白狐、村の魔法は別の方ってことはありません?」
「あるかも。ドライヤードを持ち込んだ奴が、関係してると思うんだよね」
「どらいやぁどってなに?」
「村の外に咲いてる白いです」
「お花について知りたいの?ならこれあげるぅ!」
子ダヌキは己の尻尾に手を突っ込むと、ズルリと本を取り出した。
え?そこ鞄代わりなの?
子ダヌキの言葉にアルトが目を見開いた。
たぶん、自分も彼と同じ顔をしている。
「白いお花の話もあったよ」
弾かれたようにルークは、ページを巡った。
それは日記だった。
No.5と書かれた日記は、白狐を拾った辺りから始まっていた。目を通して、すぐに顔を顰める。
「テック、救援はいつくる?」
「え?あと、30分もしないうちに」
「救助は任せて、俺たちは聖遺物を探しに行くよ」
「え?え、勇者様!?」
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てると、サラに本を押し付けた。
日記には、頭を抱えたくなるような内容が記されていた。
横たわり呻く村人の横を、ルークたちは進む。
助けの声にも耳を傾けなかった。
説明を求めるサラたちに道すがら、日記の内容を話した。
白狐を拾ったこと。
光魔法が使えるから傭兵にしたこと。
獣人だから奴隷として扱ったこと。
それを、観光客が告発しようとしたこと。
告発を恐れた村長が、ドライヤードを使ったこと。
観光客の思考力を下るために、配っていたこと。
「ドライヤードは魔物を凶暴化させます。それを知っていながら、こんなことを....?」
「おかしいだろ、こんなの」
「そうだね。おかしい。おかしくなったんだ」
日記にはドライヤードの栽培についても、記されていた。
おそらく、アンプルを指したのは村長だ。
その影響をもろに受け気が狂った。
村人は巻き込まれる形で気が狂い、白狐を囲うためにドライヤードを多用した。結果、魔物を呼び寄せた。
「魔王はきっかけに過ぎなかった。これは自業自得だ。助ける義理は俺には無いよ」
魔王は結界を破壊したかもしれない。
だが、魔物を呼び寄せたのはドライヤードだ。
村人たちが魔物を呼び寄せたのだ。
この村の惨状は、当然の末路だ。
「行こう。聖遺物を探さなくちゃ」
ドライヤードの効能は思考の低下。
低下のみで奪うわけではない。
ルークは地面に伏せる村人たちを、冷たい目で見下ろした。
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