27、惨状
ドライヤードにアンプルを刺した犯人は、コンコ村にいる。諸悪の根元を見つけ出し、己が罪を処理させ、二度と同じことが出来ないようにするつもりだった。
そう、だったのだ。
「結界が!?」
異変は目に見える形でそこにあった。
村を覆っているはずの結界は消え去り、観光客を迎えるはずだった門は薙ぎ倒されていた。
“ようこそ、コンコ村へ“
華やかに飾られたそれが、いまは土に汚されていた。
「なん、ですの......これ」
サラの声が震える。
視界に映る家々に、以前のような華やかさは無い。見る物全てが、無残に破壊されていた。
「魔物っすね」
しゃがみ込んだアルトが呟く。
視線を下げれば大小様々な足跡が、競うように村へと向かっていた。
1個や2個ではない。10....いや、20はあるだろうか。小型から中型の魔物が、多量にコンコ村に押し寄せていた。
「.......くそっ」
ルークが地面を叩いた。
どうして考えなかった。
なぜ、先にこちらを予想できなかった。ドライヤードに気を取られて、ここまで考えが至らなかった。
魔王の狙いが聖遺物の破壊なら、標的がコンコ村に向かうのは必然。
結界を破壊した後に、わざわざ魔物を呼んだ。
油断していた。
無意識のうちに鷹を括っていた。
忘れていたのだ。己が相手にしているのが、バケモノであると。人間の常識の通じない殺戮趣味のイかれた存在だと。
彼が通った道筋があまりにも綺麗だったから、平和ボケしていた。
あれは、バケモノの長だというのに。
「ルーク」
「.......分かってる」
深く息を吸って苛立ちを抑えつける。
冷静にならなければ。
「魔物の残党に注意して。絶対にひとりにならないこと。それからコンコ村には腕利の護衛がいるらしいから、発見次第、合流する」
こくりと頷いたのを確認して進む。
慎重に門を潜ると、そこは別世界だった。
酷い臭いだ。甘い匂いが村に充満していた。
それだけではない、強い魔力の気配が感覚を鈍らせる。
息が苦しい。一歩踏み出すたびに、身体中に纏わりついて足が重い。
戦闘の跡だろうか。崩れた建物など、村の至る所に残香が視界の端にチラついた。
ドライヤードの臭いに鉄錆が混じって、気持ちが悪い。魔物の気配が分からない。
「人の気配がありませんね」
「避難できたのならいいんだけど」
「この様子じゃあ、判断できませんね。魔物の気配.......魔力でもいいんで探れませんか?」
「ちょっと、難しいかも」
「........わたくしも」
「おふたりさん?」
『ぎもぢわるい......』
残香...魔力もだろうか。
深く探ろうとすると、視界が回るような感覚に陥る。ドライヤードのせいだろうか。大まかにしか魔力を探知することが出来ない。
「ヴッ」
「ヒトの気配は無いから、たぶんこの奥に逃げたんだと思う.....確か北に門があったよね」
「じゃあ、そっち見てきますか」
「お願いしていい?」
もう吐きそうなんだ。
「はい、姫様は限界みたいですし。ルークには護衛をお願いしましょうかね」
「よろしく」
「任されました」
「.....テックも着いて行って下さい。ひとりでは危ないので....うぷっ」
「その方が良さそうだな。了解しました。ルーク、姫様のこと頼むな」
「うん.....気張るよ」
「ルーク、気負いすぎるなよ」
ベンチにサラを座らせる。
気休めにしかならないが、防衛魔法を張るように進めてルークは周辺を警戒する。
村の中腹に入っても魔物の姿はない。魔物の動き足跡から推測するに、もう村に魔物はいないだろう。
「通っただけ、聖遺物か.....?」
北に逃げた人間を追って北に向かったとも考えられる。だけど、聖遺物はどうした。
教会は中腹にあった。聖遺物が目的なら教会に向かうはずだ。どうして北に向かった。
「やっぱり人間が目的で」
それなら、ゴウトー村の現象はどうやって説明する。
ダメだ、頭が回らない。
痕跡を消さないように我慢していたが、これは耐えられそうにない。どのみちこの臭いでは、探索も碌にできやしない。
そうだ、全部ぶっ飛ばしてやろう。
「風の精霊よ.....汝の、うぷっ....汝の庇護を我に、逆境を吹き飛ばす風の.....一撃を『風竜の咆哮』
下から臭いを持ち上げるように風を発生させて、臭いと一緒に上空に飛ばす。
あらかた空に飛ばせただろうか。
視界がはっきりとしてきた。
「ゆうしゃさま.....」
「ん?どうした」
「ヒトの、ヒトの気配がしまふ」
倒壊した建物を指差すサラ。
身動きは出来そうに無いが、感覚はルークよりも戻っているようだ。顔色が悪いサラに行かせるわけにはいかないか。
「俺が行くから、サラはじっとしてて」
「はい....」
よたよたと建物に向かう。
瓦礫の合間に視線を走らせていると、呻き声のようなものが聞こえた。瓦礫を退かすと、中年の男が姿を現した。駆け寄ろうとして、
あまりの悪臭にルークがたじろぐ。
なぜ、家の中からドライヤードの臭いが。
胃液を無理矢理に腹に戻す。痛む喉を無視して、ルークは男の救出に向かう。
「大丈夫ですか!」
「たす、たすけ......」
「はい、いま助けます!」
「痛い、腕が....いたいんだ」
「ヴッ.....」
家が、いいや違う。悪臭は男からした。
まるで香水ひと瓶を被ったような悪臭。ルークの瞳に憎悪にも似た感情が浮かぶ。
まさか、こいつが栄養剤を....?
見捨てようか。脳裏に過った思考を、一応は勇者だからと払い退ける。
落ち着け。こいつが主犯とは決まっていない。まだ早い。勇者として話を聞いてからでも遅くはない。ビークール。そう勇者として、諸悪の根源と共に締め上げてるまでは冷静に。
血走った瞳でルークは瓦礫を退かす。
唇の端を噛み締めながら、男を家の外まで引き摺る。
「てめぇが戦ぱ、ゲフンゲフン.....息はしてやがりますか?」
視線が定まっていない。呼吸が浅い。腕を確認するが、古い火傷の痕しか無かった。
腕は折れていない。傷も擦り傷程度のもの。
なんだこいつ、四十肩かなにかか。
目に見えない内傷かと、回復薬を飲ませたが効果が無い。いや、違う。
回復薬の魔法が作動したなかった。
「消費期限切れてたかな?」
小瓶を確認する。まだ半年もあった。
薬の残りを確認するが、痛んだ様子はない。
回復魔法を男にかけてみるが、効果は現れない。魔法は発動しているが、効果を得られない。呪いの類だろうか。
「サラ」
「......はぃぃ」
男をサラの元に連れて行く。
浄化の魔法を使ってもらうが、効果は無い。まただ。
やはり、魔法の効果が打ち消されているのか。
「どうなってる.....?」
風魔法は使えた。魔法自体が妨害されているわけではない。男に問題があるのか。ドライヤードのせいで感覚が戻らずルークは判断が付かなかった。
「ねぇ、サラはどう思う?」
「.........」
「サラ?」
「............」
「おーい、聞こえてる?」
「......え、あっ」
どちらにしても、浄化魔法が効かないのであれば解除のしようがない。どうする。なにか突破口になるようなものはーー
「うっ......」
「.....!起きた?」
ーーー男の声に意識を浮上させる。
はくはくと、口を動かす男に耳を傾けた。
「お前がやったんだろう!あ、違った。なぜ(ドライヤードの香水を纏うような)こんな事態に?」
「........ぁ、魔物が、」
「魔物?(香水に誘われた)魔物がやったの?」
「ちがぅ.......あいつ、あの女が」
「女?」
え?女性関係で香水使ったの?馬鹿?
「き、つの.....あく、ま....おれ、わるく........ぃ」
だらりと腕が地面に落ちる。支えていた身体が重みを増して、瞳から光が消えていた。
悪いよ。全てお前が悪い。
惚れた女を振り向かせるために、ドライヤードの香水をチョイスしたお前が全面的に悪い。
「勇者様、」
ルークは、ゆっくりと首を振った。
死んで欲しかったけど、死んで欲しくはなかった。たぶん、きっと、いや絶対にこいつが主犯だけど、殺すつもりはなかったよね。俺もそうだよ。
「そんなっ」
「サラ」
「な、なんで......」
声は震えていた。
動揺に揺れる瞳は、震える小さな手を見ていた。信じられない、と瞳は語っていた。
「わたくしのせいですわ」
「サラのせいじゃない」
女にモテようと、ドライヤードの香水を選んだこの男の自業自得だよ。
「いいえ!わたくしの力不足ですの!」
「俺だって、上手くはーー」
「魔法が発動しませんの!」
「ーーーえ?」
え?そっちの話?
「いいえ、違うのです。発動はしていました。でも、効果が無いのです。先ほどからずっと、何を試しても効果がありませんの」
回復と浄化だけではない。
身体強化や攻撃魔法も試したのだという。詠唱にも魔力にも問題はない。発動もするが、効果だけが付与されないのだと。
「勇者さま、わたくし」
震える小さな手から杖が落ちるのが、やけにゆっくりと見えた。
「魔法が、使えなくなってしまいました」
足元でカラカラと虚しく乾いた音がした。
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