22、日記3
「重要そうな場所だけ読んでいこうか」
冷静さを取り戻した一行は、再び日記に向き合っていた。テックは膝を抱えてベットに横になっている。
若者の純粋な疑問が、敏感な年頃の大人を傷つけてしまったらしい。
背中はいつもより小さく見える。
「この読めない所は、読み飛ばして平気」
「さすが勇者様!こんな難解な文章をお読みになれるなんて、素敵ですわ!」
「うん、アリガトウ」
アルトも読めたけど、記憶から消されたのだろうか。はたまた、呪われたと思われているのか。
せっかくの有能者ムーブがおじゃんになって、アルトが哀れだ。
日記がおじさん構文だったばかりに。
エルフによるエルフのための聖女様日記を捲る。
これを写したミーの気もしれない。サラのように読めないけど模写したのだと、思っておこう。
「聖女様、聖女様......聖女様が多いな。ストーカーか?いや、妄想の可能性もあるな」
賢者のような風格をしておいて、ただの変態だった可能性が脳裏をよぎる。
前の犯罪が後の世の功績になるなんて。
人生ってなにが起こるか分からないなぁ。
「あ、この辺りからわたくしでも読めますわね」
ページを巡り続けていると、次第に日記が荒れていくのが分かった。
綺麗な字体が、日付を追うごとに乱れていく。
おじさん構文が次第に感情的になり、否定的な文章へと変わっていく。感傷が増えた。必要な情報は途切れ途切れになり、やがて古代文字のような線の羅列になってしまった。
ルークは日記から顔を上げた。
難解すぎてこれ以上は無理だな。
目頭を抑えた。
「つまり、どういうこと?」
「僕は無力だーってことですかね」
「王家に伝わる伝承の大半は嘘、ということですわ」
「よく分かったね」
「慣れていますもの」
えっへん、とサラが胸を張る。
禁書の大半は日記なので、独特な文字に触れる機会が多いらしい。
歴史的代物とはいえ、日記を他人にそれも王家の人間に解読される。死にたくなるほどの羞恥だろうな。
まぁ、もう故人なんだけど。
「ここ、聖剣の描写『聖女様の加護により剣が、聖なる光を帯びた』とあります。やはり、聖剣は初代様によって作られた物で間違いないようですわね」
とんとんと日記を指で叩く。
蛇が這ったような文字を細い指がなぞる。
ルークは理解しています。完璧です。みたいな顔をしてサラの話に頷いた。
「なら、勇者が聖剣を産まれながらに持っていたってのは」
「嘘ってことだね」
「捏造でしたのね......」
ガックリとサラが肩を落とす。
こぼす吐息が暗い。
「聖女様の加護って?」
「具体的には書いていませんの。初代様は筆マメな性格では無かったようで、それらしい記録は見たことがありませんわ」
「なるほど」
初代様も、日記を読まれる危険に気付いていたんだろうなぁ。恥ずかしいよね。
「それが分かれば、付与することは可能?」
「それは.....なんとも言えませんわね」
「魔力量の問題?」
「初代様は........なんと言いましょうか。とにかく規格外な方だったようで、同じ聖女の中でも実力が抜きん出ていたとあります」
「うん」
「通常の聖女が擦り傷しか治せない魔法で、骨の修復をするような方だと。ありえないをありえるにするお方なので、模倣は難しいかもしれません」
魔力量が足りないなら人数で。
技量ならば年数と適性で。
物事の大半はカバーすることは可能だが、どうにも出来ないこともある。才能だ。
相手が感覚でやっていることを、努力で補うのは至難の業だ。
天才の御業を、指南役も無しに短時間でなどあひるが木に登るようなものだ。
聖剣の製作は絶望的か。
「ですが、手はあります」
「本当?」
「はい、この方法を使えばおそらく再現は可能かと」
「どんな方法?」
「魔記です」
「まき?」
「魔法の記憶です」
魔力には個性が出る。
指紋と同じで世界に同じものは存在せず、使用すれば痕跡として必ず残る。それが残香。
一度、魔法を受けた道具には魔法の記憶が残る。
それが魔記。
「残香となにが違うんです?」
「残香は個人の記憶が、魔記は魔法の記憶のみで、個人の記憶は残らないのです」
「帳簿の記録が魔記で、それに残った指紋が残香.......みたいなもんですかね?」
「そんな感じ」
「それで、それをどうやって使うんで?」
「オンボロ剣から聖剣を作ります」
笑顔でサラが答えた。
自信に顔から溢れてキラキラと輝いていた。
またなにか言い出したよ。
ルークは思った。
王室の教育どうなってんだよ。ちゃんと教育しておけよ、とテックを小突いた。
んな理不尽な、とテック。
反応の悪い男たちを置いてけぼりに、サラの興奮は衰えず温度を増していく。
「思い出して下さい。聖剣は初代様が作りました。妖精たちの話が本当なら、勇者様の腰の一本はそのうちの失敗作ということになります」
「あ、なるほど」
「うん?どういうことだ?」
「つまり、例え失敗したとしても聖剣を作るのと同じ魔法をこの剣は付与された、ってこと」
「じゃあ、魔力さえ流せば聖剣になる......ってことですか?」
「理論上は」
「暴論すぎません?」
「俺もそう思う」
アルトの言葉に頷く。
サラの言おうとしてることは理解出来る。聖剣(オンボロの姿)も元を辿れば、初代から魔力を注がれた聖剣のなり損ない。
魔法を模倣することが難しいのなら、魔法を覚えている物を使って聖剣を作ればいいじゃない。
サラはそう言っているのだ。
暴論でしかない。
「姫様、さすがに無茶だと思うぞ」
「無茶でもなんでもやるしかないのです!」
サラが細い腕を天に掲げた。
既視感あるな。
「馬鹿にされたままで終われませんの。どうしても、どぉおぉおおしても!!」
「あーあ」
サラのフラストレーションが爆発した。
サラは負けん気が強い。
高貴な立場ゆえに敬われることが多かった反動か、煽り耐性がミジンコ並に低い。
妖精国、サンタフ、オゥ・ジィサン。
イラつき三兄弟のコンボに、謂れのない罵倒の連続はサラの負けん気に火を付けた。
いまや愛らしい顔は歪み、銀の瞳は憤怒に濡れていた。
「侮られたままなど我慢なりません。確かにわたくしは銀髪ですが、断じて偽物のなどと罵られ卑下される言われはありませんの」
「見返したいんだね」
「当たり前ですわ!そのためにも聖剣の作成は必須。目にもの見せてやりますの......」
彼女は格闘家の方が性に合っている気がする。転職すればいいのに、とルーク。
失礼な相手にコブラツイスト!は居眠り野郎に地獄ぐるま!悪政にはジャイアントスイング!
見える、見えるぞ。歓声に沸く会場、輝くリング、ベルトを片手に拳を振り上げるサラの姿がーー!
ルークは生唾を飲み込む。気分は眼帯に腹巻き監督だった。あ、これは競技が違うか。
「感情云々とは別に俺は試してもいいと思うよ。どっちみちこの剣は使えないし」
「あんたそんな軽く」
「確かに暴論だが、試す価値はあるか。失敗した理由にもよるがな」
「それなら見当がついてますの」
「ポンポン話が進むなぁ!」
もしかして、オレの居ない間に打ち合わせとかしました?!
頭を抱えたアルトの叫び声が部屋に響いた。
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